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宇宙が裂ける

 宇宙が破裂してしまったのは、たぶん、わたしのせいだと思う。

 あれは幼稚園の頃だった。わたしは、近所の小学生のお兄さん達にくっついて、しょっちゅう「冒険」をしていた。

「なんだ、またむぅにぃが来ちゃったぞ。今日は遠出をするんだから、連れてくるなって言ったろ?」3年生の浩一が渋い顔をする。

「ごめん、浩ちゃん。だけど、置いてけぼりにすると泣くんだもん。しょうがないよ」1学年下の健介が困ったように言った。

 わたしは、いつもの道端でたまたま健介を見つけ、ダメだよ、と言うのも聞かず、無理やりについてきたのだ。

「なあ、浩ちゃん。連れてくしかないよ。それに、今さら帰しちゃったら、親に言いつけるかもしれないぞ」浩一のクラスメイト、昇が忠告する。

「うーん、それはあり得るな。うちのかあちゃんのことだ。追いかけてきて、家に引きずっていかれる」浩一は、あきらめたように、ふうっと溜め息をついた。


 この道がどこへ続いているのか、わたしにもわかっている。大人達が行っちゃいけない、と年中口を酸っぱくしている、三つ子山があるのだ。

 山は100メートルほどの低いものだったが、途中、整備されていない崖がある。ずっと前、小学生が落ちて亡くなったことがあり、ずいぶんと騒ぎになったものだ。

 以来、子供だけで立ち入ることは禁じられていた。

 浩一は、わたしの前に屈むと、こう言い含める。

「いいか、むぅにぃ。お前は、おれのすぐ後ろを歩くんだぞ。絶対に道からはみ出たり、勝手に茂みへ行ったりすんなよ。それと、疲れてもおれは知らねえからな。そん時は、健介に言って、うちまで送り返すからな」

 先頭を浩一、次がわたし。それから、昇、健介と並んで歩き出す。行進が始まるや、すぐ後ろの昇が、そっと耳打ちをしてきた。

「心配するな、むぅにぃ。疲れたら、おれがおぶってやっからな。足がだるくなったら、いつでも言うんだぜ」


 緩やかな上り坂だったが、最年少のわたしには、けっこうきつく感じられた。

「大丈夫か?」昇が声をかけてくる。本当は少し休みたかったけれど、今こそ頑張らなくてはと思い、「うんっ、ぜんぜん平気」と答える。

「そっか、えらいなあ。あと、ちょっとだからな」

 さらに歩くこと10分、ようやく目的地に到着した。山の中腹で、一面が藪に覆われた原っぱである。

「よーし、シノを集めるんだ」浩一が号令をかけた。「シノ」というのは、ミニチュアの竹みたいな植物。これで槍を作って、やり投げ遊びをするのだ。

 わたしは健介と行動を共にし、適当な太さのシノを探して回った。

「これなんかいいな」健介は、ポケットから折りたたみナイフを取り出して、シノを刈り取る。

 わたしもやりたくなって健介に頼むが、

「ダメダメッ。ナイフなんか、むぅにぃにはまだ早いって」まったく、相手にされなかった。


 もっとも、その折りたたみナイフだって、彼の中学生になる兄から、こっそり拝借していることを、わたしは知っていた。いっそ、そのことを持ち出して、交換条件にしてやろうか、と画策した。

 けれど、無理を言って連れてきてもらったのだったと思い出し、考え直す。

「じゃあ、槍投げはさせてもらえる?」そう聞いた。

「うん、いいよ。投げ方も、ぼくが教えてやるよ」

 集合場所へ戻ってみると、それぞれ手にシノの束を抱えて待っていた。

「それじゃ、槍を作ろうか」浩一は、その場にどっかりと腰を下ろす。

 わたし達も、積み上げたシノを前に、輪となって座る。

「むぅにぃは、笹の葉っぱをむしって」浩一が指示を出した。

「葉っぱで手を切らないようにな」昇がニコッと注意をする。

 ようやく自分にも手伝えることができて、内心、嬉しかった。シノを手に取ると、葉を残らずちぎっていく。


 わいわいとおしゃべりをしながら、作業が進められた。葉のむしられたシノは、ナイフで先を尖らせる。背の部分には十字の切り込みが入れられ、羽代わりの笹が挟まれた。

「よーし、けっこうできたな」浩一は満足そうに見下ろす。

「ぼく、数えてみるね」健介が、槍の山を数え始めた。「全部で、37本あるよ」

「1人、10本ずつだな」昇が言う。「余った7本は、むぅにぃの分だ。ちょっと少ないけど、いいよな?」

「うん」わたしはうなずく。

「そんじゃ、赤壁に行くぞーっ」浩一が叫ぶ。

 わたし達がゾロゾロと向かった先は、原っぱの端に盛り上がった小山だ。高さ3メートルほどの、赤土でできた壁である。


 壁のいたるところには、三重丸が描かれていた。槍投げの的だった。周辺には、無数の穴が空いている。これまでに競い合った痕だ。

「前の的、雨風で消えかかってるから、新しく描く?」健介が壁をさすりながら聞く。

「そうだなあ」浩一は、10メートルばかり離れた辺りから、吟味する。「うん、ちょっと見づらいもんな。健介、お前のそばのその的、なぞって線を濃くしてくれない?」

「オッケー」健介は、槍の先で的を描き直す。

 わたしは、少し離れた壁に、自分専用の的を作ろうと思い立った。 

「前にパパから聞いたけど、宇宙ってこんな形をしてるんだよね」落ちていた棒っきれで、赤土に絵を描く。ネコの目に似た紡錘形だ。

 宇宙を外から見ると、こうなってるんだぞ、父はそう言いながら、わたしのお絵かき帳にクレヨンで描いてくれた。


 向こうの壁では、浩一達が槍投げを始めていた。壁に向かって、次々と槍が飛んでいく。うまく刺さるものもあれば、当たり所が悪くて跳ね返されてしまうものもあった。

「おーい、むぅにぃ。自分の的はちゃんとできたかー?」昇が気にかけてくれる。

「うんっ、作ったよーっ。これから投げるから、見ててーっ」わたしは、槍を構え、「宇宙」目がけて、えいっと放った。

 槍は一直線に飛んでいき、「宇宙」のど真ん中へ命中した。

「やったぁっ!」跳ねて喜ぶわたし。

「すげえっ、1発で当てるなんてっ」健介も目を丸くして驚いている。

 その時、空の遙か彼方で、ブツッと不吉な音を聞いた。大きな風船が破裂する間際は、きっとこんなふうではないか、なぜかそう直感する。

 やがて、シューッと空気の抜けていくような音が聞こえてきた。

 わたしは、宇宙に穴を開けてしまったのだ。

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