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ターンパイクを走る

 桑田孝夫の運転で、箱根の連絡路を走ることになった。

「ねえ、桑田。あんまり飛ばさないでよ。ターンパイクって、事故が多いって言うじゃん」わたしは釘を刺す。桑田の運転は、少々乱暴なのだ。

「ゆっくり走るって。心配すんな」桑田の「ゆっくり」は、制限速度+アルファなのであてにはならない。今年に入って、すでに1度、速度違反で加点されている。

「きっと、うねうねした道なんだろうね。ドリフトっていうんだっけ。あんなふうにしないと曲がれないんでしょ?」わたしは聞いた。

「いや、ワインディングは大したことねえさ。ま、だからスピードが出やすいとも言えるんだけどな。それと、お前。タイヤを鳴らしながら曲がる奴、たぶん、いねえぞ? ちょっと、映画の見過ぎじゃないのか」そう言って笑う。


 国道1号線から西湘バイパスへと入り、「箱根ターンパイク」と書かれた緑色の標識を左に折れる。

 ところが、早川料金所に着くなり、桑田は戸惑いの声を漏らした。

「あれ、何だこりゃ」

「どうしたの?」

 係員が小走りにやって来て、「はい、こっち、こっち。奥の空いてるところから、順に停めていってくださーい」と声をかける。

 桑田は誘導に従い、駐車場へとクルマを移動させていく。

「ちょっと来ない間に、すっかり変わっちまってな」ハンドルを握りながら言う。「料金所の前に、こんなでかい駐車場なんてなかったんだがなあ。そもそも、何だって、停車しなけりゃならねえんだろう」


 クルマを停め、外に出てみる。

「みんな、歩いて料金所に行くね」とわたし。休日なので、人の数が多い。ぞろぞろと列をなして、料金所に向かって歩いていく。

「とりあえず、行ってみるしかねえな」

 わたしたちも後に続いた。

 料金所で、桑田は案内係に尋ねる。

「あの、すいません。クルマ、どっから入ればいいんですか?」

「はあ?」受け付けの女性がポカン、とした顔をする。「駐車場、満車でしたか?」

「いや、あの、駐車じゃなくて、走りに来たんですよ。だって、ここターンパイクでしょ?」


「あ……」ようやく理解したらしい。「あのですね、『TOYO TIRES ターンパイク』は、今月より、全車乗り入れ禁止になりまして」

「な、何だって?!」世界は今日で終わりました、と断言されても、ここまで驚きはしなかったろう。たっぷり1分は、文字通り言葉を失っていた。

「だけど、そんな、いやまさか」やっと口がきけるようになっても、言うべき文句が浮かんでこない。よほど、ショックだったらしい。

「小田原方面に抜けるのでしたら、国道1号線をご利用いただきますよう、お願いします」

「そういうことじゃなく……でも、どうして?」

「早川から大観山の全線に、路面電車を敷設いたしまして、現在はそちらをご利用いただいております」

「電車を? ターンパイクにっ? なんてことを!」桑田は今にも目を回して倒れそうだった。


 わたしはむしろ、面白くなってきたぞ、と胸をはずませていた。

「せっかく来たんだからさ、路面電車に乗っていこうよ」

「おいおい、むぅにぃ――」

「運賃は片道700円となっております」案内係がにこやかに教えてくる。

 魂の抜けたような桑田を連れて、「ターンパイク鉄道」のホームを上る。

「どうしたのさ、桑田。道路なら、ほかにもたくさんあるじゃん」あんまりしょげかえっているので気の毒になり、慰める。

「わかってねえ、ほんと、お前はなんにもわかってねえ。ターンパイクはここしかねえんだ。いろは坂が日光にしかねえのと同じくな」

 確かに理解をするのは困難そうだ。そんなにもここで走りたかったのだろうか。自分が運転しなくとも、今じゃ、運転手がやってくれるっていうのに。

「あ、ほら。電車来たよ」フォーンを鳴り響かせながら、茶とベージュのレトロな路面電車がホームへと入ってくる。江ノ電の色違いのようだ。


 席はすべて前向きだった。

「皆様、当ターンパイク鉄道の運転を務めさせていただきます、小林と申します。本日のご乗車、まことにありがとうございます。この電車は、時速200キロで、小田原までの13.782キロメートルを疾走して参ります。途中、揺れることもございますので、お席のシート・ベルトをしっかりとお締め下さるよう、お願いしております」

 車内のあちこちから、シート・ベルトを締める音が一斉に聞こえる。

「桑田、ベルト締めてってさ」

「お、おう」 

「それでは、これより発車いたします。豊かな自然を窓から眺めつつ、路面電車の旅をお楽しみ下さい……もっとも、わずか4分少々。そんな暇などないでしょうけれどっ」


 ガタン、と揺れたかと思うと、ものすごい加速で電車は動きだした。桑田もわたしも、ドンッと背もたれに体を押しつけられてしまう。

「す、す、すごいっ!」まるで、ジェット・コースターだ。

「ひえっ!」客席のあちこちで悲鳴が上がる。それとも歓声なのか。

 隣の桑田を振り返ると、口を広げて声にならない叫びを上げているところだった。

「スリル満点だねっ!」わたしが話しかけると、引きつった顔でようやく答える。

「ば、ばか、こえーよ!」

 自分こそ、爆走する気満々だったクセに。

 桑田は緩やかなカーブだ、と言っていた。けれど、200キロも出ていれば、そのどれもが鋭角に変わる。しかも、曲がったと思う間もなく、すぐ次のコーナーに差しかかるのだ。


「大丈夫だって、桑田。この電車、単線だから、対向車の心配をしなくて済むんだから」

「そ、それでも怖いもんはこえーんだよっ」涙声で訴える。

「それにほら、レールの上を走ってるんだよ? 桑田、いつも言ってるじゃん。『おれの走りは、いつだってオン・ザ・レールだぜっ』って。それって、このことでしょ?」

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