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二十、夢の終わり

いよいよ展開が動きます!

 私が望めば外出を許可すると、あらかじめ朧は藤代に話していたらしい。私がそう望むことなんて、わかりきっていると言われているようで腹立たしかったけれど、信じていてくれることが嬉しかった。朧は私を信じてくれている。最初にかわした約束――逃げないというあの誓いを。


 私は野菊と町に向かっている。今日は天気も良くて楽しみですねと野菊が顔を綻ばせるから……朧への腹立たしさなんてすぐに消えてしまった。

 野菊はどんな動きをしても完璧な影を演じてくれた。さっそく件の団子屋へ案内してくれるそうだ。なんでも持ち帰りはできないが他にもお勧めがあるらしい。

 道すがら、人気がないのをいいことに足元の影へ問いかける。


「野菊は、私が怖ろしいとは思わない?」


 朧は緋月の元へ向かい、もちろん藤代は屋敷に留まっているので二人きり。けれど誰も私たちが二人で外出することを心配していない。逃げないと誓った朧だけでなく藤代も野菊も。ただ「お気をつけて」と声をかけられるだけで、すんなりと見送られてしまった。拍子抜けだ。


「何を怖れることがありましょう。椿様はお優しい方ですもの」


「……そう」


 くすぐったいのは髪が揺れるからだけではないと思う。


 案内された団子屋は噂通り繁盛していた。しかし幸いなことに土産用の列は長いが店内の席は空いている。店内は薄暗さもあり、これなら野菊を戻しても大丈夫だろう。自分だけ食べていては申し訳ない。

