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五、小さな攻防

お久しぶりです!

そのせいか、いつもより長くなってしまいました。

年末のおともに、少しでも楽しんでいただければと思います!

 私が暮らしていた望月家の屋敷は広かった。長い石畳の階段を上り、赤い鳥居を潜り、母屋を迂回してようやく離れへとたどり着く。門から最も遠く離れた奥の奥、それが私にあてがわれた部屋。

 小さな部屋だけが私の世界。屋敷内を歩き回ることは許されておらず、妖退治で疲れた体を引きずって部屋に戻るのにはいつも苦労していた。

 それだけ広い敷地に広大な屋敷であると認知していたけれど、この妖屋敷も相当らしい。なにせ、まだ目的地とやらに到着していないのだから。


 廊下を歩けば嫌でも外の様子が目に入る。

 名も知らない花がたくさん咲いていた。着には青々とした葉が生い茂り、手入れが行き届いていることは無知な私でもわかる。何故かといえば、これまで私が眺めていた光景と違うからだ。

 私の部屋から見えていた生え放題とは明らかに異なる雰囲気で、調和が取れているように思う。私を怖れてなのか、それが言いつけだったのか、知ったことではないけれど……私の部屋の周りは別世界のように荒れていた。


 途中、何度か人とすれ違った。その度に彼らは丁寧に頭を下げていた。私に対するものであるはずがない、となれば前を歩く藤代へだ。彼は屋敷内でそれなりの地位に就いているのかもしれない。そんな彼に命令していた妖狐は屋敷の主――という認識でいいのだろうか?


 妖狐が治める妖屋敷。

 緊張に喉が鳴る。けっして気を抜いてはいけないと戒めた。


 しばらく歩いて通されたのは、最奥の間。

 またか――

 妖の中に在っても所詮、私は人目に晒すに値しない、そう悟る。そして多少なりとも落胆していることに驚かされた。いったい私は何を期待していたのか。けれど私の前に広がる景色は想像と異なるものだった。


 部屋の空気は頻繁に風が通されているようで清潔感があった。横目に映る襖には見事な花の絵が描かれている。まるで見る者を楽しませるような造りだ。

 藤代が戸を開ければ外には庭園が広がっていた。枝葉まで整えられた木々、大きな池に魚はいないが水に浮かぶ葉と薄い桃色の花が浮いている。

 大切な部屋なのだろう。そんな場所を私に与えるはずがないと思うのに、邪険に扱われてきたからこそ『特別』には敏感だ。望月家で与えられてきた部屋との違いばかりを見つけてしまう。


「ここは……」


 いっそ鉄格子の向こう側に放り込まれる方が似合うのだが。


「椿の間にございます」


 藤代の口からまたその名を聞く。不本意ながら私の名と同じ花、もしかするとこの部屋から閃いたのかもしれない。

 もう、椿でいいかと投げやりな思考に至る。名前がないのも不便だ。彼らとはいずれ手を切るのだから今だけのこと、なんと呼ばれようとも構わないと納得することにした。


「椿様?」


 黙り込んでいると再度、藤代が呼びかけていた。気を抜いてはいけないと戒めたばかりなのに失態だ。


「な、何?」


「朧様の羽織も似合っておりますが、じきに着物やその他の品も手配できますかと。もうしばらくお待ちくださいませ――と申し上げておりました」


「着物?」


「いつまでもそのような格好でいさせるわけにはまいりません。朧様の言いつけで用意しているところです。そうなってはわたくしだけでは手の回らないこともありますね……こちらも手配しておきましょう」


