桑田、髪型を変える
今日は桑田孝夫と映画に行く約束をしていた。「クラシック・ワールド」という、SFファンタジーだ。
主人公達がひょんなことからタイム・トラベルに巻き込まれ、着いた先は恐竜の住む時代だった、というストーリーである。
わたしは、いつもの噴水広場のそばで、ベンチに掛けて待っていた。
桑田のことだから、どうせ遅れてくるに違いない。スマホを取り出すと、ゲームをしながらのんびり待つ。
「わりい、わりい。待たせちまったか?」桑田が息せき切ってやって来る声が聞こえた。スマホの時計を見ると、きっかり10分遅れていた。
やっぱりなあ、そう思って桑田を見てびっくり仰天した。
半袖のTシャツにジーンズ、そこまではいい。しかし問題は、そのヘアー・スタイルだった。
金髪に染めて、おまけにビンビンに立っている。
「何それっ? 頭どうしちゃったの?」思わず聞いた。
「どうだ、アニメのヒーローみたいでかっこいいだろう。全部、自分でやったんだぜ。髪の毛はコーラで色抜きをして、ワックスで固めたんだ」
「っていうか、それテレビの見すぎだと思う。実際、そんな髪をした人なんて、リアルに見たことないよ」わたしが言うと、
「だからいいんじゃねえか。誰も彼も同じ髪型じゃ詰まんねえだろ?」人の話など、全然聞いていない。
一緒に歩いていても、誰もが振り返ってまじまじと桑田を見る。まるで、仮装パーティでもあるのか、というように。
正直、並んで歩くのが恥ずかしくてたまらなかった。
「ちょっと離れてあるかない?」つい、そう口にしてしまう。
「なんでだよ。話がしにくいじゃねえか」自分の不格好さに、まるで気がついていないらしい。
こんなところ、知り合いに見られたくないなあ、そう思っていた矢先、運悪く、志茂田ともるとバッタリ出くわしてしまった。
「やあ、お2人さん。ご無沙汰していますね」それから、桑田の髪を見て、「おお、これはまた思い切ったものですね。そのようなヘアー・スタイルで町中を堂々と歩くなぞ、いかにも桑田君らしいですよ」
桑田は、てっきり褒められているのかと思い、いやあと頭を掻いた。掻いたところが少し崩れたので、急いで直している。
「どう思う? 志茂田。もう少し、やりようがあると思うんだけど」わたしはちくりと志茂田に言ってやった。
「いいんじゃないでしょうか。似合っていますよ。ただ……」そこまで言いかけて、全身を上から下まで吟味する。
「ただ、なんだ?」と桑田が聞く。
「服装ですよ、桑田君。あなたの髪型にはその服装はまったく合いません。そうだ、この近くに古着屋があるので、ちょっと寄っていきませんか。わたしがコーディネイトして差し上げましょう」
そう言うと、半ば強引に桑田の手を引っ張っていく。わたしは仕方なく、それについていった。
「ここなんですがね」志茂田が案内したのは、あまりふつうのファッションが揃っていない、ちょっとマイナーな店だった。
「おれに似合う服とかあるかなあ」桑田はちょっと疑るような口調である。
「ありますとも。さあ、中に入りましょう。わたしの言う通りにしておけば、ばっちりですよ」志茂田は自信満々だった。反面、わたしは不安でたまらなかった。
たださえ奇妙なヘアー・スタイルに、おそらくは奇抜なファッションになるに違いないからだ。
「まずはこれですね」志茂田が選んで差し出したのは、トゲのついたチョーカーだった。
「これか?」そう言いつつも、首に巻いている。
「それから、これとこれ」どれも黒い革製で、やたらとトゲだらけである。「さあ、さっそく試着してきてください」
「これなあ……」いくらか不満がありげだが、とくに逆らわずに服を持って試着室に入っていく桑田。
「着替え終わりましたか?」と志茂田がカーテン越しに尋ねる。
「着るには着たんだけどよお。なんだか、自分じゃねえみたいだぜ」中でブツブツ言う桑田。
どんな姿になっているのだろう。わたしも、不安を通り越して、今や興味津々だった。
「さあ、出てきてください」
「……わかった」
試着室から出てきた桑田は、全身真っ黒。トゲだらけ。まるでロック・スターのようだった。正直、なかなかかっこいいとさえ思った。
「ほら、ごらんなさい。よく似合っていますよ、桑田君。あなたは、パンクを目指すつもりなんでしょう?」
「パンク?」桑田が目を剥いて仰天する。
「そうです。パンク・ロックですよ。あとは靴ですね。スニーカーはいただけません。幸い、ここには中古の靴も置いてありますからね。ちょっと見てきますよ。あ、ところでサイズはいくつでしたっけ? 27.5ですか。わかりました」
それだけ言うと、さっさと靴を探しに行ってしまった。
「桑田、パンクのつもりだったの?」わたしは聞いた。
「なんだよ、そのパンクっつうのは。おれはだな、ただ、髪型を変えたいだけだったんだぞ」
「でも、どう見ても、その格好、パンクだよ。それもなかなかぴったりきてるし」
本当のことを言うと、最初に桑田を見たとき、頭の中がパンクしているんじゃないかと思ったものだった。