近づく
(だめだこの人怖い、予想以上に怖い)
いま私の隣の席で、机に乗せこそはしないものの足を大股に開いて、腕を組み、これでもかというほど黒板を睨みつけている人物を皆さんご存知だろうか。そう、桐谷くんである。
私は中学2年生になって桐谷くんと同じクラスになった。
けれどそこは私みたいなごくごく一般的な生徒と、不良の桐谷くん。
私にだってそれなりに仲のいい男友達はクラスにいるけれど、グループがかけ離れすぎている。
だから、5月になってようやく新しいクラスに馴染むようになってからも、桐谷くんと話したことはなかったし、これからもあまり関わることはないだろうと思っていたのに。
わいわい、がやがや。
そんな効果音が聞こえてきそうな教室内。
そんな中私と桐谷くんの周りだけやけに空気が重たい気がする。
ああ桐谷くんがさっきからイライラしてるように見えるのはこの騒々しさが原因なのかな。
でもしょうがないよね、誰だって席替えしたらはしゃぐもんね。
クラスが変わって、定席状態で1ヶ月を過ごしてからのはじめての席替え。
この席替えでどれだけ新しい友達を作れるかは、3年生もこのクラスで過ごすことを考えればひとつのキーポイントになってくるだろう。
私だってはしゃぐ気満々だった、それなのに。
くじで私が引いた席は、窓側の一番うしろ。つまり、左隣と後ろに席がない。
ちなみに前の席は話したこともない男子だった。
右隣には桐谷くん。逃げ場もない。
さっき、どうしよう、と定席で仲良くなった麻衣ちゃんに声をかけようとしたら麻衣ちゃんは明後日の方向を見ていた。そりゃないぜ友よ。
…なにか話しかけたほうがいいのかな。
桐谷くんをちらっと盗み見ながら考える。
艶のある黒髪の奥にある切れ長の目は、相変わらず黒板を睨みつけていて、少なくとも穏やかに談笑できる様子ではなさそうだ。
別にこのまま話しかけなくてもいい気もするけれど、挨拶ひとつないのは感じが悪いかもしれない。
隣になった以上はこれからいろいろと関わりも多くなるだろうし…
ああ、たしか小テストの丸付けも隣の人と交換して、だったなあ。
それにクラスメートである人と、1度も言葉を交わさず中学卒業なんていうのはさすがに…寂しすぎる。
依然として騒がしい教室を見渡す。
うん、まわりの皆も新しい友達作りに励んでることだし。
よし、ここは一発、元気よく話しかけてみよう。
想像はできないけれど、もしかしたら桐谷くんもにこやかに返事してくれるかもしれない。
なんかそんな気がしてきた。
ふう…とひとつ深呼吸。
よっしゃ、
「きりた…「おい、」
かぶった。