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月を拾いに行く

 今日は、志茂田ともるとアクセサリー・ショップに来ていた。明日は中谷美枝子の誕生日なのだ。何かプレゼントを買っていこうと思っていた。

「この月の形をしたペンダントなんかいいんじゃない?」わたしが言うと、

「ほう、月ですか。ならば、そのようなものなどではなく、本物を贈ろうじゃありませんか」などと言い出す。

 わたしは思わず笑い出してしまった。

「月って、あの空に浮かぶ月? あんなもの取ってこれるはずないじゃん」

「おや、そうでしょうか。あなたは試したことがあるのですが、むぅにぃ君」

「ないけど、手が届かないことくらい、子供だって知ってるよ」とわたし。


「まあ、空の月は無理ですが、落ちている月なら拾ってこられますよ。信じられませんか? それなら今夜、星降り湖の船着き場で落ち合いましょう。そうすればわかることですから」

 わたしはこれまで、志茂田が冗談を言ったり人をからかったりするところを見たことがない。第一、真顔でそういうのだ。

「うん、わかった。星降り湖の船着き場ね。時間は何時にする?」

「そうですね、夜の8時ちょうどにしましょうか」

 そんなわけで、わたし達は夜の8時に、星降り湖へ行くことになった。


 星降り湖は1丁目の森を抜けたところにあった。街灯があちこちにあって明るいため、1人で歩いてもまったく怖いとは感じなかった。

 星降り湖の船着き場には、すでに志茂田が待機していた。手には、そこらで拾ったらしい木の枝を持っている。

「そんなもので何するの?」わたしは聞いた。

「これで月を取るのですよ、むぅにぃ君」

 なんだかよくわからないが、志茂田がそういうのだから、考えがあってのことだろう。

「さあ、船に乗りますよ。揺れますから、注意してくださいね」そういうと、留めてあった1艘の小舟に乗り移った。

 わたしも、足元に用心しながら船に乗る。


 志茂田は湖の中心を指差して言った。

「ほら、あそこに月が映っているのが見えるでしょう? あれを取りにいきます」なんでもないことのように言う。

「だって、あれは水に映っている月だよ? 取れっこないじゃん」

「まあ、見ていてごらんなさい」そういうと、かいを上手に操って映り込んだ月目指し、漕ぎ始めた。

 夜の星降り湖は周辺が森だと言うこともあって、水面までも真っ黒だった。

 おまけに、今日は風のない日だったのでさざ波1つ立っていない。湖に映った月は、まるで本当の月のように見えた。


 しばらく漕いで、月のすぐそばまでやって来た。

 志茂田は枝を取り出すと、それを水につけ、月をすくって見せた。

「ええーっ、月ってそんなふうに取るものなの?!」わたしはびっくり仰天した。

 前にテレビで、湯葉を作るところを見たことがある。熱く煮えた豆乳の表面に薄い膜状の湯葉ができ、それを棒ですくうのである。

 今見ている光景は、まさにそれだった。

「でも、フニャフニャだね」

「なあに、ガラス窓にでも貼って乾かせば、真ん丸いお月様になりますよ」のんきにそう答えるのだった。


 湖面に揺らめく月を取ってしまったので、湖は何もない、ただの水面になってしまった。

「夜、誰かが散歩しに来たとき、ちょっと寂しい思いをするだろうね」

「大丈夫ですよ。時間が経てば、また月の影が映り込みますからね」そう説明する。

 取った月を船に乗せると、志茂田は船を逆転させ、岸に向かって漕ぎ始めた。

「ちょっとみてもいい?」わたしは聞いた。

「どうぞ、どうぞ」

 触れてみると、つるんとしたものだった。裏側をめくってみると、そこにはいつか見た月の裏側の写真そっくりだった。


「中谷、喜んでくれるかな?」

「そりゃあ、なんといっても本物の月ですからね。まあ、正確に言えば月の影ですが」

 ふと、不安になって聞いてみた。

「月ってみんなのものだよね。たとえ水に映ったものでも、黙って持っていったら咎められないかなぁ」

「月は誰の物でもありませんよ。どこかの国が、『月はわれわれの領土だ』などと主張しましたか? また、公共物でもありませんしね。それに、さっきも言った通り、30分も経てば、また現れますから、そんな心配はしなくてもいいですよ」

 それを聞いて、わたしはほっとした。帰ったら、さっそく窓ガラスに貼り付けておこう。しわができなければいいけれど。


「ただ渡すのも味気ないですね。すっかり乾いたら、2人して、ハッピー・バースデー、中谷美枝子とでも書いておきましょうか」志茂田がそう提案した。

「うん、それはいい考えかも。記念になるしね」

 中谷のことだから、壁のどこかに、あるいは天井に画鋲で貼ってくれるに違いない。

「そうそう、忘れるところでした」船着き場に着いたとき、志茂田が立ち上がりながら言った。「月の影が取れるのは、ここ星降り湖だけですからね。タライに水を張って同じことをしても無駄ですよ、むぅにぃ君」

 わたしは桟橋に足を掛けると、えいやっと飛び移った。

「わかってるって。星降り湖は不思議な湖だもん。そんなことだろうと思っていたよ」

 船を岸に結びつけると、わたし達は取れたての月を手に、森の中へと引き返していった。

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