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錆色をした巨人

 いつの頃からか、地球上のあちこちに怪獣が現れるようになった。かつては空想の産物でしかなかったこれら怪獣は、単に巨大な生物という括りを超えていて、文字通り、悪夢の具現化と言えた。

 火を吐き、怪光線を放ち、地を自在に潜り、高速で海中を泳ぎ回り、ジェット機よりも速く空を飛び回る。

 なんの前触れもなく、突如として現れては、目に付くもの触れるものを破壊して回った。

 始末の悪いことに、火器がまるで通用しない。某国では、核が使用されたこともあった。ところが、キノコ雲が晴れてみれば、かすり傷1つなく、爆心地に立っていたという。

 一部の噂では、化学兵器さえ試されたという。これまでのところ、人類の手で怪獣を倒したというニュースが聞かれないことから、どうやら、それも効果がなかったと思われる。

 もはや、人にできることは何もなかった。怪獣が出現したら、ただひたすら逃げ回り、独りでに去ってくれるのを待つよりない。


 怪獣が自然災害として数えられるようになり、10年ほど過ぎた頃だ。どこからやって来たのか、1人の巨人が地球に住み着いた。

 比較的人間に近い姿をしていて、錆色の肌だった。その薄汚い様子が、どことなく裁ちバサミを思わせることから、いつしか「オンボロバサミ」と呼ばれるようになっていた。

 ふだんは、どこか海洋に漂っているか、底に沈んでいるかしてのんびり休んでいる。もしかしたら、眠っているのかもしれない。

 ところが、怪獣が出没すると、どうしてわかるのか、むっくりと起き上がり、世界中、どこだろうが飛び立った。

 平和主義らしく、決まって説得から始める。話してわかる相手なら、妥協案をひねり出し、地球外に去ってもらうなり、地中深く潜ってもらうなどして、ムダな争いを避けるのだ。


 けれど、必ずしも言葉の通じる怪獣とは限らない。いや、統計からすれば、そちらの方が圧倒的に多かった。

 そんな場合はどうするかと言えば、もちろん力に訴える。なりは「オンボロバサミ」であっても、特殊な攻撃技を備え、おまけにケンカ慣れしていた。たいていの怪獣であれば、3分以内でケリを付けるのだった。

 彼、あるいは彼女は、わたし達人類を地球の支配者と認め、内外からの脅威より守ってくれているらしかった。コミュニケーション障害なのか、こちらがいくら話しかけても、応じるそぶりが全くない。意思疎通が出来ないため、真意を計りかねている、というのが現状だ。


 口さがない者はこう言う。

「オンボロバサミは、たんなる日和見なのさ。人類ともめごとを起こしたくないんだな。怪獣退治をする代わり、どうか自分にかまわないでくれ、ってところなんじゃないのかな」

 また、別な者はこんな推測を立てた。

「きっと、どこかよその星から来たんだ。故郷であるその惑星は、異変が起きたか、侵略者に追われたかして、住めなくなった。はるばる旅をして、ようやくこの地球へと辿り着いたのに違いない。住む場所を提供してもらっている礼に、怪獣をやっつけているのではないか。考えてみれば、憐れな奴さ」

 本当のところは誰にもわからない。たださえ無口なところへ持ってきて、脅しても透かしても答えようとはしなかった。身の上など、知ることも叶わない。


 いっぽうで、わたし達はそれなりのやり方で、オンボロバサミを勝手に調べていた。もちろん、本籍地がどこで、年はいくつ、などはわからない。あくまで、外からの観察によった。

 終始監視カメラが追っていて、今日は何時にどこで眠ったとか、何匹怪獣を倒した、などをこと細かく記録する。

 1つわかったことは、特に食べ物を必要としないという事実。怪獣の現れない「非番」には、日がな1日、大海原に浮かんでいた。それも、日の照っている海上を選んで移動しているのだ。

 ここから推察されるのは、木や草と同様、光合成を行っているのではないか、ということ。

 地球に住む者として、これは幸いなことだった。あれだけの巨体だ。もしも食料を必要としたら、その地域の食物性資源がたちまち枯渇してしまうだろうから。


 ある時、わたしの住む町にも、とうとう怪獣が現れた。カボチャ怪獣・パンプキングだ。

 重量級の球体がゴロリン、ゴロリンと転がって、町を破壊していく。時々立ち止まっては、てっぺんからタネ型爆弾を周囲に撒き散らした。

 わたしは、避難所の校庭から、人混みに揉まれつつ、その光景を眺めていた。たくさんの建物が炎で包まれているにもかかわらず、消防車は出動しなかった。町中に立つスピーカーからは、サイレンと避難の呼びかけだけが、繰り返し流れる。


 空の彼方から赤茶色の点が降りてきた。ドッスーンという重い地響きを立てて、オンボロバサミが駆けつける。

 テレビでこそよく見るが、こうして実物を目の当たりにしたのは、初めてだ。モニター越しより、ずっと感じがいい。よほど、テレビ映えのしない風体なのだろう。

 もちろん、だからと言って、かっこいいとは思わなかった。くすんだ感じのする錆色の表皮、正面から見ると、左右が歪んでみっともないマスク、どこか皮肉っぽい口元、全体にパッとしないのだ。

 オンボロバサミは、あだ名通り、チョキチョキとパンプキングに歩み寄り、いつもの手順に従って、とりあえず交渉を始める。もっとも、本当に言葉を交わしているのかどうだか怪しい。わたしの耳には、「ムハッ、ムハハッ」としか聞こえなかった。


 パンプキングは、初めこそ大人しく聞き入っているようだった。けれど説得にうんざりしたのか、はたまた気に触ることでもあったのか、いきなりオンボロバサミ目がけて、突進を始める。交渉は決裂だ。

 そうなると、オンボロバサミの判断は早い。いきなり両手をクロスさせると、「ムハァッ!」と一声、茶色い光線を放出した。高エネルギー波を、まともに浴びせかけられたパンプキングはたまらない。厚い皮が瞬時に黒く変わったかと思うと、あっという間に炎が昇る。

 電子レンジで温め過ぎたカボチャのように、たちまち大爆発を起こして、粉々に砕け散った。


 活躍を見上げていた人々は、一様に顔をしかめる。

「あらあら。まーまー。カボチャの飛びカスで、町の景観が著しく損なわれたわ」

「怪獣を退治し終えたんなら、さっさとどっか行っちまえ。見てると、ムカムカしてくんだよっ!」

 まるで、汚いものでも見るような目を向けるのだった。その汚物が来てくれなかったら、今頃、この町は廃墟と化していたというのに。

 オンボロバサミは、疲れた顔で空を仰ぐと、「ムハッ」と一声、飛び去った。

 人々は蔑すむが、それでも怪獣から町や人を救ってくれた。地球という宿を間借りしている礼のつもりなのか、それとも別の目的のためか。

 いずれにせよ、わたし達人類は、錆色の巨人を頼るほかないのだ。

 明日も明後日も、これからもずっと。

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