謎の塔・その1
遠くで、誰かがわたしを呼んでいる。
「誰? ここはどこ?」まるで、夢のない眠りのよう。光も、闇さえもない世界に、ただ意識だけが漂っている、そんな感覚だった。
「わたしですよ。幼なじみの志茂田ともるです」今度は、はっきりと聞こえた。
ちりぢりだった「わたし自身」が、次第に集まって塊となっていく気がする。
絡みあった睫毛のくすぐったさを覚えながら、わたしはそっとまぶたを開けた。薄暗いなぁ、まだ夜なのだろうか、とまず思う。
「やっと目が醒めましたね。どうですか、1億年も眠っていた感想は?」
志茂田の顔が、ぼんやりと見える。視点が定まるにつれ、記憶の方もだんだんと蘇ってきた。
そうだ、ここは「見晴らしの塔」の中だ。わたしは、1億年もの旅をしてきたのだった。
森に囲まれた中央公園には、「見晴らしの塔」がそびえていた。文化遺産にも登録されているこの銀色をした塔は、直径が10メートル、高さ210メートルもあって、町のランド・マークだった。
周囲は憩いの広場で、待ち合わせ場所として利用されている。
あの日、わたしもベンチに掛けて志茂田を待っていた。塔を見上げながら、いったい、なんのために建てられたんだろう、とぼんやり考えていたものだ。
「お待たせしました、むぅにぃ君」ぴったり、時間通りに志茂田がやって来た。手には、暖かい缶コーヒーを2つ持っている。「午前中はまだ涼しいですね。これでも飲んで、内側から暖まりましょう」
「ありがとう」わたしは缶コーヒーを受け取った。
「この塔、一説によると、造られてから数百万年も経つそうですよ」志茂田が言う。
「へー、そんなに? あれ、でも、待って。それって、人類がまだ生まれてないじゃん」わたしはびっくりして聞き返した。
「そこなんですよ」と志茂田。「学者達はその矛盾に頭を悩ませていましてね。果ては、異星人の残した遺跡だ、などと言い出す始末です」
「そうとしか思えないよね。さもなければ、製造年月日を数え間違えただけ、とか」
「まあ、おそらくはそうなんでしょう。せいぜい、数千年だとわたしは見ています。だとしても、十分に不可思議ではありますが」
てっぺんがチューリップのつぼみそっくりのこの塔、見晴台のようでもあり、燈台のようにも見える。けれど、何度となく学術調査が行われたにもかかわらず、入り口らしきところが一切見当たらないのだった。
「もしかしたら、大昔の人の芸術作品だったりして。ほら、岡本太郎とかが創るような」わたしは思いつきを口にする。
「どうなのでしょうね。わたしには、何かの意味があるように思えますが」志茂田は考え深げに答えた。
そこへ、公園番のおじいさんがカートを押しながらやって来た。園内に落ちている、缶やごみくずを拾い集めているのだ。
「こんにちは、源吉じいさん」わたしは声をかける。
「おや、むぅにぃちゃんにともるちゃんかい。あんたらは、いつも仲がええのう。今日は、これからどこかへ行くのかい?」源吉じいさんはにこにこと聞いてくる。
「ええ、今日発売の『ムームー』を買いに、モールまで」志茂田は言った。「ムームー」は、志茂田が毎月買っている、オカルト系の雑誌である。
「ともるちゃん、昔っから本が好きだったからなあ」しみじみとした様子でうなずく源吉じいさん。
源吉じいさんは、代々、この公園を守ってきた。案外、この塔の秘密を知っていたりして。
「ねえ、源吉じいさん。この塔って、なんのために建てられたか知ってる?」
「これかね? うん、知っとるよ」あっさりと肯定する。面食らったのはわたし達の方だった。
「しかし、考古学者は誰もお手上げだったのですよ。今もって、すべてが謎に包まれ、オーパーツ扱いとされているのですが……」志茂田の顔には、とても信じられないという表情が浮かぶ。
「誰もわしに聞きゃあせなんだ」それが公園番の返事だった。「実際の話、塔のことを尋ねてきたのは、今の今まで、あんたらが初めてだて」
ついておいで、と言うので、志茂田とわたしは源吉じいさんの後に続いた。
「ここから、塔の中に入れるんじゃ」
そこは、公園の端っこにある詰め所だった。園内の用事が済めば、源吉じいさんは日がな一日、ここに座っている。
「人、1人がやっと入れるくらいだね。ほんとに、ここが入り口?」わたしがつぶやくと、源吉じいさんは、
「ほれ、この通りっ」そう言って、イスを持ち上げた。地下へと通じる階段が現れた。「急だからな、気をつけて降りるんじゃぞ」
ほとんど梯子といってもいい。手すりにつかまりながら、慎重に降りていく。
2、30メートルは降りたろうか。ようやく、下まで辿り着いた。照明器具らしいものなど、何1つないのに、壁全体が明るく光っている。
「ヒカリゴケでしょうか、なんとも幻想的ではありませんか」志茂田が辺りを興味深げに眺め回す。
地下通路は、まっすぐ掘られていた。
「この先がな、公園のど真ん中、つまり塔にぶち当たっているんじゃよ」源吉じいさんはどんどん歩いていく。
「まさか、公園の下にこんな道があるとはねっ」なんだか、夢でも見ているみたいだ。
「着いたぞ、ここじゃ」地下道の突き当たりは、あの塔と同じ銀色をした壁だった。
「これが扉ですか? つるんとして、何もないように見えますが」志茂田が疑問を呈する。
「何、開けるのは簡単じゃ。こう言やぁいい」壁に向かって、おもむろに呼びかける。「開け、ゴマっ!」
コンビニの自動ドアよりも静かに、スーッと開いた。
(明日につづく……)