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恐怖の首なしライダー

 このところ、町では不気味な噂がささやかれていた。真夜中の2時になると、どこからともなく爆音が聞こえてくる。その直後、北本通りを王子から、岩淵方面に向かって、真っ黒いバイクが走り抜けていく。乗り手もまた、爪先まで黒ずくめ。

 恐ろしいことに、このライダーには首がないと言うのだ。

「北本通りっつったらよ、うちらの住んでるところからすぐ近くじゃねえか。寝てるそばを、そんなおっかねえ化け物が通っていくなんざ、あんまいい気持ちがしねえな」桑田孝夫は、ずずっとホット・コーヒーをすすった。

「あそこって、クルマ激しいからね。これまでにだって、ずいぶんと事故があったじゃないの。きっと、バイクで死んだ人が化けて出たんだよ」中谷美枝子はそう言うと、サラダ・バイキングを盛りに席を立つ。

「中谷め、道路から1番遠いとこに住んでるもんだから、自分は関係ねえ、なーんてすましてやがんの」桑田は面白くなさそうに、その姿を目で追う。「あ、おれもポタージュのお代わりに行こうっと」


 スープ・バーへ向かった桑田を、志茂田ともるはあきれ顔で見送る。

「やれやれ、4杯目ですよ。昔から、味噌汁3杯、ばか印と言いますが、つくづくですねえ」

「飲み放題だと、遠慮がないよね」とわたし。いくらポタージュだと言ったって、よくもまあ入るものである。むしろ、感心してしまう。

「ところでむぅにぃ君。あなたは、信じているのですか、首なしライダーなどという噂話を」志茂田が改まって聞いてきた。

「うーん、ひょっとしたらあるかも。幽霊なんて見たことないけど、だからと言って、いないことにはならないでしょ?」

「おっしゃる通りです。世間には、証拠がないからありっこない、そう断言する輩が多すぎます。否定するからには、それなりの根拠が必要でしょう」

「じゃあ、志茂田は信じるんだ」わたしは逆に尋ねる。

「いいえ、残念ながら」志茂田はすまして答えた。「どこかの不届き者が、改造バイクを乗り回しているのですよ、きっと。ですが、今も言いましたように、幽霊でないという証拠が要りますよね」

「それって、つまり、確かめに行こうってこと?」

「さすが、むぅにぃ君。察しがいいですね」ニコニコとうなずく。


「なんだ、なんだ。なんの相談をしてたんだ?」溢れるほどスープを注いだ皿を持って、桑田がテーブルに戻ってきた。

「あのね、志茂田が、首なしライダーの調査に行こうって言い出すんだ」わたしは伝える。

「ほー……」ポタージュをスプーンですくって、うまそうに飲む。「それ、面白そうじゃねえか。1人じゃ怖くてそんな気も起こらねえけど、みんなで行くんなら、話は別だ。お前も行くんだろ、むぅにぃ?」

「えーっ」夜中の2時なんて、とっくの昔に眠っている時間だ。それに寒いし、何より、本物の幽霊だったら怖すぎる。呪われたりしたら困ってしまう。

「みんなして、どこに行くって?」やっと中谷が帰ってくる。ヤング・コーンとプチトマトばっかり、詰め込んできた。

「首なしライダーの正体を突き止めにですよ。どうですか、中谷君。あなたもご一緒に」志茂田が誘う。

「誰と誰が行くの?」中谷が聞いた。

「おれだろ、志茂田だろ、それにむぅにぃもだ」当たり前のように、わたしがエントリーされている。まだ、行くともなんとも言っていないっていうのに。

「そう。むぅにぃが行くって言うのなら、あたしも行っちゃおうかな」

 なんだか、今さら断れる雰囲気ではなくなったなぁ。

「いつ行く?」わたしは、ため息混じりに言う。 

 

「明日はちょうど休みですからね、今晩、さっそく集まりましょう」志茂田が活き活きと取り仕切る。

「なんだか、楽しそうじゃん」わたしは横目遣いに言った。

「そうですか? わたしはただ、噂の真相が知りたいだけなのですよ。それに、もしかしたら本当に首なしライダーかもしれないじゃありませんか。だとしたら、人生初体験となるわけで……」

