わけもわからず監禁されている
気がつくと、わたしは後ろ手で柱に縛り付けられていた。叫ぼうとしたが、タオルのようなもので、きつく猿ぐつわを嚙まされていて、思うように声も出ない。
家具1つない殺風景な部屋で、窓の外では日に照らされた枯れ枝だけが揺れている。
重く軋んだ音を立て、金属製のドアが開いた。そちらに顔を向けると、2人の男が入ってくるのが見える。
「あ、ボス。あいつ、目を醒ましたみたいですぜ」背の低い方がわたしを指差した。
「ちょうどよかった。聞きたいことが山ほどあるんだ」ノッポはそう言うと、薄気味の悪い笑みを浮かべる。どちらも、お揃いの黒いスーツとボルサリーノ、そしてサングラスをかけていた。いかにも、年代風のギャングだぞ、とわたしは心でつぶやく。
ノッポがわたしの傍らにやって来て覗き込む、
「さあて、話してもらおうか。ブツはどこへやった?」
わたしは、ウーン、ウーン、と唸るよりほかなかった。
「ボス、猿ぐつわくらい、取った方がよかないですかい?」見かねて、子分が言う。
「おおっと、そうだった。いけねえ、いけねえ。これじゃあ、しゃべりたくても、しゃべれねえもんな」頭の後ろ手固く結んでいたタオルを、不器用な手付きで解く。ふうっ、やっと楽になった。
「いったい、なんだってこんな目に合わせるわけ?」開口一番、わたしは文句をぶつけてやる。
「黙れっ、まずはおれ様の質問に答えてもらおう」ボスが凄味を利かせた。「さあ、言えっ。例のブツはどこだ?」
「なんのこと? ブツなんて知らない」わたしは答えた。本当に知らないのだ。
「ボス、こいつ、とぼけてやがるんですよ。少し、痛めつけてやりましょうぜ」
「待て待て。ちょいと、聞き方を変えてみよう。いいか、もう1度質問する。正直に白状しろよ。お前の好きな食べ物はなんだったかな?」
「ステーキ」わたしは即答した。
「じゃあ、好きな色は?」
「水色……かなぁ」
「よし、もう1つ。風呂に入ったら、まずどこから洗う?」
「……」
「ボス、それ、今は関係ないんじゃないっすか?」子分が慌てて止める。
「いや、冗談。冗談だって」コホン、と軽く咳払いをしたあと、再び真顔に戻った。「日本の妖怪の中では、何が好きか。3っつまで挙げろ」
わたしは少しの間考える。日本だけに限定したとしても、数が多いからなぁ。
「アマビエとかすきかも。疫病の流行を人に教えてくれるいい妖怪だっていうし、伝えられている昔のイラストも、なんだか可愛いんだよね」
「ふむふむ、海に出るというあいつだな」
「ケサランパサランって、妖怪でしたっけ?」わたしは聞いた。
「ん? うーん、そうだな。江戸時代の伝承だったか。おしろいを食って生きるんだったよな。不思議な力を持ってるって言うんだから、やっぱり妖怪かもしれん」
「なら、それ。だって、その不思議な力って、人を幸福にする妖力でしょ? それに、ふわふわしてるし」
「うちの実家に、そいつをしまった箱がありましたぜ、ボス。ガキの頃、ばあちゃんに、中を開けて見せてもらったことあったっけなあ」懐かしそうに、子分が口を挟む。
「あと1匹はどいつだ?」
「タンコロリン」
「なんだって?」ボスが聞き返す。
「だから、タンコロリンって名前の妖怪。もしかして、知らないとか?」いくらか含んだ物言いで応酬する。
「おい、お前、聞いたことあるか?」そう、子分に尋ねた。
「いいえ、全然。きっと、口からでまかせですよ。そんな妖怪、いやしませんって」
「それを言うんなら、妖怪そのものだって、いるかいないか、わからないじゃん」わたしは食ってかかる。
「そりゃそうだ」ボスは認めた。「で、そいつはどんな妖怪なんだ?」
「カキの実の化身……かな。実を取らないで、ほったらかしにしとくと、化けて出るんだって。もったいないお化けみたいなもん?」
「なるほど。現代にこそ現れてもらいてえ妖怪だな」ボスはうんうん、と感心する。
「それにしても、ボス。こいつの言う妖怪って、どいつも迫力がないっすねえ」
「うーむ、確かにな。もっとこう、ゾクゾクッと来るもんが欲しかったんだが」
「だから、いったい、何を聞きたいのさ。さっきから、全然見えてこないんですけど?」だんだんとじれったくなってきた。
「よしっ、わかった。じゃあよ、この質問はどうだ。お前の1番、嫌いな食べ物はなんだ。それを言ってみろっ」
「ニンジン!」わたしは顔をしかめて、吐き出すように言う。と、同時に色や形、味までも思い出され、ゾクゾクッとしてきた。
「おおっ、出ましたよ、ボス。ほら、奴の腕や首筋に『ブツ』がっ」
わたしはニンジンが大嫌いだった。想像しただけで、体中にブツブツと鳥肌が立つほどに。
「うむ、大成功だ。よーし、例の物を出せ」ボスが命令を下す。
「へい、ここに」どこから出したのか、手提金庫のような物が現れた。
それがいったいどんなもので、これから何が始まるのかと、わたしは固唾を呑んで見守る。
「よーし、じゃあ始めろ」
「へいっ」子分は、手提金庫を開けた。わたしのいるところからでは、何が入っているのかまではわからなかった。ただ、なんとなく不穏な予感がする。
「何をするつもり?」とわたし。けれど、2人とも答えようとはしなかった。
「火を付けろ」ボスが言う。子分は、黙ってうなずくと、100円ライターで着火した。シュルシュルシュルッ、と導火線が燃えるような音がする。
「爆弾だっ!」わたしは、縄をほどこうともがいた。けれど、しっかり縛ってあって、どうしても緩まない。
2人の黒ずくめ達は、箱のフタをしっかり閉じると、タイルの1枚を剥がして、床下へと設置した。
「よーし、引き上げるぞっ」ボスの掛け声とともに、急ぎ足で去って行く。閉じたドアを、わたしはむなしく眺める。
しばらくすると、床がポカポカと温まってきた。いよいよ、大爆発かと覚悟したが、いつまで経ってもその気配はない。
縛られていながらも、ほどよく温まった部屋が心地よく、うとうとと船を漕ぐ始末。
さっきのあの箱は、どうやら床下暖房だったらしい。