 店に入ると死角をついて野菊は人の姿へ戻った。


「お客様、本日は天気も良いですし外で召し上がられてはいかがです?」


 気を聞かせてくれたのだろうけれど、断ることが決まっているので申し訳ない。


「私は中で大丈夫。野菊は外へ行って構わないから」


「椿様!」


 どうしたって私は行けない。野菊まで付き合う必要はないだろうと彼女のためを思ったのに、何故か怒られた。


「お心遣いは感謝いたします。ですが私が椿様とご一緒したいのです。お嫌ですか?」


「拒否する理由はない、けど……」


「でしたら構いませんね。二人とも店内で頂くことにします。それと、席は奥の方でお願いできますか?」


「はい。かしこまりました」


 通されたのは一番奥の席で窓からも離れている。野菊は私のためにこの場所を選んでくれたのだ。


「野菊、ありがとう」


「感謝されることなど何もございません。本来私は席を共にすることは許されない身分。無理を申し上げたのは私なのですから」


 確かに野菊はそばに控えることはあっても朧とは違い一緒に食事をすることはなかった。


「朧が主人だというのはわかる。でも私はそれに連なる立場じゃない」


「朧様の奥方様になられる方ですもの。私などとは身分が違いすぎます。それを承知で無理を申し上げたのですから、非難はされど感謝などもったいないことです」


 彼らは未だに信じているのだろうか。私が朧の妻になると本気で。


「私はいずれここを去る人間。だから私にまで身分を気にする必要はない」


 はっきり宣言すれば野菊は申し訳なさそうに切り出した。と言うより、まだ躊躇っているようにも感じる。


「椿様、あの……。無礼であることは承知していますし、大変失礼だとも理解しているのですが……」


「気持ちはわかった。でも言いたいことは言ってほしい。私に答えられるかはわからないけど」


「では! 椿様は朧様を愛していらっしゃるのでしょうか!?」


 まさかの質問に二の句が告げない。


「も、申し訳ございません!」


「私が許可したの。謝ることはない、けど……」


「その、どうしても気になってしまいまして! と言いますか、わたくしだけではなく屋敷中の者が気になっていると申しますか!」


「……野菊、可愛い」


「へっ?」


 つい口に出ていた。


「あ、その、これは!」


 私は一体何を、妖相手に可愛いなんて! けれど本当に、顔を赤くして戸惑う野菊は可愛かったのだ。これもまた私には持ちえない魅力である。


「野菊はいつも憧れるほど完璧だから。でも今みたいに慌てている野菊は、可愛いと思う」


「も、勿体ないお言葉です」


 二人して照れる羽目になったので早く話を戻そう。


「質問、まだ答えてなかった。私は愛というものがよくわからない。愛するというのは、その相手が大切ということ? だとしたら敵である朧は違う」


 同時に決して愛してはいけないひとなのだから。


「椿様、そんなことを申し上げては朧様が悲しまれます。ですからこれは女と女の秘密にいたしましょう」


 悪戯っぽく微笑む野菊の表情、これもまた初めて見るものだ。屋敷にいるだけでは知れなかったこと。


「わかった。でも朧が悲しむとは思えないけど」


「あれで繊細な方ですもの」


「野菊は朧を良く知っている?」


「はい。ずっと、お仕えしていますから」


 聞けば藤代の次に長い付き合いだと言う。ならばと弱点についても訊いてみたが、参考になりそうなものは得られなかった。


 市を覗きながら朧のことを考えた。


 今頃どうしている?

 緋月とどんな話を?

 無事なの?


 きっと野菊が朧の話をしたから思い出してしまうのだ。朧を狩るのは私。だから無事に帰ってきてくれないと困る、それだけのこと。しまいには喧嘩別れのようになってしまった最後も気になり始め、こんなことならいつ戻ってくるのか藤代に聞いておけばよかった。

 たまらなく朧と見た月が恋しい。謝ろうと思う。謝って、あの時間をやり直したい。朧が帰ってきたなら、また酒を注ごう。そして――


「いい気なものだな影無し」


 身体が動かない。指一本でさえ、私の思い通りにならない。凍り付いたように体温が下がるのに胸だけは激しく音を立てる。


 どこから聞こえた?


 すれ違った?


 だとしたら、後ろ……


 私が立ち尽くしていたのは道の真ん中。緩慢な動作で背後を見るも異変はない。気のせい、だろうか……


「椿様、どうされました?」


 喧騒に紛れこませるように野菊が気遣ってくれる。

 ひとまず端へと移動する。建物と建物の間、そこは薄暗く野菊が変化を解いても問題はない。


「知り合いが、いたような気がして……」


「顔色がすぐれません。その知り合いとやらは、よほど怖ろしい相手なのですか?」


 固く握りしめた手に野菊が触れていた。私を安心させようとしているのだ。


「水を貰ってまいります」


「でも!」


「ここに隠れていれば大丈夫です。見つかることはありません。どうぞしばしこちらでお休み下さませ」



 あの瞬間、私は見つかったと思った。まるで見つかりたくなかったとでもいうように焦りを感じた。

 それはこの平穏が終わってほしくないと望んでいたから?


 いくら否定しようとも、私の不安と同じように空は暗くなってく。

 早急に妖屋敷へ帰るべきだろうか。けれどもしつけられていたら、屋敷の者たちに迷惑がかかる。何より、こんな中途半端な私が帰って、いいの?


 じきに日が暮れようろしているが野菊は戻らない。何かあったのかもしれない。完全に夜になれば私も動ける。とにかく野菊を探そうと思う。


 ジャリ――


 それは夢から覚める音だったのかもしれない。


「野菊?」


 しゃがみ込んでいた私は足音に顔を上げ、目を疑った。


「あ……」


「生きていたのか」


 記憶が見せた幻ではなかった。

 少しかすれた老人の声は嫌というほど耳にこびりついている。


『人でいたければ人の役に立て、妖を狩れ』


 浅ましい、怖ろしい、汚らわしい――


『影がない人間などいるものか』


 あらゆる侮辱を含ませなじりながら私に『贈り物』をくれた人。望月家の当主様がいた。

閲覧ありがとうございました。

実はここからがこの物語で何より書きたかった部分になります。

なのでできるだけ早く続きをお届けできればと思います!

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