質問する
にゃーちゃん事件の日以来、私は桐谷とわりと話すようになった。
昨日みたバラエティー番組、いま話題の芸能人のゴシップ、最近やったゲームに、好きな音楽アーティスト。
こうして考えると、桐谷はいたって普通の男の子な気がしなくもない。
会話は弾むし、かといってそんなベタベタなわけでもなくさっぱりした受け答えで、なんというか実に話しやすい。
だからこそ、質問してみた。
「桐谷に関するあの噂ってほんとのことなの?」
「あ?噂?」
「ほら。授業出席しないだとか、女の子は日めくりカレンダーだとか」
「それか…てか日めくりカレンダーてひどくね」
「まあまあ」
「あー半分本当、てとこだな」
「半分?」
「全部本当だったらいま俺ここにいないだろ」
「あ、そっか」
ちなみに今は授業中である。
教科は現代文。
担当が定年間近のおじいちゃん先生だからか、私たち以外の生徒も寝るか喋るか携帯をいじるかで、真面目に授業を受けている人はほとんどいない。
麻衣ちゃんにいたっては、携帯どころかPSPしてやがる。
なんつー恐ろしい子だ。
「俺がサボるのは、体育とかタルいやつ。あとたまに数学」
「へえ」
「あーでも女遊びが多いってのはほんとかもな、日めくりカレンダーは言い過ぎだけど」
「……」
「向こうから勝手に言い寄ってきて勝手にどっか行くから、付き合う期間がみじけぇんだよ、わるいか」
「いえべつに」
「あとは…まあ喧嘩は…する、な」
「あ、そうなんだ」
「ついカッとなると手が出ちまうんだよなー」
「いまの完璧に犯人の自供だったよ」
「うるせぇ」
うーん話しを聞いてるかぎりたしかに桐谷は不良だけど、噂ほどの悪行をしてるわけではなさそうだ。
そうなるとまた1つ疑問が出てくる。
「なんでそんなに噂がひとり歩きしちゃってるんだろうね」
「俺が知るかよ。顔が怖ぇとか、そういうことじゃねぇの」
「こわい…あーたしかに目つきは悪いよね、顔がいいから余計迫力があるのかな」
「さぁな」
「顔がいいっていうの否定しないんだ」
「べつに、事実だろ」
「…そうですね」
「あとはここの学校のヤツら、真面目なのが多いしな」
「そうかな?」
「寝てるヤツはいてもサボるヤツはなかなかいねぇだろ」
「あー」
「俺みたいなヤツは目立つんじゃねぇの。友達を積極的に作ってきたわけでもねぇしな。用がないかぎりめんどくせぇからあんま話しかけねぇし」
「私とはいま喋ってるじゃん」
「それは、なんというか、なり行きだろ」
「ふうん」
つまり、この学校にしては珍しい不良で、なおかつ迫力があり、あんまりクラスの人と話したりもしないから、噂が訂正されないまま広がっていったってところかな。
「桐谷はいいの?」
「あァ?」
「誤解されたままで」
「誤解もなにも…態度がわりぃなのは事実だしな、それを直す気もねぇし。クラスの連中とムダにつるむ気もねぇから、まあべつにいいだろ」
「でもさ、」
もったいないよね
そう言おうとしたとこで、授業終了を知らせるチャイムが鳴った。
会話が途切れてしまったが、仕方ない。
みんながゾロゾロと起立するのに合わせて私と桐谷も起立し、号令に合わせておじいちゃん先生にあいさつする。
先生が教室から出ていくと、10分休みに入り、周りも自然とにぎやかになってきた。
「さっきお前なんか言おうとしてなかったか」
「いや、大丈夫」
「ん」
あ、そういえば話してばっかりで現代文のノート全然映してないや。
んーっと軽く伸びをする桐谷を横目にみる。
ま、いいか、あとで友達に借りよう。麻衣ちゃん以外の。
「桐谷、次の授業なんだっけ」
「体育。俺は保健室」
教室をのそりと出ていく桐谷の後ろ姿を見ながら、私はさっき掛けようとしていた言葉を頭の中にグルグルとめぐらしていた。