コロッケ星人、襲来!
ある日、ぽっかりと浮かぶ雲の間から、奇妙な物体が現れた。
カリッと揚げたコロモそっくりのUFOだった。
「われわれは、コロッケ星からやってきたコロッケ星人だ」コロッケ星人は、地上デジタル波を使って、そう名乗る。「故郷の星では、天然資源が枯渇してしまった。悪いこととは承知しているが、君たちの星から、燃料を奪いにやって来た。切羽詰まってのことなので、どうか恨まないで欲しい」
突然、テレビの画面が切り替わって、そんな呼びかけが流れてきたのだ。それまで観ていたのがたまたまお笑い番組だったため、てっきりコントでも始まったのかと思った。
「われわれ、コロッケ星人は、地球から燃料をかっさらいに来たのだ。それと、これはコントではない。現実である」コロッケ星人は、飲み込みの悪い地球人に向け、繰り返し告げる。
わたしは、テレビのチャンネルをポチポチと変えた。どこもコロッケの待受け画面だけが表示されていて、同じコメントが何度も流されている。すっかり、電波ジャックされていた。
「ほんとに宇宙人が攻めてきたんだっ」わたしは憂うつになる。燃料とは、原油のことだろうか。円安で、たださえガソリンの値が高騰している。そこへ持ってきて、異星人の襲来だ。庶民の手には届かなくなるほど、価格が跳ね上がるに違いない。
それとも、連中は根こそぎ持って行ってしまうつもりだろうか?
「そうなったら、誰も彼も電気自動車に買い換えなくちゃならなくなる。EV車の普及が一気に加速するから、歓迎するべきなのかな」
まてよ、ガソリンとは限らないぞ。ウランなど、放射性同位体のことだったりして。
原発を抱える世界中の発電所が困るだろうな。核を後ろ盾に保身を謀ろうという国家にとって、まさしく悪夢だろう。
テレビ画面の下側に、スーパーが出た。ジャックされた電波に、正規の放送を重ねて送っているらしい。現在の状況など、時事のニュースが文字で伝えられていた。
〔東京上空に、コロッケ型宇宙船が現れました。地球の資源を要求しています。現在、政府との間で交渉の準備が進められている模様です〕
内心、交渉なんて無意味だ、と思っていた。彼らは言わば、惑星間強盗なのだ。さっきから壊れたCDプレイヤーのように、自分でそう言っているではないか。
「嫌だ、なんて言ったりしたら、ただちに攻撃が始まるんだろうなぁ。いつか実物のエイリアンを見たいと思っていたけど、戦争に巻き込まれて痛い思いをするなんてなぁ」ふうっと溜め息をついた。
政府が要求を呑んで――そうするよりほかはないが――、資源をすっかり明け渡したとしたら、その後はどうなるのだろう。世界は混乱し、退廃してしまうかもしれない。
法も秩序もない、暗黒の時代が訪れるのだ。
〔政府とコロッケ星人の交渉が始まったようです。コロッケ星人の宇宙船は、現在、永田町50メートル上空に停留中で、ホットラインを通じて、総理官邸より、話し合いが行われているとの情報です〕
どんなことを話し合うのだろう。
「いやあ、本日はお日柄もよく……遠いところから、はるばるとようこそ」
「これはご丁寧にどうも。まったく、わが星ときたら、考えなしに天然資源を使いまくってしまい、そのあげくの困窮ぶり。背に腹は替えられず、こんな野党のような真似を」
「どこの星も大変ですなあ。その腹の中、ええ、よーくわかりますとも」
案外、そんな差し障りのない挨拶から始まったりして。日本の総理大臣は、考えなしにポロッと軽口を吐いてしまう者が多い。本人にそのつもりはなくとも、相手を怒らせて、そのまま地球滅亡、そんな最悪のシナリオが浮かんでしかたがない。
〔たった今入った情報によれば、コロッケ星人の要求内容が明らかになったとのことです〕
