逃亡者を追う
そろそろ銀河の辺境に差しかかるというところで、地球から亜空間通信が入った。
「おい、むぅにぃ。まだか、まだ見つからねえのか?」元同期、そして今は直属の上官である、桑田孝夫からだ。
「そうは言いますが、Tイオン反応さえ感知してないんですよ。ほんとにこの座標で合ってるんでしょうね?」わたしは聞き返す。
「間違いない、確かにそっちへ行ったんだ。早いとこ見つけて、しょっ引いてこい」
「ラジャー……」やんなっちゃうなぁ。宇宙は広いんだから。
地球は統一されて、「マニ党」が采配を振るっていた。事実上の一党支配である。
当初は誰もが歓迎したらしい。これで、地上から戦争がなくなる、と。
それから500年余り経つが、未だに地域紛争は続いていた。マニ党によれば、「内なる神の光が分かたれたままだからだ」と言う。
彼らの思想はユニークだった。
そもそも、宇宙を創ったのは神だという。地球を産み、自らそこへ住まうことにした。その際にアクシデントが起き、無数のかけらに散ってしまったのだそうだ。
「唯一知性を持つ人間にこそ、そのかけら、すなわち『神の光』が宿るのだ。これらは、再び1つにまとまらなくてはならない。われわれは神に還るのだ」
そう主張する。
もちろん、わたしはそれを信じていた。何しろ、子供の頃からずっと教育されてきたのだから。
けれど、ごく少数、反発する者もいる。かつて、地球がいくつもの国に別れていた時代、国家を超えて広がりつつあった思想集団「プライベート・シチズン」の末裔達である。
彼らにとって、マニ党は「狂気の宗教」なのだ。「神の光」を1つにするとは、すなわち人類破滅のことだと信じている。
「ばかな人達だ。人類が元通り神になれば、各地で起きている争いだってなくなるし、永遠に不幸とも縁が切れるっていうのにさ」わたしは1人つぶやく。
プライベート・シチズン達は、あらゆる手段で政府に抵抗してきた。
中でもやっかいなのは、地球外へと逃走を図ることである。
彼らも人間である以上、「神の子」には違いない。心に「神の光」を宿したまま、手の届かないところへ行かれては困るのだ。最後のピースまで、余さずはめ込む。さもなくば、この大いなるジグソーパズルは完成しない。
わたし達「チェイサー」は、そんな彼らを捕らえ、地球へと引き戻すのが使命なのだ。
モニターに、かすかな波形が現れた。船外センサーが、Tイオンを感知したのだ。宇宙空間では生成し得ないイオン、すなわちほかの宇宙船が吐き出す推進エネルギーの残滓である。
「へー、桑田の計算結果、正しかったんだ」わたしは操縦席でニヤッとした。「このまま、真っ直ぐだね。相手はボロ船なんだから、すぐにでも追いついてやるよ」
やがて、レーダーにはっきりと船影を捕らえることができた。わたしは通常無線を全チャンネル、同時に開いて、呼びかける。
「こちらチェイサー。あなたを地球へ連れ戻しに来た。船を停止させて大人しくついてくるか、それとも強制連行されるか選びなさい」
逃亡者はしばらく、返事をよこさなかった。わたしは「拘束セッター」のロックを外そうと、手をかける。これを使用すると、船だけでなく、搭乗者の遺伝子にも悪影響を及ぼすのだ。できることなら、使いたくはなかった。
「わかった、停船する」チャンネル54から返事が来る。「だが、わたしを連れ戻す前に聞いてもらいたいことがある」
「どんな話です?」わたしは尋ねた。
「君は、マニ党の連中が言うことを本気で信じているのか?」
「もちろんです。あなた方以外の地球人は、みなそうです」わたしは胸を張って答える。
「で、その根拠は?」
「それは……」
「ないのだろ? われわれにはある」断固とした口調だった。
「どうせ、でたらめでしょうが、一応、聞かせてもらえますか?」
いくらか好奇心があったことは認める。もっとも、どれだけほら話を重ねようと、心動かされることはないだろうが。
「いいだろう」相手は言った。「マニ党は、地球こそが聖地だと言う。そして、地球人こそが神の分身だとも」
「その通り。だから、あなたを、いえ、正確に言えば、あなたの中の『神の光』を取り戻しに追ってきたのです」
「ふふ、わたしがその最後のひとかけら、と言うのか。だが、君は間違っている。この宇宙に生きるのは、われわれだけではない。そのことを知ったら、連中め、どんな顔をするだろうな」
「そんなこと、誰が信じるもんですかっ」わたしは憤慨した。人類以外に知性を持った生命体があるだなんて、よくもまあ!
けれど、もしそうだとしたら? その生命体にも「神の光」が宿っているのだろうか。それとも、もともとそんなものなど存在しないのか……。
いやいや、惑わされてはダメだ。プライベート・シチズンというのは、大昔からウソつきだと聞かされてきた。地球に連れ戻されるのが嫌で、そんな言い逃れをしているに違いない。
「信じないか……。そうだろうな。マニ党の奴ら、『教育熱心』だったからなあ」嘲笑を含んだ物言いをする。きっと、コックピットでにやにやと口元を歪めているに違いない。あとちょっとで、このわたしを言いくるめられる、そう確信して。
「もう、やめにしましょう、そんなくだらないたわ言。証拠でもあれば別ですけれどね」わたしは強い口調で言い放った。
「証拠か。なら、自分の目で確かめてみるといい。わたしが意味もなく、この星域を目指したと思うかね? いいや、そうじゃない。違うんだよ」
レーダーに目を落とすと、いつからそこにいたのか、ほかにも影が映っていた。それも1つ、2つどころじゃない。数百もの大艦隊だった。
「そんな、まさか……」シールドを開けると、目視で確認できるほど近い。これまでに見たことのない形の船だ。明らかに、地球のものではなかった。
わたしはシートにもたれ掛かって、ふうっ、と溜め息をつく。
「桑田のやつ、この報告を聞いてなんと言うだろうな」顔が浮かぶようだった。たぶん、信じないだろう。けれど、何が真実かを、すぐに思い知ることになる。
そうだ、マニ党は崩壊する。地球も、もう井の中の蛙ではなくなるのだ。われわれは真に世界の広さを知ることになる。今のわたしのように。
誰かの決めた未来ではなく、自らが選んで進む、そんな果てしない世界を。