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ハーレーを勧められる

 自転車に乗って買い物に行った。その帰り、途中の公園に寄り、ベンチで一休みしていると、上下とも真っ黒い革を着込んだ3人がぞろぞろやって来る。

 絡まれたら嫌だな、大声を出して助けを呼ぼうか、と身構えた。

 その中の1人が親しげに声をかけてくる。

「あんた、いつもそのママチャリで買い物をしてるのかい?」

「ええ、そうですけど……」

「荷物が多いと、大変だろ? 前カゴが重くなって、よろよろするよな」

「でも、そんなにたくさんは買い込まないので」米などは、行きつけの店から、毎月届けてもらう。スーパーも近いので、不自由と思ったことなどなかった。

 後ろのもう1人が、じれったそうに口を挟む。

「さっさと話を進めちまえよ、カズ」


 カズと呼ばれた人物が口の中で小さく、「ちっ、うるせえアニキだぜ」とこぼすのを、わたしは聞いた。

「実はさ、あんたに買ってもらいたい物があるんだ」

「ああ、そういうこと?」わたしは、とっさに否定的な態度を取る。

「おっと、そんな怖い顔すんなって。何も、無理強いしようっていうんじゃないんだ。それと、こっちは別段、金に困ってるわけじゃないし」カズはなだめるような声で言った。

「じゃあ、なんで売ろうとするわけ? って言うか、何を買わせようとしてるの?」少しだけ緊張を解いて、わたしは聞く。

「ハーレー・ダビッドソンさ。おれ達、3人兄弟でよ、みんなバイク乗りなんだ」

 それで、革ジャケットを着ているのか。

「だったら、仲良く乗ってればいいじゃん」

「それが、そうもいかなくなっちまってさあ」カズは溜め息をつく。


「うちのオヤジが、今度、新しくクルマを買うんだ」とカズ。「前からあった軽はオフクロがそのまま乗るわけ。そこへ持ってきて、もう1台だろ? たださえ狭いガレージなんで、どんなにがんばっても、バイク3台は無理なのよ」

「置く場所がなくなったってこと?」

「そそ。ほんとは手放したかないんだけどな」カズが名残惜しそうに付け足すと、後ろの兄達も、互いにうなずき合った。

 都会ではよくある話だし、気の毒にも思う。けれど、力になれそうもなかった。

「バイクどころか、クルマの免許もないんですよねぇ」わたしは白状した。

「それなら大丈夫だって。免許も一緒に付けるから」とカズ。えーと、免許って売り買いできるものだっけ?

「でも……」免許を付けてもらっても、乗り方がわからなければ仕方がない。ハーレーと言えば、バイクの中でもとりわけ大きくて重いそうだし。


「わかる、わかる。でかいことを心配してんだろ? パパサンで、ローダウンだから、あんたみたいに小柄でも平気だって」

「パパサン? ローダウン?」なんのことを言ってるのか、さっぱりわからない。

「えーとな、スポーツスター883って車種ね。こいつ、もともと足つきはいいんだけど、さらにシートを下げてあんのよ。それがローダウン。わかるかな」

 要は、わたしでも乗れるということのようだ。以前、友人のなんとか1400に跨がらせてもらったことがあるが、冗談抜きに、両足ぶらりんの状態だった。

「運転、すぐに覚えられますか?」物理的に可能とわかったせいか、にわかに心が傾き始める。

「おう、簡単、簡単。あっという間に乗れようになっちまうさ。おれがちゃんと教えてやっからよ」買ってもらえそうだと思い、カズの顔がぱっと輝いた。


「それで、いくらくらいなんですか?」わたしは値段をうかがう。

「そうだなあ、3万キロ乗ってるし、車検まで残り少ないからな。50万円でどう? あ、毎月1万ずつのローンでもかまわねえよ」兄達が、「そいつは太っ腹だな」「ああ、あれだけ手を入れて可愛がってたのに、また安く売っちまうもんだぜ」、と口々にささやく。

 そんなに安いんなら、1台くらい買ってもいいかな。

「じゃ、買います」わたしは購入を決めた。

「まいどあり~っ。ちと待っててな。ここまで、バイク転がしてくっから」

 カズと2人の兄は、小走りに駆けていく。

 わたしの心は、早くもライダーだった。ドコドコと音を響かせ、風だけを友に、ハイウェイをぶっ飛ばしていくのだ。


 排気音は間もなく現実のそれと重なり、3台のハーレー・ダビッドソンが、公園脇の路肩へ次々にやって来て停まる。

「お待たせーっ」アニメにキャラのヘルメットが呼ばわった。バイクの方も、ピンクを基調としたど派手なペイントで、「ドキドキ! プリクラ」のキャラが活き活きと踊っている。

(うわあ、これが噂に聞く「痛車」ってやつかぁ)端から見ている分には面白いけれど、そのオーナーにわたしがなろうとしていた。

「どう? おれのハーレーちゃん」カズが自慢げに言う。

「す、すごいですね……」ほかに言葉が出てこない。

「だろっ? ハーレーはバイクの中の王だと、おれは思ってんだ。で、こいつは色がこうだしな。王というよか、女王だよな。ハーレー・クイーンって呼んでやってくれないか」

 安っぽい恋愛小説みたいだ。


「そんじゃ、これがキー。それと免許証ね。あ、写真は自分のに貼り替えといてな。それと、住所も二重線で消して書き直して」わたしは、カズからキーと免許証を受け取る。「メットもおまけに付けてやるよ。おれ、どうせしばらく乗ることもねえしな」

「ありがとう。じゃ、今月分の1万円、渡します」わたしは、自転車のカゴのエコ・バッグに手を突っこむと、入れっぱなしの財布を探った。

「確かに」カズは1万円札を大事そうに、自分の財布へ収める。「えーと、あのう、領収書とかいる?」

「あ、一応、下さい」こういうことは、キチンとしておいた方がいい。

「なら、いったんうちに戻らなくっちゃな。それに、どちみち、あんたは自転車だし、おれらんちに寄ったあとで、そのまま乗ってってやるよ。帰りは、アニキの後ろに乗せてってもらうから、気にすんな」

 3人はトロトロと走り出した。わたしも、必死でペダルを漕ぐ。

 プリクラを頭に、2台のハーレー・ダビッドソン。その後で、買い物カゴをいっぱいにしたママチャリが追う。

 さぞや、見応えのある光景に違いなかった。

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