表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/234

ゾンビが流行る

 テレビは、どのチャンネルでも「ゾンビ襲来」のニュースで持ちきりだった。

「各地で発生しています、バイオ・ハザードは、時間を追うごとに被害が広がっています。現在、警官、機動隊、そして自衛隊が出動し、ゾンビ化した集団に対抗していますが、それらの部隊も次々と襲われ、壊滅は時間の問題と思われます……」

 大変なことになったぞ。わたしはポテト・チップスをつまみながら、画面に食い入る。

「そうだ、ほかのみんなはどうしてるかな」携帯を拾い上げ、電話をかけた。

「おう、なんだ、むぅにぃか。どした?」電話の向こうでのんきにアクビをするのは、幼稚園来の友人、桑田孝夫だ。

「どうしたもこうしたもないよ。テレビ、観てないの?」

「今まで寝てたんだよ。お前に起こされたんだ」

「いいから、テレビを付けてみなって。とんでもないことになってるんだからっ」

 わたしの話し方から、ただ事ではない、と察したらしい。すぐにテレビの音声が聞こえてきた。


「な、なんだよ、こりゃあっ!」そんな叫び声がする。「おいおいおい、こいつは現実なのか? それとも、何かの冗談か? なあ、頼むよ。夢なら醒めてくれっ!」

「あいにく、冗談でも夢でもないみたいだよ。とにかく、部屋の戸締まりをしっかりして、誰も入ってこないようにした方がいい。ゾンビに噛まれたら、ウィルス感染で、噛まれた方もゾンビになっちゃうんだって」

「わ、わかった。騒ぎが静まるまで、部屋でじっとしてるよ」すっかり怯えきった様子で、桑田は言った。

 桑田じゃなくとも恐ろしい。ついこの間、映画で観た出来事が、とうとう現実になってしまったのだ。

「マメに、連絡を取り合おうね。それと、テレビはつけたままがいいと思うよ。外の状況が掴めるようにさ」

「ああ、そうだな。もっとも、テレビを観てると、かえって不安をあおられるんだが」

 

 電話を切ったそばから、着信がある。

「はい、もしもし」

「あ、あたし」中谷美枝子だ。「なんだか、怖いねー。ところで、あんたは大丈夫? まだ、ゾンビになんてなってないでしょうね?」

「うん、今のところ大丈夫。ゾンビ達、新宿辺りをうろついてるらしいね。職安通りを西に進んでるんだって、テレビでやってる」

「ちょっと待って、今、地図を見てみる……あ、そっちは明治通りか。きっと、池袋にも押し寄せてくるね」

「と言うことは、こっちの町まで来るってこと?」今にも攻めてくるのではないかという気がし、背筋がゾクゾクしてきた。

「すぐだよ、あっという間。だって、この集団感染って、今朝、始まったばっかでしょ? それも、太平洋沿岸から」

「そうらしいよね。アメリカもヨーロッパ、それに中国やロシアなんかも、すっかりゾンビ国家になっちゃったみたいだし」

「そっかあ、残ってるのは日本だけか。まいったなあ――」


 その時、チャイムが鳴った。

「あ、ごめん。誰か来たみたい」いったん、電話を切ると、玄関を覗きに行く。

 ドア・スコープ越しに、志茂田ともるが立っているのが見えた。

「なんだ、誰かと思えば」ドアを開けたとたん、チェーンの隙間から、ガッと腕が伸びてくる。ボロボロに破れた袖からは、まるでチアノーゼに陥ったような、どす黒い皮膚が露わとなっていた。

「むぅにぃ君、あなたの肉が食べたくなり、寄らせてもらいました。さあ、一口、囓らせて下さい」

 わたしは、大慌てでドアを引っ張る。挟まったままになった志茂田の腕を、爪先で何度も蹴って、ようやく外へ押し退けることに成功した。

「冗談じゃないよ、まったく。今時、豚コマだって、グラム辺り100円じゃ買えないんだから」ドアをロックすると、寄りかかるようにしてへたり込む。ドアの向こうでは、ゾンビになった志茂田が、しきりにドアをノックしている。