「やっぱ、原油かウランだっ」わたしは画面の前に貼り付いた。
〔コロッケ星人の言う「資源」は、「ソース」だそうです。政府は、さっそく国内外のソース・メーカーに連絡を取り、調達を急がせると相手側に伝えました〕
「えーっ、ソースなのっ?!」体中から、どっと力が抜ける。そうか、コロッケにはやっぱりソースだよね。コロッケ星では、地中からソースを掘り出すのか。宇宙は広いんだなぁ。
〔コロッケ星人はほどなく、衛星軌道に待機させている全宇宙船を、世界中に着陸させる、と連絡してきました。各所からソースを集めさせ、積み込むものと思われます〕
原油ではなかったが、これでもうソースとも、金輪際おさらばか。そう思うと、甘辛いあの味が、無性に懐かしくてたまらなくなる。
友人の桑田孝夫など、カレーにソースをかけて食べると言うが、それもできない。ソースなしのとんかつなど、きっと味気ないだろうなぁ。
でも、待てよ。シューマイにソースか、それとも醤油かなどと悩まなくて済むぞ。
なんだか、香ばしい油物の匂いがしてきた。
〔コロッケ星人の宇宙船が、大挙して舞い降りてきました。その数、およそ数万隻と見られます〕
急いで窓に駆け寄ると、開いて外を見上げる。この町内にも、4、5隻のコロッケ型宇宙船が降りてこようとしていた。大きさは、長さがだいたい100メートルほど。
町内放送がけたたましく響いてくる。
「ご町内の皆さん、政府からの指示により、ご家庭内のソースを持ち寄って、中央公園の芝広場へお集まり下さい」
ソース・メーカーばかりでは足りず、一般家庭からも募っているのだった。
わたしは、台所へと行き、すでに半分ほど使ってしまった「ウスター・ソース」と、買い置きのもう1本を取り出す。
「ソースとも見納めかぁ」ラベルを名残惜しく見つめ、それを両手に集合場所へと急いだ。
公園の周囲は、すでに人でいっぱいだった。それぞれ、ソースの容器を持っている。
警察官の指示により、並んで園内へ入る。芝広場には、コロッケ星人の宇宙船がでかでかと停まっていた。
「す、すごい大きい」わたしは思わずため息が出た。出たのは溜め息ばかりではない。口の中に、生唾が沸く。
「見ろよ、どう見たってでっかいコロッケだ」1人が言う。
「見た目だけじゃないぞ。このうまそうな匂い。まるで、揚げたてだぜ」
「あ、誰か出てきた。コロッケ星人か? いや、どう見ても等身大のコロッケだ」
宇宙船も宇宙人もコロッケそのもの。
「そう言や、おれ、まだ昼飯食ってねえんだ」
「あたしだって、お腹ペコペコ」
「もう、がまんできないっ」若い男が、ダッと駆け出す。コロッケ星人の1人にタックルを食らわすと、持参のソースをドバドバかけ、てっぺんから囓りだした。「ま、まいうーっ!」
それが引き金となって、数千人もの住人が一斉に躍りかかる。わたしもとっくに理性のたがが外れていて、宇宙船のあちこちにソースを振りかけていた。
気がつけば、さっきまで立っていたはずのコロッケ星人も、宇宙船までもが、跡形もなかった。
集団暴動が、世界中で多発的に発生したことを、わたしは夕方のテレビで知る。
「かわいそうなことをしちゃったなぁ。コロッケ星人達、とうとう最後の1人まで食べられてしまったみたい」
その時、テロップが表示された。
〔臨時ニュースです。たった今、大気圏外より、未確認飛行物体が飛来した模様です。本日午前、世界各地に出現したコロッケ星人のものとよく似ています〕
性懲りもなく、またやって来たのか。
ニュースはさらに続く。
〔コロッケ星人ではないことが確かめられました。彼らは、自らをメンチカツ星人と名乗っています〕