夢の続き
バッサバッサと音がするので、慌てて窓の外を見てみると、飛行機ほどもあるアゲハチョウが飛んでいくのが見えた。
「なにあれっ?!」
アゲハチョウだけではない。道路を戦車がぞろぞろと移動している。しかも砲塔から花を吹き出しながら。
「今日はどうもヘンテコな日だぞ。水でも飲んで落ち着こう」流しに行って、コップを差し出しながら蛇口を捻る。
すると出てきたのは水ではなく、青い風船のようなものだった。なんだ、なんだとと見守っているうち、ぽとっとそれはコップの中に落ちた。
小さな青いゾウだった。
そこでハッと気がついた。
「なぁんだ、これは夢か。どうりでおかしいと思った」
コップの中のゾウを床の上に開けてやると、プップーと声を出して転がる。そして、見ている目の前でどんどん膨れて行くではないか。
「あ、これはまずいぞ。外に出さないと大変なことになる」そう思って、ゾウをつまむとベランダから外へ放り出した。
ゾウはますます大きくなり、まるでマンモスのようになった。
「あはは、あんなに大きくなった。でも、これは夢だから別に不思議でもなんでもないよね。1つ、あのゾウの背中に飛び移ってやろう」
わたしは手すりに乗ると、勢いを付けてえいやっとゾウの背に乗った。毛むくじゃらで、まるでソファのように柔らかい。
「これで町中を歩き回ったら面白いかも」そう考え、ゾウに「そらいけ、どんどん歩け」と命じた。
ゾウはわたしの言葉がわかるらしく、のっそのっそと歩き出した。
その度にわたしの体はふわん、ふわんと揺れる。中々気持ちがいい。
しかも、視界が高いので2階建ての家の屋根が目の辺りに来る。
「いいぞ、もっと歩けーっ」
魚屋から逃げ出したらしい切り身のサケが、群れをなして泳いでいく。
サカナばかりではない。どこから来たのか、ライオンが悠々と歩き回っているし、カバなんか転がるように壁のあちこちにぶつかりながら歩いていた。
「夢なんだし、こういうこともあるよね。ほら、第一、誰も驚いていないしさ」
人々も、まるで見慣れた風景であるかのように、平気な顔をしてライオンの横を通り過ぎていく。
ドオーンと音がして花火が上がった。それも、町のあちこちで。
花火はパッと開いて消えていったが、その後に花びらがさらさらと降り落ちて来るではないか。
「これが本当の花火だね」とわたしは独り言を言う。
あんまり花火が打ち上がるものだから、そのうち、辺り一面花びらだらけになってしまった。まるで、色とりどりの雪が積もったかのようだ。
そのうち、ゾウの足がすっかり埋もれ、この先歩いていくのも困難になってしまう。
「花びらの中を泳いでいくよりほかなさそう」わたしはゾウから飛び降り、花びらのプールに飛び込んだ。
わたしの唯一できる泳ぎ、平泳ぎで、花びらの中をすいすいと進んでいく。
ときどきタイミングをしくじって溺れたりもするけれど、なにしろ花びらだ。苦しくなる前に、また地上に顔を出す。
「夢の中なんだから、空も飛べるはず」ふいにそのことに気付き、花びらを散らしながら、ジャンプをしてみる。
わたしの体は見事、空を飛ぶことに成功した。が、どうしても低空飛行しかできないのだった。
「そうだった、夢の中ではいつもこうなんだ。なんで、自由に空高く飛べないのかなあ」たぶん、現実に空を飛んだことがないからなのだろう。
わたしは低空飛行のまま平泳ぎを続け、路地裏を抜けて原っぱに出る。今どき、都会に原っぱなど珍しいが、これも夢だからこそだった。
原っぱには、なぜか花びらが1枚も降っていなかった。
その代わり、タンポポの花が一面に咲き誇っている。
「ここ、どこかで見たと思ったら、子供の頃、1度だけ来たことのある、あの幻の原っぱだ」なぜ幻と付けたかというと、すっかりお気に入りになり、もう1度来ようとしたけれど、以来、決して見つけることができなかったからである。
日が暮れかかってきた。太陽には顔があって、ニコニコと満面の笑顔をたたえている。いかにも、メルヘンの国に来た気がした。
太陽がすっかり沈んでしまうと、今度は代わって月が昇り始める。三日月だったが、これまた顔だった。
やがて星がキラキラと瞬き始める。とても大きく、手を伸ばせば届きそうなほどだった。
「あの1つ1つがまるでこんぺいとうのよう」わたしはすっかりうれしくなり、思わず手を伸ばしてみた。
驚いたことに、本当に星がつかめた。想像していた通り、それはこんぺいとうだった。
どんな味がするのかと、口に含んでみた。甘く、まるで夢のような味がした。
「そもそもが、これは夢だもんね。そんな味がするよなぁ」わたしは妙に納得していた。
と、ここで目が覚めた。いつもと変わらぬ朝だった。
「ああ、久々に夢らしい夢を見たなぁ」そう言って背伸びをする。
そのとき、窓の外からバッサバッサと羽ばたきする音が聞こえてきた。慌てて外を見ると、飛行機のように大きなアゲハチョウが空を飛んでいるのが見えた。