難解な立体パズル
ネット通販で、面白そうなパズルを見つけた。
〔ルービック・キューブはもう古い! バラバラにしてまた組み立てる! 単純だけれど、ハマる!〕
タマゴの形をした立体パズルの写真に、そんな説明文が書かれている。
「手先を使ったゲームって頭がよくなるって言うし、670円なら安いよね。よーし、買っちゃおうっと」わたしは、商品カートにパズルを放り込んだ。
翌日の夕方にはもう届き、さっそくパッケージから出してみる。
「ソフト・ボールより、少し小さいくらいか。手に馴染んで遊びやすそう」
まずは、取り説の通りに分解してみた。全部で30ピースにもなる。
「さてと、これを組み立てるわけだけど、うまくできるかなぁ」説明書も、崩し方こそ教えてくれるが、元に戻す手順までは書いてない。
「こっちの部品をここに組み合わせてっと……」わたしは、時間を忘れて夢中になった。始めて気が付くが、各ピース同士は、どんなふうにでも噛み合う。一見、簡単そうだが、これが解決を難しくしていた。30ものパーツを余さず組んだあとで、ああ、やっぱり間違いだった、とわかるからである。
「また、バラし直しか。最初の組み立てが肝心なんだろうけど、それがそもそもわからないんだよなぁ。バラバラにする時、1つずつデジカメで撮っておけばよかった」
3時間かけて、もう20回くらいやり直していた。何度やっても、買った時のタマゴ型にはならない。それどころか、これまでに1度だって、同じ形に組み上がったためしがなかった。
「これって、膨大な数の組み合わせになるに違いないぞ」改めて、この立体パズルの奥深さを思い知らされる。
夕食を挟んで、再び取りかかった。商品のキャッチにもあった通り、これはハマる。
さらに数時間かけ、組んでは崩し、崩してはまた組む、を繰り返した。そのたびに、新しい形に仕上がるのだった。ただし、いっこうに元の姿には戻らない。
「こんな難しいパズルは初めてだぞ。ほかの立体パズルもやったことがあるけど、あっちはそもそも、組み合わせに制限があって、パーツ同士がハマらないとだめだった。だから、そのうちに完成するんだよね。でも、これって、どうにでも作れちゃうからやっかいだ。創作しているのと変わらないもんなぁ」
時間も遅くなり、しょぼしょぼしてきた目でもって、これが今日最後の挑戦、とピースを積み上げていく。
最後の1つをカチッとはめたら、なんと、ついにタマゴ型が完成した。
「やったー、やっとできた!」思わず、歓声を上げてしまう。
けれど、よく見るとなんだか変だ。確かにタマゴ型をしているけれど、一回り大きく見える。
「そうだ、買った時の箱に収めてみればいい」潰さずに残しておいた箱に、出来上がったタマゴを入れようとした。驚いたことに、どうやっても入らない。目の錯覚などではなく、本当に大きくなっていたのだ。
「そんなばかな。いったい、どうな仕組みなんだろう?」不思議に思いながらも、その日はベッドに入る。「今度の休み、志茂田にでもやらせてみよう。この謎を解いてくれるはず」
友人の志茂田ともるは、こういったパズルが得意だった。わたしのように直感などではなく、論理的思考でもって、ちゃっちゃと仕上げてくれるだろう。
休日、志茂田が家に来てくれた。
「立体パズルだそうですね、むぅにぃ君。さあて、どんなものでしょう。腕が鳴ります」目をキラキラと輝かせながら、志茂田が言う。
「つくづく妙ちきりんなパズルなんだ。部品の組み合わせは好き勝手できちゃうし、一応、何かしらの形になるんだよね。パズルっていうより、ブロック遊びでもしてるみたい」わたしはざっと説明をし、タマゴ型になって以来、そのままにしてあるパズルを渡した。
「ほう、それはすごいですね。わたしも、聞いたことがありませんね、そんな商品は」タマゴを手の中で回し、じっくりと観察をする志茂田。どうやら、頭の中で再構築している最中らしい。
「バラしたら、戻せそう?」わたしは聞いた。
「ええ、できると思います」自信に満ちた答えが返ってくる。「それでは、始めてみます。むぅにぃ君の話ですと、最初はもっと小さかったそうですね。そのアーキテクチャがどういったものかは、見ていないので保証はできませんが、今の形へは組み上げられるでしょう」
志茂田は、タマゴをてっぺんから崩し始めた。やがて、すっかりバラバラになる。
どうなることだろう、とわたしは様子をうかがった。
志茂田の指が、無造作にピースをつまみ上げる。さらにもう1つを手にすると、戸惑うことなく、組み合わせていった。すでに設計図が出来ているのか、流れるような作業である。
「うわあ、すごい。だんだん、卵形になっていくっ」わたしは感心して声を漏らした。
わずか数分後には、ハンド・ボール大のタマゴが完成していた。
「はい、出来上がりました。元の形に間違いありませんね?」志茂田は誇らしげに、パズルを掲げてみせる。
「形は合ってるけど、大きさ変わってない?」わたしはタマゴをまじまじと見つめた。少なくとも、さっきの倍になっている。
「なんと、これはしたり!」わたしに指摘され、志茂田もようやく気付く。「さては、どこかの過程でピースの組み合わせを間違えてしまったようです。実は、怪しいところが1箇所ありまして」
「それにしたって、おかしいよ。パーツは全部で30個。別に増えてるわけでもないのに、なんで大きくなるのさ?」
「それが立体パズルの面白いところなのですよ、むぅにぃ君。今度こそ、元通りにして見せます。ぜひ、もう1度やらせて下さい」志茂田は再び、パズルをバラバラにし、組み立て始めた。
今度もタマゴ型にすることができたが、バレー・ボールほどに膨れ上がってしまう。
「ほら、また大きくなってる!」わたしは言った。
「ああ、また間違えました。いやはや、これほど難解だとは」さすがの志茂田も手こずっている。「こいつは挑戦のしがいがあるというものです。次こそはきっと!」
夕方まで試行錯誤が続き、とうとう弱音を吐く。
「むぅにぅ君、どうにもお手上げのようです。わたしはすっかり、自信を失ってしまいました」
今や、天上にまでくっつきそうなほど巨大化したタマゴ型のパズルを間に、志茂田とわたしは、ただ途方に暮れるのだった。