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漢字の著作権料を請求される

 長年に渡って中国の主張してきた「漢字著作権」が、国際裁判で認められ、日本はこれまでの分も含め、使用料を支払わなくてはならなくなった。

「これからどうなるんだろ。もう、漢字は使えないのかなぁ」ファミレスで、ハンバーグ・ステーキを前にわたしは言う。

「いきなり使えなくなっては支障をきたしますからね。当面は、使用料を払いながらやっていくしかないでしょう」志茂田ともるはオムライスをつつきながら答える。

「今までの分も払えって言ってるけど、いくらになると思う? けっこう取られるかも」

「そうですねえ……」食べる手を止め、天井を向く。空で計算をしはじめたらしい。「空海が日本に漢字を広めたという説を支持するなら、平安時代からの徴収ということになりますが」


「そんな昔から?」わたしは驚いた。

「ええ、ざっと820年ばかり経ちますね。中国側は、1人1日、1文字につき1円と言っていました。漢字は5万字とも言われていますから、これに当時の人口10万人を当てはめて――」

「その頃って、そんな少なかったの?」

「300万人から500万人という考察もありますが、漢字を扱っていたのは、まず間違いなく貴族ですから」志茂田は言った。「時代と共に人口も増加していきますが、当初の使用者数だけで、ざっと考えてみましょう」

「うん」

「820年は、日数にすると、およそ30万日ですか。それに漢字の数、人数を掛けるとします」ポケットから携帯を取り出して、電卓機能を使う。「おや、まあ! これはとんでもない金額になりましたよ、むぅにぃ君」

 志茂田は表示結果をわたしに見せてくれた。

「えーと、いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……」途中で桁がわからなくなってしまう。「それって、いったいいくらさ」

「1500兆円ですよ」 


 すぐにはピンと来なかった。

「つまり、どういうこと?」

「今の日本の負債額が、1000兆を超えるかどうかです。それを軽く上まわっている、ということです。いかに膨大な著作権料かということがおわかりでしょう。これでも少なく見積もってのことですよ。現在の人口に当てはめてごらんなさい。何千倍にも膨らむことになります」

 数字にうといわたしでも、さすがにゾッとした。

「そ、そんなの払えっこないじゃん! この国、どうなっちゃうんだろう」

「とうてい、現実的ではありませんよね。元首同士が話し合って、折り合いをつけるより、ほかはないでしょう」志茂田はそう締めくくる。


 それからひと月も経たないうちに、日本政府が結論を出した。

「えー、わが国としては、永年に及んで、お隣中国より漢字を借りてきたという事実に基づき、過去へと遡って使用料を精算することと相成りました」

 テレビ、新聞、どこもトップでこの閣議決定を報じている。

 ファスト・フードでハンバーガーをほおばりながら、わたしは志茂田とおしゃべりをしていた。

「あーあ、とうとう決まっちゃったね。志茂田の言った通り、1500兆円払うんだって」

「この国には失望しましたよ」志茂田は、ふうっ、とため息を漏らし、フライド・ポテトを数本束にして口へ放り込む。

「海外移住とか、今から考えた方がいいかなぁ」わたしは不安を口にした。

「そうですね、わたしはブラジル辺りに目をつけているのですよ。どうです、一緒に行きませんか?」

「ブラジルか……」何となく、暖かそうだ。寒がりのわたしにはちょうどいいかもしれない。

 しばらく考えてみるね、と言い、わたし達は別れた。


 町のあちこちで、「アルバイト募集」の広告が一気に増える。貼り紙だったり、配っているティッシュだったり、駅前の大型スクリーンからさえも呼びかけていた。

「年末が近いんだなぁ」初めはそれくらいにしか思わなかった。郵便局など、この時期になると急きょ、人集めを始める。

 けれど、見れば郵便局などではなかった。端っこに小さく「財務省」とある。

「あんなところでバイトって、いったいどんなことをするんだろう」

 たまたまもらったティッシュの広告を読んでみると、「あなたも1円玉を作ってみませんか?」と書かれていた。

 造幣のアルバイトだなんて、初めて聞く。お金をこしらえて、お金をもらう。ちょっと、不思議な気がする。


 中国への支払いは始まっていて、毎日、毎日、現金が国外へと運び出されていた。もう、すでに1兆円を超えているのだという。

 久しぶりに、駅前の喫茶店で志茂田とお茶を飲む。

「むぅにぃ君、これは愉快なことになりましたよ」会う早々、相好を崩す。「やりますねえ、日本政府も。あちらの国も、今頃は大慌てでしょう」

「どういうこと? だって、せっせとお金を払ってるところじゃん」わたしにはまだ飲み込めていなかった。

「払うには払うと言ったのですよ。けれど、あくまで現金、それもすべて1円玉ということにしてもらったそうです」

 ああ、それで財務省が臨時雇いをあんなに募集していたのか。


「でも、それがどうして……。お札だろうが、1円玉だろうが、お金に変わらないよ」

「考えてもごらんなさい、むぅにぃ君。1500兆枚ものアルミの重さを。驚くじゃありませんか。何と、15億トンですよ!」

「ふーん」

「いいですか、この地球上にどれだけのアルミニウムが埋蔵されていると思います? 20億トンなんです。その3/4が、続々と大陸の一部へと運ばれているわけです」

 ようやくわかってきた。

「そうか、置く場所に困るんだっ」思わず、そう叫ぶ。

「違いますよ、むぅにぃ君」志茂田は静かに首を振る。「重さで国が沈んでいくのです」

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