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二十五、罪と赦し

お待たせいたしました。

少しでもお楽しみいただければ幸いです。

 攫うように抱き込まれ空を翔ける。

 自分で立てると主張すれば、君は怪我をしているだろうと否定された。怪我をしたのは掌なのに。結局いくら暴れても解放されることはなかった。

 

 影無し――


 追いすがるような当主様の叫びが遠のく。

 その姿もじきに見失った。


「さようなら」

 

 それは家族へと向けたものか、人であった頃の自分へと向けたものだったのか。いずれにしても呟きは空へと消える。

 もしかしたら朧だけは聞きとめてくれたかもしれない。そうであればいいと密かに願った。



 ようやく下ろされたのは見慣れた場所に降り立ってから。

 門の前には見知った顔がいくつもある。町で別れたきりの野菊は無事な様子だが俯いているので表情は読めない。隣にいる藤代は難しい顔をしていた。

 とたんに野菊は駆けだそうとして足を止める。不自然な動きは何かに躊躇っているようだ。


「野菊?」


 ならばと、私から歩み寄ることにする。これからはそうしていこうと決めたから。

 それなのに、朧は残酷なことを口にする。


「椿。今回のことは野菊が仕組んでいた」


「朧、何を言って……」


 嘘であればどんなによかっただろう。けれど、わかっていた。朧はたちの悪い嘘を吐くようなひとじゃない。ただ信じたくないと駄々をこねているだけ。


「こいつは緋月と繋がっていた」


「本当なの、野菊?」


 信じたくないと、何かの間違いであることを願っていた。


「椿様を襲った妖を手引きしたのは彼女なのですよ」


 朧に変わって続けたのは藤代だ。そこにいるのは出迎えのためではなく野菊を警戒してのことだろう。


「そして我らが主の大切なお方をあのような人間たちに差し出した。その所業は罪深い」


 穏やかなはずの表情は強張り唇を噛みしめている。それだけで真実だと語っているも同然だ。


「藤代様。どうか、私から話すことをお許しいただけないでしょうか」


「私も野菊の言葉で聞きたい。お願い、聞かせて」


 野菊の存在はただの妖から姉のような存在へと変わっていた。きっと野菊だけじゃない。仮に藤代であっても同じことを願ったはずだ。

 そんな相手だからこそ、たとえどんなに辛辣な内容でも彼女の口から聞きたい。彼女の言葉を聞いて、受け止めたいと思う。


「あなた様が憎かったのです」


 私が憎い、そんなの当たり前。人間で、何度も妖を狩って……憎まれて当然のことをしてきた。それなのに皆、優しいから。温かな生活に慣れ過ぎて立場を忘れ始めていた。


「朧様は大切なお方。それがどうして、急に現れた人間を受け入れられましょう。そんな私の気持ちを見透かしてか、緋月様からお声がかかったのです」


 きっと野菊だけじゃない。誰もがそう感じていたはず。覚悟していたのに、今になって本当の意味で直面することになるなんて……


「私が緋月様の使役する妖を手引きしました。けれど計画は失敗に終わり……私が引き継ぐようにと。あなた様を亡き者に、それが緋月様からの命でした」


「そばにいてくれたのも、一緒に町へ出かけてくれたのも、私を殺すため?」


「そうです。お強いあなた様を私などが殺せるはずもない。何とかしなければと、信頼を得るために必死でした」


「そう……」


 目論み通り、いつしか私は野菊を信頼しきっていた。


「町で怯える様子を見て好機だと直感したのです。あなた様と別れてすぐ、その人間を探しました」


 当主様を遠ざけるために私を留まらせたわけじゃない。野菊が戻ってこないのも当然だ。


「人間はすぐに見つかりました。向こうもあなた様の様子を伺っていましたから。そして私は逃げ帰った。これで戻ることはないだろうと安堵したのです。けれど朧様は……」


 私の元に来てしまった。そして共に囚われて……これについては本人が望んだことらしいけれど。


「町で姿を眩ませたと、あなた様は逃げたとお伝えしたのです。けれど信じていただけませんでした。朧様はすぐに探しに向かわれて……」


 野菊は覚悟を決めたように踏み出す。藤代は警戒するが、その表情は私に危害を加えるようなものではない。

 私は無事に帰ってきてしまったけれど、緋月の目論見は少なからず成功している。だってこんなにも、胸が痛い。息が苦しい。


「自分がしたことの愚かさを思い知しました。朧様には、あなた様が必要なのですね。主に背いた身です。処分はいかようにも、たとえこの首であろうとも差し出しましょう」


