戸惑う
なんだこの気まずい空気。
いつの間にかこっちを向いていた桐谷くんの眉間にみるみるシワがよっていく、うわあ…。
「あ、えと、なに?」
「…お前先言えよ」
「いや、ほんと大したことじゃなくて…桐谷くんどうぞ」
「……お前さあ、」
ムカつくから一発殴らせろよ
とか言われたらどうしよう。
ああでもその時はおとなしく殴られたほうがいいのかな
などと私が勝手にビクついているのを知ってか知らずか、よりその眉間のシワを深くした桐谷くんが放った言葉は意外なものだった。
「お前猫すき?」
「…え?」
ね、こ?
桐谷くんの口から飛び出た単語はあまりに予想とかけ離れていて、思わずポカンとしてしまう。
「だから、猫。好きか嫌いか聞いてんだよ」
「いやすき、です、けど…」
「…そうか」
心なしか少し嬉しそうな表情になる桐谷くん。
いや、ちょっと、意味がわからない。
仮にも校内でその名を知られている不良が、席替えでたまたま隣になっただけの、今まで話したこともない女子に言うセリフじゃないだろう。
ていうか、なんで嬉しそうなのこの人。
桐谷くんは若干ニヤついたまま、
「なあ、少し頼みがあるんだけど」
と続ける。
「内容を聞かないと、なんとも言えないけど…ひとまず話しなら、聞くよ…」
彼はコホン、と軽く咳ばらいをして真剣な表情になった。
「お前、猫飼わないか」
「…どういうこと?」
当然疑問を示した私に桐谷くんは話しだす。
「実はよぉ先週の放課後、
空地で捨て猫拾ったんだよ。で、しばらくかまってやってたら懐かれちまって…でも俺の家は母さんがアレルギーで飼ってやれねえ。無理させるわけにもいかねぇし。かといってこのまま放っておくのもかわいそうだろ」
「………」
「だってまだ子猫だぜ、子猫。あいつ甘えん坊だから今ごろ鳴いてるかもしんねぇ」
「………」
「誰か知り合いに頼もうにも、俺の周りにはろくなヤツいねぇし…それよりは猫好きなヤツにもらってもらったほうがいいだろ」
話し自体は、よくわかった。
私に声をかけた理由も。
だが、小猫を見捨てられないだとか、実はお母さん想いだとか、たかだか2、3分話しただけだというのに私が今まで桐谷くんに抱いていたイメージというものは大きく塗りかえられてしまった。
「…私の家はペット禁止のマンションだから無理だけど、ご近所さんに猫好きな人いるから帰ったら聞いてみるよ」
「まじか、ありがてぇ」
お前いいやつだな、と嬉しそうに笑う桐谷くん。
じつに上機嫌そうである。
ああなるほど、さっきまでイライラして見えたのはその子猫のことが心配だったのか。
なんだか、なあ。
「そうだ、今日の放課後一緒に子猫の様子見にいこうぜ。空地に雨よけ作っておいてるんだ」
「えっ」
「猫好きなんだろ、かわいいぜ」
「…い、く」
「決まりだな」
ふんふんと、鼻歌を歌いだす勢いの桐谷くん。
というか勢いで言ってしまったがいま私、とんでもないことになってないか?
なんやかんやで時間は過ぎていき、放課後。
いつも一緒に帰っている麻衣ちゃんに今日は桐谷くんと帰ると伝えると、ものすごい目で見られた。
ちなみに事情もきちんと話したが、ありえない、と一刀両断され、なかなか信じてもらえなかった。
まあそりゃそうだよね。
●帰り道にて●
「桐谷くんって動物とか好きなの?」
「ああ、猫とか犬とか…は母さんの関係で飼えなかったけど、よくペットショップとか覗いたり…てかお前、その桐谷くんってのやめろよ。気持ちわりぃ」
「え…じゃあ、桐、谷…?」
「おぅ」
「…桐谷って全然イメージと違うよね」
「あァ?」
「やっぱりなんでもないです。…あ!猫ってあれ!?え、うわあ、かわいい!」
「だろ」
「うわあ…小さい…モフモフしてる…かわいい…。名前とかつけてるの?」
「にゃー」
「いや鳴きまねじゃなくって、名前」
「だから、にゃー」
「…は?」
「猫ってにゃーって鳴くだろ」
「え、にゃーって名前なの?嘘でしょ?」
「嘘ついてどうすんだよ」
「…」(あぁ、桐谷って、バカなんだ)