「そう……」


 曖昧な返答。けれどそれ以外どうこう言うべき事柄も見当たらない。


「……ところで妖弧はどうしているの?」


 離れられたのは好都合だが、離れていては好機を逃しているも同じだ。

 藤代はしばし考え込んでいる。知らなければ一言「知らない」と返せばいいはずなのに迷うことがあるのだろうか。


「失礼ながら、この屋敷には多くの妖弧が存在しております。おそれながら、どの妖弧でしょうか?」


 わかりきっているであろうことを何故聞き返すのだろう。先ほどは言葉数少なく妖弧とやり取りをし、有能そうな印象を受けた。こんな簡単なことが理解できないはずもない。


「だから、私を攫って来た妖弧」


 説明すれば、わざとらしく困った表情が浮かべられた。


「わたくしには、どの妖弧があなた様をお連れしたのか見当も付きません。現場を目撃したわけはありませんので……」


 ああ、なるほど。そういうことか。

 この男の狙いがわかってしまった。


「朧!」


 つまりは名前を呼ばせたいのだ。そして私の推測は正しかった。「ああ、なるほど!」と、これまたわざとらしい――正確には演技が下手なわけではないけれど。添えられた極上の笑みが過剰過ぎて、初対面の私ですら警戒してしまう。それと同時に確信する。この男は根っから妖狐……朧の見方なのだと。

 私にとっては数いる妖のうちの一匹、それ以上でも以下でもない。妖としての名だけ分かれば十分で、名乗られようが妖狐と呼び続けていたけれど、この男にとってはそうではいのだ。

 まあ確かに、妖狐が多数暮らしているのなら面倒だ。これからは名を呼ぶよことにしよう。あくまで本人の前以外では。


「これでわかった? ……満足?」


「はい」


 どうせ不満がる私の理由も理解しているのだろう。満足そうに笑みを浮かべている藤代とは言い争いをして叶う相手ではないと思った。

 後に藤代は、この功績を大層褒められたることになるが、私にとっては知ったことではない。



 私は藤代を前に今後の予定を話し合っている。

 座学――屋敷のこと、しきたり、奥方として身につけておくべき知識。私に教えたいことは、それはそれは大量にあるらしく……はっきり言って頭が痛い。それらをこなさなければ稽古をつけてもらえないというのだ。

 やるしかないけれど……何しろ勉学に励んだことがない。未知の領域に明日からどうなるのかと目眩がする。


「失礼いたします。藤代様、お食事をお持ちしました。それと言いつけの物は全て仕上がっております」


「ああ、野菊か。頼む」


 運ばれてきた食事に唖然としていると、私の前にみるみる支度が整えられていく。


「すっかり昼を回ってしまいましたね。配慮が遅れ申し訳ありませんでした。どうぞお召し上がりください」


 懐柔されるのも癪ではあるが私は黙って箸を持つ。空腹はどうしたって抑えようのない欲求だ。


「いただきます」


 誰に言ったつもりもない。聞いていてほしいと思ったわけでもない。

 一人での食事は慣れている。だから一人きりで取り残されるのも構わないのに、野菊という女性は居座るつもりのようで、私は無心を決め込み食事を続けた。

 藤代はとっくに姿を消している。


「ごちそうさま」


 そう告げれば見計らったように善が下げられる。当然のように給仕されたこともあり、私はつられるように「美味しかった」と口にしていた。


「もったいないお言葉です」


 野菊は短く告げると部屋を出て行く。

 同じ女性としても立ち居振る舞いが洗練されていると認めざるを得ない動きだ。しなやかで無駄がないと、戦いを基準にそんなことを考えた。


 やがて藤代が戻ってくると、何故かその手には大量の荷物を抱えている。


「どうしたの?」


 あまりにも量が多く不安定な有様だ。


「お見苦しいところを、失礼いたしました」


 さすがに本人もきついのか余裕がないと見える。


「これらは全て椿様のものにございます」


「妖弧……その、朧から?」


 また同じ問答をするつもりはないので訂正しておく。


「もちろんです。例えば、こちらにお召し変えされてはいかがでしょう」


 黄色を深くしたような生地には白い花の模様。一言でまとめるなら『可憐な花柄の着物』を提示されている。

 私にも物を『可愛い』と感じる心が残っていたのね。戦いに身を費やしてばかりの人間には久しい感覚――ではなくて。


「これを私に着ろと言うの!? あ、ありえない。こんなもの似合うわけがない。目は確か!?」


 黙っていれば、私は目の前の『可憐な花柄の着物』を着ることになってしまう。阻止してくれるわ!


