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なんでも3倍公園

 バスは、本郷通りを飛鳥山で左折し、明治通りへと入る。真っ直ぐ道なりに、15分ほどで池袋駅へ着くはずだった。

「あれ?」曲がったと思ったら、いきなり地下へ潜ってしまう。首都高中央環状が並行していたが、ちょうど地上から現れて、そのまま高架を走るはずである。いつの間にできたんだろう、地下道なんて。

 都内は道路事情が複雑で、しばしば路線が変わることがある。慣れっこなので、不安はなかったが、どの町の下を通っているのかまったくわからず、もやもやした気持ちになった。

「あんまり遠回りにならなければいいけど」たぶん、バス停に路線変更の貼り紙がしてあったはずだ。よく利用するバスだったから、ろくに確かめもしなかった。


 一応、車内を見回してみる。どこかに臨時運行表が掲げられているかと期待をした。残念ながら、それらしいものはなかった。

 席が埋まるか埋まらないかほどいる乗客は、誰1人として困った表情を浮かべていない。このコースを承知しているようだ。

「もしかしたら、けっこう前からこっちを走ってたのかなぁ」ここしばらく乗っていなかったので、情報をつかみ損ねたに違いない。

 せっかくの窓際だったが、薄暗く退屈な、コンクリートの壁ばかり目に映る。

 そのうちに池袋へ着くだろう、と気長に待つ。ほどよい暗さと揺れが、わたしを心地よく夢へと誘う。

 ハッと目を醒ますと、すでに地下道を出たあとだった。ポケットから携帯を取り出し、時刻を見る。飛鳥山を過ぎてから、もう1時間も経っていた。


「わっ、寝過ごしたっ」慌てて窓の外を振り返る。 住宅よりも田畑の方が目立つ、のどかな風景だった。「どう見ても、池袋じゃないよね」

 仮にも都営バスなのだから、都内には違いない。けれど、どこなのか、さっぱりわからなかった。

 乗客もすっかりいなくなって、今はわたし1人きり。見知らぬ土地に連れてこられた上、置いてけぼりを食らった気がして、ひどく心細い。

 車内に、運転手の声がぼそぼそと響いた。

「次は~終点、町外れ~、町外れ~」

 どの道、次で降りるしかない。戻りのバスがすぐに来ればいいけど。

 バスは、荒涼とした草原のど真ん中に停車する。わたしは、暗澹とした面持ちでステップを1歩ずつ降りていった。

 バスが走り去ってしまうと、あとにはただ、風に揺れるススキの乾いた音ばかり。しかも、帰りのバスは3時間も後だった。

 こうなったら、町まで行って、電車でも見つけるよりほかはない。

 

 道は未舗装でほこりっぽかった。車道も歩道も区別はなく、ゴロゴロと小石が転がっていて、ひどく歩きにくい。

 こんもりとした丘のずっと向こうには、午後の日差しを浴びてねむそうな町が見える。あそこまで歩いていくには、20分はかかりそうだった。

「まさに『町外れ』だなぁ、まったく」電車どころか、タクシーさえ捕まりそうにない。差し当たっては、あの町まで徒歩で行くよりなさそうだ。

 丘はクローバーとレンゲソウが茂っていた。白やピンクの花が、まるで絵の具を撒いたように咲散らかっている。1本、1本はたいして匂わないのだが、群生した中に足を踏み入れると、香りの強さにめまいがしてきそうだった。


 ようやく丘を抜け、町の入り口まで辿り着く。

 地方の観光街にあるような、大きなアーチが建っていた。「ようこそ、『町外れ』の町へ」と、文字が躍る。その文字も、風雨に晒され、あちらこちら色褪せていた。

 アーチをくぐると、そこは公園だった。町そのものは、公園を通り抜けないと入れないようになっている。

「おかしな町だ。公園なんて、ふつうは町の真ん中に作るものなのに、ここじゃ公園の中に町があるみたい」わたしは、首を傾げながら公園に入り込む。

 奇妙と言えば、この公園からして変わっていた。たいそう広いのだが、置かれている遊具が通常の3倍ほどもあった。

 ブランコは、大人でさえ、飛び付いてからよじ登らなければならない。滑り台など、ちょっとしたビルの屋上くらいの高さだ。てっぺんまで登ったら、足がすくんでしまう。


 ジャングルジムや鉄棒など、よけるかくぐるかして、公園を突っ切っていく。ところが、途中にでんと転がる、巨大なモニュメントだけは、どうしても乗り越えていかなくてはならなかった。

 それは、人の頭をかたどったオブジェで、家1軒ほどもある。左右に抜け道を探したが、完全に塞がれていてどうにもならない。

「やっぱり、ここを登っていくしかないのか」顔を真っ直ぐ、上に向ける。

 このオブジェには、あちこちに石が埋め込まれていた。それらに手をかけたり、足を乗せたりしながら、さながらロック・クライミングの要領でよじ登っていく。

 わたしは、勇気を出して最初の石に足をかけた。手で、近くのとっかかりを探りながら、ゆっくりと、けれど着実に上を目指す。 

「焦らず、1歩ずつ……」そう自分に言い聞かせながら、登り続けた。

 途中、オーバーハングにぶつかったこともあった。どうやってもクリアできそうになく、仕方なく、横へ横へと移動し、別ルートを見つけることに成功した。


 頂上に到達すると、感動のあまり、立ち上がって万歳を三唱する。

「ばんざーい、ばんざーい、ばんざーいっ!」

 今度は、反対側へと降りていかなくてはならなかった。登るよりも、難易度が増す。足許が見えず、爪先だけで次の1歩を選んでいく。

 何よりも、いったんは征服をしたのだ、という慢心が、気持ちを緩ませてしまう。

 実際、たいして難しくもないポイントで、わたしはうっかり足を踏み外してしまった。あっ、と思った瞬間には遅く、両手までもを滑らせ、そのまま地面へ落下してしまう。

 幸いにも、地上にほど近い場所での事故だった。どしん、と尻餅をついて事なきを得る。

「いたたたっ……」お尻をさすりながら、立ち上がった。「でも、どうやら、これで町に入れたみたい」


 公園と町との境には、掲示板が立っていた。直近の行事や予防接種の案内などが貼られている。

 その中の1枚は、町外者向けのインフォメーションだった。

「えーと、駅はこの先、右行って、左行って、そのまま真っ直ぐかぁ。この地図からすると、10分もかからなそう」覚えたての道順に従って進む。小さいながらも、レンガ造りの駅舎が見えてきた。

 路線図を眺めると、池袋までは乗り換えなしの直通である。

「運賃は370円か。思ってたほど遠くなかったんだなぁ。だいぶ大回りしちゃったけど、たまにはいいよね、こんなのも」

 「なんでも3倍公園」へは、また今度、友人を連れて遊びに来てみよう、わたしは思うのだった。

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