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チャット・ルーム

 パソコンを立ち上げると、デスク・トップに見慣れないアイコンが1つ出来ていた。宝箱の絵柄で、ファイル名は「想い出」とある。

「新手のウィルスかも。ゴミ箱に放り込んどいた方がいいよね」わたしは、「宝箱」をつまんで、左上のゴミ箱アイコンへ引きずっていった。

 マウスの右ボタンを離せば、デスク・トップから消えてなくなる。それで問題はないはずだった。ところが、最後の瞬間になって、心の中で迷いが生じる。

(本当に消去していいのかなぁ。もしかすると、大事なデータかも知れない)

 結局、デスク・トップに戻した。

 しばらく眺めていたが、思い切って、クリックしてみる。モニターがプツッと消え、真っ暗になった。

「しまった、やっぱ、ウィルスだったか!」わたしは憂うつになる。夢日記だの、家計簿だのが、保存されていた。しかも、バック・アップを取っていない。復旧できなかったら最悪だ。

 

 しばらくすると、Windows のロゴが現れ、パソコンが再起動を始める。

「よかった。ちゃんと立ち上がってくれたかぁ」ホッと、胸をなで下ろす。

 ところが、デスク・トップはいつもと違っていた。解像度1980×1080ドットのフルHDなのに、やたらと画素が荒く、アイコンもばかでかい。

 よく見れば、並んでいるアイコンはどれも、古いソフトばっかり。

 それらは、わたしもかつて使っていたものだった。ただし、だいぶ以前のことで、中には開発も販売もとっくに終わってしまったものすらある。

「ハード・ディスクに残ってたのかな」そう考えたが、パソコンごと買い換えていたことを思い出す。そもそも、インストールもされていない。

 それにしても、どこか懐かしい気がする。シンプルなイヌのイラストの壁紙も、ウィジェットのない地味な表示も、覚えがあった。


 ふと、気がつく。

「そうだ、これって何年も前、自分で使っていたパソコンの画面じゃん」

 初めて買ってもらったパソコンだ。右も左もわからず、親や友人に教わりながら、少しずつ使い方を覚えたんだっけ。

 アイコンの中に「スペース・チャット」を見つけ、懐かしさのあまり、目が潤んでしまう。

 宇宙ステーションの中、という設定で、アバターと呼ばれる分身を使って、ルーム内を歩き回ったり、おしゃべりができた。今ほどグラフィックも精緻ではなかったが、ずいぶんと夢中になったものだ。

 たくさんの人と知り合いもしたし、遠く越していった友人とも「再会」できた。毎晩の接続が、何よりの楽しみだった。

「クリックしたら、起動したりして」いたずらに、マウスをアイコンへ重ねる。このサービスはとっくに終了していて、サーバーも閉鎖されていた。当然、「このページは存在しません」と表示されるはず。


 星々の間に浮かぶ宇宙ステーションのイラストが表示され、「スペース・チャット」という文字が現れた。何度も目にした、お馴染みの画面だった。

「そんなっ。だって、サーバーは解体されたって……」驚きつつも、胸がいっぱいになる。

 「エントランス」には、わたしがいつも使っていたサカナのアバターがぶら下がっていた。名札には、「むぅにぃ」と名前が残ったままだ。

 わたしはサカナに着替えると、その奥の「デッキ」へと入っていく。ここはステーションの中央となっており、メインのチャット・ルームだ。

 すでに、数え切れないほどのアバターで溢れ返っていた。それぞれ頭上には、ハンドル・ネームの書かれた吹き出しが浮かんでいる。

「チャット、再開してたんだ。知らなかったなぁ」リアルのわたしは、そうつぶやいた。


コマドリ:やあ、むぅにぃ。久しぶりだね。

むぅにぃ:あ、コマドリじゃん。来てたんだ。

コマドリ:そうさ。ぼくだけじゃないぞ。ほら、向こうにはプリムラも。

プリムラ:はーい、むぅにぃ。元気してた?

むぅにぃ:うん。そっちは?

プリムラ:あたしは元気だけが取り柄だもん。病気1つなかったよ。

むぅにぃ:そっか。よかった。

どらどら:おっ、むぅにぃ。やっと来たか。

むぅにぃ:こんにちは、どらどら。

どらどら:お前さんを待っている人がいるぜ。

むぅにぃ:えっ、誰だろう?

どらどら:「青の部屋」へ行ってみな。きっと、今もそこにいるよ。

むぅにぃ:うん、わかった。ちょっと見に行ってみる。

コマドリ:じゃあね、またあとで。

プリムラ:あたし達、まだしばらく「デッキ」で話、してるから。

むぅにぃ:またねー、コマドリ、プリムラ(^o^)/~~~~~


 わたしは、人混みをかき分けるようにして、連絡路へ向かう。

「えーと、『青の部屋』行きはどの通路だったっけかなぁ」壁に沿って移動していく。以前は、目をつぶっていても行き着いたのだが。

 デッキを半周ほどして、ようやく「青の部屋はこちら」と矢印の振られた連絡路を見つける。

 窓から暗い宇宙空間の見える渡り廊下を歩きながら、そう言えば、ここも何度となく行き来したな、と思い返す。

 チャットを始めたばかりの頃、人見知りなわたしは、各部屋へと通じるこの連絡路に、独り佇んでいた。窓の外で瞬く星と、賑やかなデッキとを見比べ、ますます寂しさを募らせる。

 そこへ、小鳥のアバターが通りかかった。


コマドリ:こんなところで何をしてるの?

むぅにぃ:あんまり人が多いものだから……。

コマドリ:そりゃあ、チャットだもの。せっかく、来たんだ。こんなところにいたってつまらない。さあ、君もデッキへおいでよ。

むぅにぃ:でも――。

コマドリ:いいから、いいから。ぼくの知り合いに、君を紹介するよ。みんな、愉快な連中さ。


 それがプリムラであり、どらどらだった。いつしか、わたしはたくさんのみんなと、臆することなくおしゃべりを楽しめるようになっていた。


 連絡路を抜けると、正面にドアが見えてきた。「青い部屋」とプレートがかかっている。

「どんな懐かしい顔だろう」ワクワク半分、ドキドキも半分。わたしはドアを開けて中へと入った。

 白いネコのアバターだ。


むぅにぃ:なんでっ?! だって――。

みっしぃ:だって、なあに? ふふ、久しぶりに会ったっていうのに、親友のわたしを忘れちゃった、なんて言うんじゃないよね?

むぅにぃ:忘れるはずないじゃん。ずっと、会いたかったんだよ。

みっしぃ:会ってたじゃない、毎晩のように。わたしが北海道へ引っ越したあとだって。

むぅにぃ:うん、「スペース・チャット」ではね。でも、もう1度だけ、リアルに会いたかった……。

みっしぃ:ごめんね、会いに行けなくなってしまって。まあ、色々あってさ。

むぅにぃ:謝ることないじゃん。あれって、みっしぃは何も悪くないんだしさぁ。

みっしぃ:運命……ってやつかな。しょうがないよね、ほんと。

むぅにい:絶対に忘れない。ほんとだからっ。

みっしい:わかってるって。わたし達、親友だったでしょ?

むぅにぃ:今だって、そうだよ!

みっしぃ:そうね。うんうん、そうだ。いつまでも親友なんだよね。


 アバターには、表情を変える機能は付いていない。当時は、あったらさぞかし愉快だろうなぁ、そう考えていた。

 けれど、今はホッとしている。

 みっしぃに、この涙は見せたくなかったから。

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