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電波塔ラッシュ

 今や空前の「電波塔ブーム」だった。あっちでもこっちでも、雨後の竹の子のように電波塔が建つ。屋根の上にちょこん、と乗っただけのものから、数十メートルにも達する本格的なものまで、それぞれ。中には、東京スカイタワーに並ぶか、と思われるようなものまで出現する。

「こんなに電波塔なんか建てちゃって、どうするんだろうね」中谷美枝子と町を歩きながら、わたしは周りを見渡した。

「すごいことになってるよねー。竹林にでも入り込んだ気がする。それも、ものすごーい巨大な竹ばっかの。それとも、あたしたちが縮んだ感じかな」中谷も目を丸くしてキョロキョロする。

「でも、これってほんとに電波を出してるのかなぁ」当然浮かぶ疑問を、わたしは口にした。

「そりゃあ、あんた。電波塔ってくらいだから、電波ぐらい出してるでしょ? 飾りで建てるほど、お金も暇もないと思うな」

 工務店の前に立つのぼりには、「今なら、超格安で、あなただけの電波塔が建ちます!」と書かれている。何気なく見た不動産やウィンドウは、ちょっと前までの「駅から徒歩3分、日当たり良好、優良物件」などといった広告が外され、代わりに「空き電波塔、多数あります」の貼り紙ばかり。 


 商店街の入り口近くまで来た時、牛丼屋を覗き込む男を見かける。

「あ、あれ志茂田じゃない?」わたしは指差した。

「本当だ。何してんのかしらね」

 思うに、店に入ろうかどうか、迷っているのではないだろうか。

「おーい、志茂田ーっ」わたしは大声で呼ぶ。志茂田ともるはすぐに気がつき、ニコニコしながらわたし達の方へとやって来た。

「おや、お揃いで。そろそろ昼時なので、牛丼でも食べようかと思っていたところです。あなた方、お昼まだなら、一緒にどうですか?」

「牛丼か。たまにはいいかな」中谷が同意する。

 断る理由のないわたしも、黙ってうなずいた。志茂田を先頭に、並んでドアをくぐる。


 カウンターの上に置かれたメニューを眺めると、新しい丼が増えていた。その名も「電波丼」。

「この『電波丼』っていうの頼んでみる」わたしは言った。ふつうの牛丼に、大根おろしがどっさりと載っている。その大根おろしは、電波塔をイメージして、三角錐に盛りつけられていた。

「値段、30円しか違わないのか。だったら、あたしもそれにしようかな」

「流行には素直に乗るべきですよね。では、わたしもそれの大盛りにします」

 全員が「電波丼」になった。大根おろしが好きと言うよりも、物珍しさが半分、話のタネがもう半分、といったところ。

 運ばれてきた「電波丼」、3人が3様の食べ方をする。

 わたしは、塔のてっぺんから。少しずつ切り崩しては口に運び、合間に牛肉とご飯を食べた。

 中谷は、まず大根おろしを一気に取り壊し、牛丼の上にまんべんなくならす。

 志茂田は、電波塔に軽く醤油を垂らすところから始めた。あとは、わたし同様、上から少しずつ取っては肉やご飯と絡め、一緒に食べていた。


 店を出て、すぐ近くの喫茶店に入る。

「見て、ここも新メニューやってる」席に着くなり、中谷が言った。テーブルの「マスターのおすすめ!」と書かれたカード・ケースに、わたしも注目する。

 「電波塔ア・ラ・カルト」は、ごてごてとフルーツや生クリームを積み上げたパフェだ。その隣の「電波ケーキ」というのは、イチゴとクリームを挟んだホット・ケーキの5段重ね。真ん中に突き刺してあるポッキーは、どうやら避雷針をイメージしているらしい。

「スイーツはともかく、この『電磁ブレンド』というのが気になります」と志茂田。見たところ、ふつうのコーヒーだ。

「ああ、そちらのブレンドは、強力な電波で加熱したスペシャルな豆を使っているんですよ」カウンターの向こうでカップを磨きながら、マスターが説明する。

「それってさ、電子レンジのことじゃないの?」わたしは、ひそひそとささやいた。

「そうかもしれませんが」志茂田も、顔を近づけて答える。「これも時流のうち。どうせなら、楽しんでしまいましょう」

 わたしと中谷は「電波塔ア・ラ・カルト」を、志茂田は「電波ケーキ」にした。もちろん、飲み物はホットな「電磁ブレンド」だった。


「さっきも中谷と話してたんだけど、電波塔ってこんなに必要?」コーヒー・カップ片手に、わたしは意見をうかがう。

「もちろん、必要ですとも」志茂田は「電波ケーキ」から、スッとポッキーを引き抜いた。積み重なっていたホット・ケーキが、グラリと傾く。「ほら、衛星放送が始まる同時に、軒並みパラボラ・アンテナが屋根やベランダに設置されたじゃありませんか。それと同じことですよ」

「だけど、あれは放送を観るためものだったじゃないの。電波塔って、こっちから電波を飛ばすってことでしょ?」中谷が疑問をぶつけた。

「インターネットも、当初は情報を受け取る一方でした。現在はどうでしょうね。個人がコンテンツを持ち、それを世界中に発信する時代ではありませんか。まあ、他人がそれを面白いと思うかどうかは別ですが」

「電波塔からはどんな内容を発信してるの?」わたしが聞くと、中谷も、そうそう、それがわからないんだよね、と相づちを打つ。

「それは色々でしょう。今日の献立、日記、愚痴、その他、思ったこと、感じたこと、あること、ないこと――」

「なーんだ、ブログやツイッターと変わんないじゃん」わたしは「電波ア・ラ・カルト」を引き寄せると、スプーンで底からほじる。


「何も、わざわざ電波塔なんか建てなくっても、インターネットだけでいいよねえ」中谷も、わたしの真似をして「電波ア・ラ・カルト」に手を伸ばした。

「まあ、ロマンでしょうねえ。ええ、そうですよ。世界中に向けて、たんたんと個人情報を流すわけです。いつどこで、誰が受信するかもわからない。夢のある話じゃありませんか」かく言う志茂田自身、すでに瞳がキラキラと輝いている。

「そう言えば、昔の人は、手紙をビンに入れて、海へ流したんだってね」わたしは言った。何かの本で読んだ覚えがある。

「ああ、知ってる。届くかさえもわかんないんでしょ? 下手したら、何十年も海を漂い続けるかもしれないよね」

「返事を書こうにも、差出人はもう、とっくに……」そこまで口にして、何となくわたしは黙ってしまう。

「あり得ることでしょうね。いや、実際、数え切れないほどあったでしょう」ふと、志茂田が天上を見上げる。「何も、地球上だけではないのです。電波に載った様々な情報は、宇宙の果てまで飛んでいき、何者かがそれを受け取るやもしれません」

「宇宙かあ……」中谷がふうっと息をつく。

「どこかに宇宙人がいると思う? どうかなぁ?」わたしは期待を込めて、そう尋ねた。

「これだけ広いんです。きっと、いると思いますよ」志茂田は請け負った。  

 いつか遠くどこかの惑星で、高度な文明を持つ住民が、わたし達の電波を捉える日が来るかもしれない。

 彼らが、それを面白いと思うかどうかは、それこそ別問題だけれど。

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