「渾身の力で叫ぶほど喜ばれては朧様も幸せでしょうね」


 どうして微笑ましい顔で私を見るの!?


「絶対に違う! それと、私はこんなもの着たことがないから似合うわけがない」


「俺の見立てを疑うのか?」


「だからそういうっ――ど、どこから現れて!?」


 あまりにもさり気なく口を挟まれ、驚くなと言う方が無理だ。妖なのだから瞬間的に姿を眩ませたり現したりするのもお手の物とは、なんて怖ろしいの。


「おい、何を想像した? 普通に入口からに決まっているだろう」


 本当だ。襖はしっかり開いている。


「何を言い争っているかと思えば、着てみればいいだろう。全て君のために用意させた品だ、おかしな物は紛れていない」


「どうだか。見なさいよこの着物!」


 大袈裟ともとれる動作でそれを指差した。


「こんなに可愛い着物なんて着たことがないのに、どうしたら私に似合うと思えるの?」


 朧の感性が不思議でならない。


「では日頃どんなものを着ている? 場合によっては調達してやろう」


「生れてから今日まであの黒い装束よ。何か問題がある?」


 朧は信じられないとい目を覆う。


「年頃の娘が黒一色とは、虚しいものだ」


 妖から憐れみの眼差しを向けられている私って一体……。


「よ、余計なお世話! だからこれらは私に必要ない物。こんな明るい色、落ち着かない。可憐で、見る者を虜にするような着物……」


 言いながら、私は自分に驚かされる。こんなにしゃべることが出来たのね。


「なるほど、着物を褒めてもらえるとは光栄だな」


「そんなこと――」


 ――ないわけがない。

 思い返せば私の発言は称賛以外のなんでもなかった。ともすれば、似合うも似合わないも、たかが着物ごときに幼稚な反論を繰り返す自分に呆れてしまう。着てしまえば同じだろうに。


 仮に望月家から支給されたとして、私は躊躇うことなく袖を通す。そうすることが当然だと受け入れる。けれど今は、朧相手には素直に受け入れることが難しかった。

 妖相手だから反発している? きっとそれだけではない。交渉、約束、契約? この曖昧な関係をなんと呼ぶ? たとえどんな呼び名であろうと、変わらぬ現実があることに私は気付かされていた。


 朧は私と対等に会話してくれる。


 それだけは……評価しているのかもしれない。いつのまにか自然に、彼は私の発言に耳を傾けてくれる相手だと認識してしまっている。

 どうしようもない私の抵抗にも呆れることなく付き合って。いえ、呆れてはいるでしょうけれど。一方的に会話を拒絶し終えることをしない。そんな対応に、僅かながら嬉しさを感じ始めている。

 妖なのに、あの家の人たちとは違う。こんな私の意思を尊重してくれている。


「さて、俺はこの着物を纏った君を褒めてやりたいのだが?」


 こちらの様子を窺うような口調。けっして無理やり着させようとはしない、判断をゆだねるようなもの。それこそ着物一枚で、だ。


「……着てもいい。でも、こういった帯は初めてだから一人では難しい」


 折れるべきは私なのだと、なんだか負けたような気持ちになった。


「そうか、承知した。さすがに俺がと申し出るわけにもいくまい。野菊を呼ぶか」


 野菊――先ほど食事を運んできた妖を呼ぶらしい。

 呼びつけられた野菊に着つけられながら、私は一つ、また一つと質問していく。

 これは何? あれは何? そうして今まで知らなかった知識を得た。いつまでも妖の手でされるがままになりたくはないと、自分の力で着られるようになりたいと考えている。本音を言えば、そばに誰かがいることに慣れていない。そんな戸惑いもあった。


