鼻に目ができる
いつものようにネット・サーフィンを楽しんでいると、面白そうなサイトを見つけた。
〔あなたのチャクラを開いて、第3の目を手に入れよう〕
何のことかと、よく読んでみると、瞑想に関するサイトだった。
目を閉じて、半跏趺坐で無念無想になる。この時、へその上辺りに意識を集中させると、チャクラが開くというのだ。
「面白そう。ちょっと試してみようっと」わたしはスピリチュアルなことが好きなので、すぐに影響されてしまう。
座布団を敷いてその上に座り、左足を右足の上に載せる。最初、ちょっと足が痛かったが、すぐに気にならなくなった。
「第3の目って、つまり第六感が鍛えられるってことだよね」わたしは独り言を言う。「これで、少しでも感覚が鋭くなるんだったら、見っけものだけど」
目を閉じ、へその上に意識を集中させる。しばらくは何も起こらなかったし、雑念が湧いてきて、瞑想どころではなかった。
けれど不思議なもので、5分もその姿勢を保っていると、次第に意識が遠のいていくのが感じられた。
ほんのりとへその上が暖かくなる。どうやら、チャクラが開いてきたようだ。
15分ばかり経ち、足がしびれてきたのと、意識がまた雑念に捕らわれてきたので、もうやめることにした。
果たして、第六感は鍛えられたのだろうか。なんだかいつもと変わらない気がする。
そっと、目を開けてみる。すると、なんとなく部屋の中の見え方が違って感じられた。
「これがつまり、『第3の目』というやつかも」わたしはちょっと、期待した。
ところで、さっきから鼻の頭がむずがゆくてたまらない。指で書いた途端、
「痛っ!」鼻の頭に何かできものができているらしい。
洗面所に行って、鏡を見る。そして、びっくり仰天した。もう少しで腰を抜かすところだった。
わたしの鼻の頭に、文字通り「第3の目」ができていた。
「ふつう、第3の目って額にできるもんだけどなあっ」鏡の中の自分に向かって、文句を言う。鼻にできた目は、パチパチと瞬きをしている。
額に目ができてもえらいことだが、それが鼻の頭と来た日にはえらいを通り越して、はっきり言ってみっともない。
「これどうしよう。まさか、本当に『第3の目』ができるなんて思わなかったよ」
しかし、できてしまったものは仕方がない。
試しに左目、右目、鼻の目と順番につぶってみた。どれも、ちゃんと機能している。
便利と言えば便利かもしれない。でも、外に出るときは困るなあ。
そうだ、こういう時こそ、志茂田ともるに相談してみよう。
わたしは、マスクを付けて鼻が隠れるようにして外に出た。
志茂田の家に行き、チャイムを鳴らす。
「どなたですか?」インターホンから志茂田の声がする。
「志茂田-、ちょっと困ったことになっちゃったんだけど」
「おや、その声はむぅにぃ君ですね。ちょっと、待っていてください」
間もなく、志茂田がドアを開けてくれた。
「マスクなどして、カゼでもひきましたか?」のんきにそんなことを聞いてくる。
「カゼだったら、どんなに良かったか」わたしは情けない声を出した。
「まあ、中に入ってください。それから話を聞きましょう」
居間に通され、コーヒーとケーキが出された。
「カゼじゃないというのなら、一体、どうしたというんです?」と志茂田が聞くので、わたしはしぶしぶマスクを外した。
志茂田ともるは、てっきり驚くかと思ったが、それどころか、大笑いを始めた。
「あはは、なんですか、その鼻はっ」
「笑い事じゃないでしょ。鼻に目ができちゃったんだよ?」わたしはムキになって抗議した。
「これは失礼しました」そう口で言いながらも、喉元がクスクスと笑っている。「いったい、どういう経緯でそうなったんですか」
そこで、わたしはとあるサイトを見て、自分も瞑想をしてみようと思い、真似をしたことを話した。
「ははあ、チャクラが開いてしまったというわけですね。それで、第3の目が出現したと。なるほど、なるほど。よく、わかりました」
「どうにかならないかなあ」すっかり困り切って、すがるように志茂田に聞いた。
「チャクラが開いてそうなったというのなら、チャクラを閉じればいいんじゃないでしょうか」と志茂田。
「どうやって閉じるの?」
「もう1度、瞑想をしてご覧なさい。今度は、チャクラが閉じるところをイメージするんです」
そこで、わたしはまた半跏趺坐になって目を閉じた。へその上の辺りが、今度はひんやりとしてきた気がする。
5分ほどそうしていると、さっき志茂田に笑われたことも、鼻の頭に目があることも忘れてきた。
「はい、いいですよ、むぅにぃ君。さあ、目を開けてください」志茂田の声にハッとして、われに返った。
「鏡、見ていい?」わたしは立ち上がった。
「どうぞ、どうぞ。洗面所にありますから、ご自分で確かめてご覧なさい」
わたしは急いで洗面所に行った。鏡に自分の顔を映すと、低いけれどちゃんと元通りの鼻に戻っていた。
「ああ、よかった。もう、2度とチャクラなんか開くもんか」
わたしは心の中でそう誓うのだった。