 野菊は深く頭を下げた。

 しだいに渦中の私たちを取り巻く者が増えていく。主人の帰還、そして統括の引き起こした事件となれば見物もしかり。屋敷の妖たちは不安げに様子を見守っていた。


「――と言っているが、椿。処遇はどうする?」


「私が決めて良いの?」


「ああ」


「赦してあげて」


 答えなんて、最初から決まっていた。間を置かず続ければ場が静まる。というより呆れられている? 特に張本人である野菊は正気かという眼だ。


「失礼ながら、椿様。お咎めなしとは、あまりにも……甘すぎるのではありませんか?」


 藤代が異を唱えているけれど判断を誤ったつもりはない。


「野菊の言う通り、私がいけないの。私が間違う前に教えてくれただけ」


「何をおっしゃいます! あなた様を害しようと、疎ましく思っていたのですよ!?」


「それが普通、何もおかしいことじゃない。おかしいのは、朧」


 そう、朧だけが最初からおかしいの。


「緋月様に、進言いたしました……」


「自分の役目を果たしただけ」


「ですがっ!」


「そんなに罰が欲しい?」


 なおも言い募りそうな野菊に私も踏み出す。


「ここへ、戻ってほしくなかった?」


 かつて私は妖が悪だと決めつけていたけれど、そうではないと身をもって学んだ。だから野菊を悪とは呼べないし、首まで差し出して罰を欲する優しいひとを咎めることで終わらせたくない。


「……私では緋月様に逆らえません。役目を果たさなければならないのです! けれど私は……あなた様を、殺したくないのです!」


「なんだ、私と同じね」


 今でもはっきりと憶えている。殺さなければ、でも殺したくない。私が朧を前に悩んでいた頃と同じだった。殺さなくてはいけないのに心は嫌だと叫ぶ。そうしているうちに身動きが取れなくなって判断を鈍らせる。野菊も同じ気持ちを抱き躊躇ってくれた。だからこうしてすべてを話してくれる。


「私もたくさん罪を犯した。でも朧はそれでも良いと言ってくれた。だから私も野菊を赦したい」


「そんなっ……」


 野菊はいよいよ顔をゆがめて泣き始める。


「朧のことを大切に思って行動したんでしょう? だから信頼出来るし、私にはそういう相手が必要。野菊がいてくれないと困る。罰が欲しいというのなら私に仕え続けて。それが罰」


 一人一人の顔を焼き付けるように周囲を見渡せば、これまであまり会話をしたことがない妖もいた。そんな彼らにも了承を取るように宣言しよう。


「誰か、異論のある者は?」


 名乗りを上げる妖はいなかった。あとは本人の了承だけという状態で目配せする。


「さあ、野菊」


 躊躇う姿に、朧を真似て手を差し出す。


「椿様、お手が!」


「手? あ、ごめんなさい」


 そうだった。札に触れたせいで焼け焦げたような痕になっている。こんな手では握りたくないはずだ。戻そうとすれば、それ以上の速さで掴まれた。


「私のせいでっ、こんな――、申し訳ありません!」


「野菊のせいじゃない。それにおかげで、少しは強くなれたと思う。緋月が怖ろしいというのなら私が守る。だからそばにいて?」


「……はい、はいっ!」


 涙に濡れた声。刹那、労わるように手が包まれた。


「二度と裏切らないと誓います。今度こそ、たとえこの命が危険に晒されようとお守り致します。どこまでもついて行かせてください。機会をいただけるのであればどうか、もう一度仕えることをお許しください!」


 望んでいた返答に緊張が和らぐ。でも不満が一つ。


「私が守るから、自分は大切にして」


「なんという慈悲深さよ……」


 どこからかそんな呟きが聞こえ拍手が巻き起こる。野菊の無事を喜んでいるのだろう。人に繋がりがあるように、妖にも繋がりという情があるのだから。

 これでいいかと朧を見やる。甘すぎると言われようが訂正するつもりはない。


「君は……」 


「私には野菊が必要。大切なひとだから」


「惚れなおしたぞ」


「どうしてそうなるの!?」


「懐の広さは申し分ないが、野菊にばかり執心とは妬けるな」


「……そういう話だった?」


 どこか論点のずれ始めた会話に首をかしげるも懐かしさを感じる。

 藤代は神妙な口調で「失礼ですが朧様。あちらの方は、本当に椿様であられますか?」などと問いかけていた。

 私、そんなに変わって見える?

閲覧ありがとうございました。

次が最終話となります。

あと少しお付き合いいただけると嬉しいです!

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