「終わりましたよ、椿様」


「ありがとう」


 日頃言いなれていない言葉は不格好だと痛感する。けれど野菊は嫌な顔もせず「とんでもないことです」とだけ言う。これもまた私の単調な声音とは違い心地の良いものだった。


 何かをしてもらったら感謝を告げる。人として当たり前のこと、たとえ妖相手でもぬからないのは自分は人間だという証明のため。きちんと感謝を告げるのは人の証、妖のように野性的ではなく知能がある証――そう思っての行動。

 それなのに、今在る私よりも明らかに妖たちの方が知識深くて悔しい。いずれ逆転してみせようとここに決意する。

 ひとまず将来設計は後にして、直面する問題と向きあうことにしよう。


「何か言いたいことでも?」


 会釈する野菊と入れ替わり入室する朧に対して、私の問いかけは自然と固く挑戦的なものになっていた。だから言ったのだ似合うはずがないと。それを押し通させたのは朧。やっぱり似合わなかったなどと言ってみろ、その通りでも許さな――


「よく似合っている」


 ……それは私に向けられた言葉?

 いくら耳を疑えど、目の前には朧しかいない。それと同時にここには私しかいない。


「君の黒い髪にはどんな色合いでも似合うと予想していたが、山吹は良いものだな」


「山吹、色?」


「ああ、その様な色のことを言う。山吹の花をあしらった模様が美しいだろう」


「これが、山吹の花?」


 初めて知った言葉を繰り返す。着物に視線を落とすと小ぶりな白い花が散りばめられている。


「そうだ。似合うだろうと思っていたが、想像以上で驚いている。君の肌は白いので映えるな」


 そう言って朧は目を細め表情を和らげた。

 私は朧の言葉の真意を追求しようと頭を悩ませる。


「世辞はいらない。似合わなければ、ただ何も言わなければいいことなのに……もちろん無理やり着せておきながら『似合わない』と面と向かって言おうものなら、その顔に一発お見舞いしたとは思うけど」


「おいおい、物騒だな」


「でも、似合うと言ってくれた。信じ難いことに……目を疑う」


「そして酷い言われ様だな」


 朧は馬鹿にしなかった。貶しもしなかったのに。ただ、素直に称賛を受け入れる勇気が持てないだけだ。


「その……私は」


「どうした?」


 たった一言を告げるだけでこんなにも緊張する。野菊には簡単に言えた。だからたとえ妖相手でも問題ないはずだと実証済みなのに。


「その、だから……」


 同じ妖相手でも相手が問題なのだ、おそらく。


「着物は、気に入ったから。だから……ありがとう」


 決して嫌なものではなかった。むしろ美しいと気に入ったからこそ、私が貶める存在になりたくなかった。


「君は口数が少ないだけに開いた時の破壊力が凄まじいな」


 どういう意味かわからずにいると「そのままの意味だ」と言われた。呆れられている雰囲気に意味がわからないのは私だけらしい。事態を呑み込めないでいると、畳みかけるようにさらに驚愕の発言がもたらされる。


「ところで椿。すまないが、君に謝らなければならないことがある」


 この短い期間に己の耳を疑うのは何度目か。


「謝る? 私に?」


「昨夜君と出会った場所まで出向いてみたのだが、刀は見当たらなかった。廃刀令の時代だ、警備に押収されてしまったのかもしれない。もし許されるのであれば改めて新しい物を贈らせてくれ」