「幽霊は信じてないんじゃなかった?」意地悪く問いただす。

「まあ、そうなのですが、しかし、完全に否定するものでもなくてですねえ……」

「こいつんち、『アンノウン』だとか『ムームー』なんていう雑誌、置いてあるんだぜ」桑田が暴露した。

「それって、オカルトとか不思議系の雑誌じゃない?」中谷が意外そうな顔をする。「へー、志茂田ってば、そんなの読むんだ」

「口ではあんなこと言ってるけど、案外、幽霊とか妖精とか信じちゃってる人かも」わたしは、半ば本心から茶々を入れる。

「ああした雑誌も、それはそれで汲み取るところが色々とあるのです」志茂田が真顔で言い訳をする時は、たいてい照れ隠しだ。


 ファミレスを出たあと、わたし達はいったん、家へ帰る。夕食を済ませ、風呂にも入ると、まだ夜の9時前だったが、早めに寝についた。わたしは睡眠不足に弱いのだ。

 翌1時ちょうど、枕元の目覚ましが耳障りな電子音を鳴り響かせる。

「あー……そうだった。これから、北本通りまで出かけていって、首なしライダー見物に行かなきゃいけないんだ。走りたいって言うんだから、好きにさせとけばいいのに……」ぶつぶつと言いながらも、支度をする。

 待ち合わせの場所に着いたのは1時30分。北本通り沿いにある、坂下酒店の前だ。もちろん、店はとっくに終わってシャッターが下りている。

「おはようございます、むぅにぃ君」

「むぅにぃ、おはよっ。やっぱ、寒いよねー」

 志茂田と中谷が酒店の前で待っていた。

「桑田は? 聞くまでもないけど」わたしは、一応、うかがってみる。

「彼が時間通りに来るわけはないでしょう」それが志茂田の答えだった。

「そうそう、あいつはいっつも遅れてくるじゃないの」中谷が添える。

 2時、5分前になって、フゥフゥと息を弾ませながら、ようやく桑田の登場である。

「わりい、わりい。寝過ごした」

 ここから1番、家が近いのに。


 携帯の時計が、ちょうど2時を表示する。

「さあ、いよいよですよ」志茂田が、いくぶん緊張した声で告げた。

 遠くから、ブオン、ブオン、と急き立てるような音が聞こえてくる。王子の方角だ。

「ほ、ほんとに来やがった……」桑田が気味悪そうに、音のする方へと顔を向けた。

「だんだん音が大きくなってくる。近づいてる、近づいてるっ」本人は気付いていないらしいけれど、中谷がわたしに体をぴったりくっつけてくる。

 わたし達4人は、固唾を飲んで、人気のない車道を見つめた。排気音と共に、ヘッドライトが差してくる。アスファルトを照らす光が、じわじわと増してきた。

「見てっ、バイクが見えてきた。ほんとに真っ黒だっ!」中谷が声を上げる。

「思ったほど、飛ばしてねえんだな」桑田が指摘するように、意外とのんびりやってきた。速度にして、2、30キロといったところか。おかげで、目の前を通過していく際、細部まで余さず観察することができた。


「あれ……幽霊なの?」噂のライダーを目の当たりにして、わたしは思わずそう尋ねてしまう。

「どう見ても、人間じゃなかったよな」桑田も呆然と立ち尽くす。

「うん、絶対に違うと思う。だって、だって――」中谷が声を震わせる。

「ええ、わかりますとも、中谷君。あのライダー、確かに首がありませんでした。生まれて初めてです、こんな恐ろしいものを見たのは」

 志茂田すら恐怖のどん底に突き落としたそのライダーは、その巨体でタイヤを押しつぶしながら、闇の彼方へと消えていった。

 あんまり太っているものだから、どこからが首で、どこまでが胴体なのかまるでわからない。

 まさに、首なしライダーだった。

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