十八、増えていくもの
閲覧、ブックマーク、評価、とても励みになります! にもかかわらず、お待たせして申し訳ございません。
何より、こんな作品に感想を下さる方がいらっいました。読んで下さっただけでも有り難いのにお言葉までいただけるなんて! ありがとうございます。とてもとても嬉しかったです。こんな話が読みたいと自給自足し始めた私なので、いただいた言葉の一つ一つが嬉しかったです。ご期待に沿える出来になるかわかりませんが、また更新できるよう精進したいと思います。
この皆様への感謝の気持ち。どこでお返しすればいいのかと考えた結果、更新が一番のお返しかもしれないという結論に至った次第です。それでは、少しでもお楽しみいただければ幸いです!
どうしてこうなったのか。今日もまた、終わりのない問答を繰り返す。
朧が私にくれた物はたくさん。着物から装飾品、たとえばこの名ですら彼から贈られたもので。名無し、影無し、それが私という存在だったはずなのに。朧は私を変えようとする。何かあるたびに違うと否定して拒絶して、抗っているはずなのに……朧はしつこい。
今も私は『椿』と呼ばれている。思い返せばこれが初めて朧からもらったものだ。押し付けられたというほうが当てはまるほど強引だったけれど、そのたった三文字の響きが私を狂わせていくようで……。
取り返しがつかなくなる前に、早く――
「椿。一つ閃いた」
また今日もその名で呼ばれる。
とたんに警告を囁いていた自分の声が遠のいた。朧は何気なく呟いたかもしれないが、私にとっては現実へと引き戻されるきっかけだ。
どうして朧が……
ゆっくりと記憶をたどれば、確か私は藤代との稽古に励んでいたはず。
藤代は無知な私に驚くことはあっても呆れることはしない。だから私も素直に教わることができていた。
筋が良いと語る姿は本当に満足そうで、悪いところがあれば指摘もしてくれる。他の者に教えられた経験がないので正確さに欠けるけれど教え方は上手いと思う。
でも今日は――
違う。もうずっと、今日だけじゃなくて。私は焦っていた。
ここへきてどれくらいたった?
それが未だ藤代という相手さえ越えられない。こんなことで本当に朧を……
何もかもが私を焦らせていたと思う。見かねた藤代にも休憩を進められたくらいだ。
「君、聞いているのか?」
それがいつの間にか元凶が隣を陣取っているけれど、稽古に疲れた体では別の場所へ移動するのも億劫で。何よりも私が移動するのは負けたみたいで嫌だった。
「聞いている」
朧は満足そうに、そうかと微笑んだ。
「そこに立ってみろ」
そこと指示されたのは日の当たる庭先で真っ先に嫌がらせかと疑った。
「朧……」
じっと睨み付ける。相変わらずだがこの妖は唐突に何を言い出すのか読めない。
「言ったろ、閃いたと。試してみたいことがある」
「……わかった」
卑屈になりながらも私は足を動かし太陽に照らされてやる。やはり足元には影がなく、私にとって太陽は敵だ。
これは戒め。名無し、影無し、あの頃の自分を忘れてはいけない。私は日の光の下を歩けない。
人の葛藤なんて知らない朧は、やはり影がないなと勝手に納得している。
そんなことお前に言われるまでもない!
「野菊、手はず通りに頼む」
「はい。お任せ下さい」
朧に呼びつけられたであろう野菊が私の隣に立つ。二人の間ではすでに話がまとまっているようで、ついていけないのは私だけだ。
「君は立っているだけでいい」
わかったと頷いたけれど全然わからない。
「それでは椿様、失礼いたします」
ポン――という景気良い音がしたかと思えば、煙に包まれた野菊は姿を消した。どこへ行ったのか、朧に視線を向ければ指で足元の方を示される。
「こんなことって……」
唖然とするのも無理はない。
私の足元には黒い塊がある。体を動かせば形を変え、足を動かせばついてくる。それは紛れもない私の影と呼ぶべきものだ。
「これ、まさか野菊?」
「はい、私にございます。私も変化は嗜んでおりますから」
影に向かって問い掛ける。そして影が答えるという不思議な現象が起こっていた。
「これでいつでも町に行けるだろう。また付き合ってくれないか?」
また。それはまた、二人であの日のよう外出したいということ?
あの雨の日のような時間を過ごしたいと朧は望んでいる?
「朧は、私でいいの?」
「ああ。君が良い」
藤代でも野菊でもなく私。だとしたらその判断に至った理由について上げられるのは一つ。
「また私をもてあそぶのね」
「おい、どうしてそうなった!? 表現に問題がありすぎる!」
朧が項垂れ、身を乗り出す。忙しい妖だ。
「私は言葉選びを間違えた? ええと、これが違うなら……からかう?」
「俺がいつ君をからかったと?」
「わりといつも。町に行った日は、特に酷かった」
あの雨の日はさんざんに振り回された。出かける瞬間から傘を隠され、人に溶け込み生活している妖と引き合わされ……思い返しても恨みがましい。まず警戒して損はない。
「君が可愛くてな」
嘘に決まっている。どうせ面白くて、だろう。つくづく講師が藤代で良かったと思えた。
でも、こういう時に告げる言葉は決まっている。
「たとえどんな思想が入り乱れようと……ありがとう」
「随分と前置きの長い感謝だな」
「お前が悪い」
ただ正直に感謝だけを告げさせてくれない妖。一筋縄でいかない朧が悪いのだ。
「恐れ入りますが朧様、椿様。私は席を外しましょうか?」
そうだった。影があまりに自然で野菊の存在を忘れていたなんて不覚。
「あの……必要ないけど、どうして?」
「良い雰囲気でしたので、これ以上邪魔になる前にと進言させていただきました」
さすが女方の筆頭、気遣いができる。
「必要ない」
切り捨てれば朧も同意する。その通りだ。どこに良い雰囲気が――
「気を使わせて悪いが心配には及ばない。もっとも椿が望めば話は変わるが」
途中までは同意見だったのに。後半、何故ちらりと私の反応を窺う必要があるのか。
「朧。特訓の成果、刻ませて」
「やれやれ、手厳しいな」
諦めたように肩を竦める朧がようやく退散する意思をみせる。
入れ違うように藤代が戻り稽古が再開されようとしていた。
野菊はそのまま私の足元に。なんでもどんな動きにも対応できるよう彼女も特訓するそうだ。
朧が与えてくれた小さな奇跡。嬉しいと感じたことは否定できないけれど、私にとっては焦りに拍車をかける材料でしかない。着物に装飾品ばかりか、形のない贈り物まで増えていく。
これは私を絆すための手法に違いない。誰だって命を狙われるのは心が休まらないはず。だから私という脅威を消し去りたいのかもしれない。
でも本当に、朧は私を懐柔しようとしているの?
そんな回りくどいことをしないで殺してしまえば済む。朧にとっては容易いことだろうにそうしないのはどうして、なんで……考えるほどその答えに行きつくばかりだった。
私なんかがお前に相応しいと本気で思っているの?
閲覧ありがとうございました。
延々悩んでばかりいる椿ですが、実は私も悩んでいます。
……ずっとこんな日々が続けばいいよね!
椿さん、過酷な運命ばかり背負わせて本当にごめん!
それくらい愛着が湧いています。でも大事なことがからと自分に言い聞かせ、書くことは止めません。ごめんなさい!
そんな内容も早く皆様にお届けできればと思います。