 ここに来てから、いや朧と出会ってから驚かされることの連続だ。ちなみに不動の第一位は求婚であるが、その中でもこれは上位に入る。


「どうして謝るの」


「大切に、いや。大切でなくともあれがないと不安なのだろう。寂しいと言うべきか?」


 自分ですら持て余している感情を、朧は理解していると言うのか。


「私は別に……」


「ほら見たことか、やはり寂しいのだろう。いずれ夫婦になるのだから隠すこともない」


「そんな未来は訪れないと何度言わせる気?」


 ――ではなくて。


「わざわざ、あの場所まで行ったの? 明るいのに、妖が出歩くなんて……」


「心配せずとも、日の下だろうが造作もないことだ。そもそも俺たちは人として居を構えている」


「まず心配したわけではないと言わせてほしい。お前たちは、昼でも活動出来るの?」


「当然だ。確かに夜の方が活発にはなるし、そういう輩も多いだろう。だが明るかろうと普通に生活しているさ」


 てっきり狩りは夜の仕事だと思っていた。それなのに、こんな真昼間から平然と出歩く妖もいるなんて……いくら真実を告げられようとも私が昼に出歩くことはできないけれど。


「贈り物に刀とは色気に賭けるが、真に欲する物を贈ってこそ記憶に残るというものだ。良い品が見つかり次第贈ろう」


 朧は楽しそうにいつかの場面を想像している。


「その刃はお前に向けるのに?」


 それでもいいの?

 視線だけで訴える。声にすれば、まるで心配しているようで癪だ。


「情熱的なことだ」


 朧の瞳が妖しく輝く。

 狂っているのは私? それとも朧?

 その返答を狂気的にしか受け止められない私がおかしいの?

 妖にとっては普通の感覚なの?

 とりあえず、私には理解し難い。


「まずは初めての贈り物を大量にしたところだ。今後はいかに印象に残る物を贈って心を射止めるか、それを画策せねばなるまい」


「やっぱり朧の言うことは難しい」


 ため息交じりに呟くと、朧が息をつめる気配を感じた。


「何? 私、何かおかしなことでも言った?」


「君……」


 だからどうしたと訊き返す。


「いや、ようやく名を呼んでくれたと」


「え……あっ――」


 しまった――!! 

 盛大に後悔したところで遅い。


「これはっ、今のは、藤代に言われて仕方なく! 妖狐だと、誰のことかわからないなんて屁理屈を並べるから、つい――」


 後ろめたいわけでもないのに。平静でいればいいのに。朧があまりにも嬉しそうに笑っているから、私は釣られて動揺してしまう。


「なるほど、事情は把握した。後で藤代には褒美を取らそう」


「はあ!?」


「嬉しいものだな」


 その言葉で私は冷静さを取り戻していた。上がっていた体温が一気に冷めた気がする。


「何を言うかと思えば。お前には名を呼んでくれる存在はたくさんいる」


 私とは違うくせに。


「そうだな。藤代に両親、屋敷の人間もいる」


「自慢?」


 低い声を出せば、朧は「まさか」と苦笑していた。


「だが、すまなかった。君の境遇を推し量るべきだった」


 またも素直に謝罪されては毒気を抜かれる。

 朧は「だが」と表情を曇らせ顔を背けた。ややあって面を上げた朧の瞳が私を捕らえる。


「たとえ多くの者に囲まれていようと……。俺を朧と、打算や主従の域に納まらずに呼ぶのは君だけだ」


 たくさんの妖に囲まれていても一人だと、そう言っているように聞こえる。けれど他人の温かさを知らない私には単純に贅沢な悩みだとしか思えない。


「贅沢な悩み」


 朧が何を考えていようとこの言葉に尽きる。羨ましいとまでは言ってやらない。


「君にとってはそうだろうな」


 朧は私に無いものとたくさん持っている。だから私は目の前の妖を羨んでいる。認めたくないと抗うのに、結論は呆気なく出てしまった。


「ところでだ。俺は『君だけは特別だ』と口説いたつもりなのだが、全く伝わっていないようだな。なかなかに手ごわいと言うべきか、それとも鈍いと言うべきか。いや、俺が精進すればいいだけのこと。次は善処しよう」


「しなくていいし、次もない」


 真面目な話をしていたはずなのにこの男は……

 誰か一言多いと、後半部分はいらないと言ってやってほしい。脱力した私にはそんな気力が残っていない。

 本当に、私たちは何の話をしていたのかしら?


 初めて朧の名を呼んだ小さな進展は、ああだこうだと言い合う会話の中に消えていた。

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