 ガンガンと乱暴に叩かないところなど、ゾンビになってもさすがは志茂田だった。


 落ち着いた頃、ふらふらと立ち上がって、居間に戻る。さっきまでついていたテレビが、真っ黒だ。

「電気が切れたのかな」よく見れば、ちゃんと電源のLEDが緑に灯ったまま。リモコン片手にチャンネルを変えていくが、どこもおんなじ。どうやら、電波が送られていないようだ。

「どの局もみんなゾンビにやられちゃって、放送そのものが止まってるのかなぁ」スタジオの中を、ゾンビがゆらゆらとさまよっている様子が目に浮かんできた。

「そうだ、桑田と中谷はどうしてるだろう」ドキドキしながら、電話をかける。

「もしもし……」変わらない桑田の声がした。

「ああ、よかった。無事だったか」ホッと胸をなで下ろす。

「なあ、むぅにぃ。テレビ、写らなくなったんだけど、お前んとこもそうか?」

「うちもだよ。テレビ局、たぶん、全滅したんだと思う。さっき、中谷が言ってたけど、ゾンビの集団、池袋経由でこっちまで来そうなんだって」


「そっか。戸締まりしてるけど、入って来ちまうかな?」

「どうかなぁ。人によると思う。生前、ちゃんとしてた人間なら、そんな無理やりは入ってこないかも。実は、さっきもさぁ――」

 その時、「ちょっと、わりい。誰か来たみてえだ。ああ、ありゃあ、志茂田の奴だな」

 わたしはびっくりして、叫ぶ。

「ダメっ、ドアを開けちゃ! それって、ゾンビだよっ!」

 こちらの声は届かなかった。ガラガッと引き戸の開く音がし、続いて鋭い悲鳴を聞く。

 恐怖のあまり、わたしは携帯を耳に押しつけたまま、その場を動けなかった。

 すると、再び桑田が出る。

「なあなあ、むぅにぃ。お前、ステーキ好きだったよな。血の滴る新鮮な肉、奢ってやろうか。その代わり、お前の生肉、食わせてくれよお」

 わたしは、携帯を投げ捨てた。キッチンの方へと転がっていき、ワゴンの下に入り込む。


 緊張のあまり、トイレへ行きたくなった。用を足しながら、現況はどうなっているのだろう、と不安に震え続けた。

 池袋どころか、この辺りもとっくに汚染してしまい、誰も彼もがゾンビとなっていたらどうしよう。

 トイレから出てみると、居間のテレビの前に誰かが座っていた。ギョッとして、思わず立ち尽くす。

「ねえ、むぅにぃ。テレビ、どこも映らないじゃないの。どうしちゃったのかしらね」馴染み深い声だった。

「なんだ、中谷か。誰かと思った」わたしはその傍らに腰を下ろす。プランターの下のスペア・キーを使ったんだな。幼なじみなので、こんなこともちょくちょくある。

「あのね、もう間もなく、世界中がゾンビになるってさ」と中谷。

「なんで、そんなこと言うのさ」その口調に、言いしれぬ不気味さを覚えた。


「だって、むぅにぃ。あんたがその最後の1人なんだもん」そう言って振り返った中谷は、メイクアップなしで震え上がるほどの、おぞましいゾンビ顔だった。

 玄関がガチャッと開く音がする。ゾロゾロと何者かが上がってきた。

「桑田君、いくらゾンビだからと言って、よそ様のお宅に土足はいけません」

「わりい、わりい」

 志茂田と桑田だ。2人は、わたしを挟むようにしてどっかりとあぐらをかく。

「さて、むぅにぃ君。こんなことになりました。もう、観念していただきませんと」志茂田が諭すように言う。

「そうだぞ、むぅにぃ。さっさと仲間になっちまえ」桑田も、血肉を滴らせながら迫る。

「あたしが、二の腕辺りをちょこっと囓ってあげるから。ね、それならいいでしょ?」

 ふと、思った。今や、全人類がゾンビなのだと言う。だとしたら、何を恐れる必要があろう。

 これからは、国境も人種の分け隔てもなく、仲良く平和に暮らせるではないか。

 わたしは、袖をめくると、腕を中谷の前へと差し出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