表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

-Pumpkin-

 アイスクリーム・サタディ -Pumpkin-



 十月、最後の一日が終わる二分ほど前。

 からりと晴れた秋晴れの余韻が、夜闇を満たす大気に残る、過ごし易い夜。

 明日に備えて、そろそろ眠ろうかと思っていたときのこと。小さく、ノックの音が部屋に響いた。


「ん……?」


 雑誌から目を離して、玄関にと向ける。平日、こんな時間に訪ねてくる知人はいない。当然、宅配便の類であるわけもない。

 首を傾げながら、腰を浮かす。心当たりがないからといって、居留守を決め込むわけにもいかないからだ。


「はい、どちらさま――……」


 唖然として、口を噤んだ。どうやら自分が寝ぼけているのではないと判るまで、数秒を必要とした。

 目深に被った黒のとんがり帽子に、肩口から膝下までをすっぽりと覆った闇色のローブ。御丁寧に、右手には三十センチほどの杖を握っている。要約するなら、そこにいたのは魔女だった。


「トリック・オア・トリート」


 よく判らない状況だった。ただ、その声の主が誰かだけは、直ぐに判った。


「……何やってるんですか、片桐さん」

「キミはノリが悪いな、全く」


 どこか醒めた瞳で僕を一瞥して、彼女は、面白くもなさそうに帽子を脱いだ。色素の薄い亜麻色の髪が、闇に浮かび上がる。


「その恰好で、歩いてきたんですか?」

「まさか。今ここで、羽織っただけだよ」


 見れば、口が開いたままのボストン・バッグが戸口に転がっている。そういえば、いつも彼女は手ぶらで訪れる。珍しいことといえば、珍しいのかもしれなかった。もっとも、珍しいといえば、彼女が平日に訪れることなど滅多にないことでもある。


「まあ、いい。お邪魔するよ」

「どうぞ」




「……で、一体全体、何なんです?」


 手を止めて、彼女は、アイスクリーム以外のもの――僕にと、視線を向けた。アイスクリームを食べている最中の彼女が、だ。ベッドに腰掛けている彼女は、それどころか、肩から掛けたままのローブをひらひらと揺らしてみせた。話しかけて返事さえないこともあるのだから、これは特筆すべきことだった。


「魔女以外のなにかに見えたかい?」

「いえ」

「それはよかった」


 小さく頷いた彼女は、アイスクリームを一掬いして、その小ぶりな唇のあいだにと送り込んだ。そこで何かに気づいたように、また、こちらへと視線を動かす。プラスティックのスプーンを咥えたままで。


「もしかして、ハロウィンを知らないってわけじゃないだろうね?」

「知ってます。お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ、でしょう」

「なんだ。ちゃんと理解しているじゃないか」


 僕が聞きたいのは、決して、そういうことではなかったのだけど。諦めて、僕は溜息を吐いた。たまに、彼女はよく判らない行動をとる。それでいて、別段、それを楽しんでいるようにも見えないのだから、こちらとしては対応に困ってしまうのだ。


「ああ。ところで、まだ返事を貰ってなかったね」

「何のですか?」

「さっき言ったろう。トリック・オア・トリート、って」


 僕は黙って、彼女が手に持ったアイスクリームのカップを指した。パンプキン。彼女が好むアイスクリームの銘柄の、季節限定品。我が家の冷凍庫には、彼女のために常に何種類かのフレーバーが備えてある。新しく見かけたので、買っておいたものだった。


「……ああ、うん。成る程ね」


 納得したように、彼女は手元のカップに視線を落とした。カボチャ味のアイスクリーム。ハロウィンのつもりで用意したわけでもなかったけれど、わざわざ馬鹿正直に告白して悪戯の道を選ぶほど、僕は酔狂な人間ではない。

 悪戯といえば、たまたまハロウィンらしいフレーバーがあったからいいようなものの。僕がキャンディだのクッキーだのの用意をしているなどと、彼女が期待していたとは到底思えないのだけど。


「そういえば、悪戯の場合はどうなったんです?」


 訊ねると、アイスクリームを口に運ぶスプーンが、空中で一瞬だけ止まった。彼女はそれを口に運んでしまうと、驚くべきことに、アイスクリームを食べている途中でカップを置いた。


「知りたいかい?」


 ごく僅かな違いだったが、その声は、何やら愉しげなものだった。それで、先刻から彼女がハロウィンの話題に示す反応も納得できた。衣装まで用意してきたくらいだ、悪戯も何か考えてきたに違いない。せっかく仕込んだネタを出さずに終わるのは、誰だって不本意だろう。


「興味はあります」


 応じた直後だった。彼女がすいっと動き、僕の視界一杯に広がっていた。こんなに素早く動けたのかと妙な感心を抱く一方で、唐突な事態に思考が置いていかれている。


「……お菓子をくれたけど、悪戯もしようか?」


 体温が伝わるほど間近。悪戯っぽく歪んだ口許が、ごくごく近い。アイスクリームと彼女の、甘い香りが鼻腔に届く。


「い、悪戯って。片桐さん、ちょっと……」

「――トリック・オア・トリート?」


 有無を言わせぬ問いが、耳元で囁かれる。音声と共に流し込まれた吐息が、ぞくぞくとした微電流を背筋に流す。

 ああ、もう――こんなの、答えはひとつしかないじゃないか。腹を括る。


「あの、トリック、で……」

「うん。じゃ、目を瞑ってくれるかな」


 こんなときでも平静を保つ彼女の声に、僕はただ、従うほかなかった。目を瞑って、彼女の温かい唇が触れるのを、じっと待つ。待つ。じっと――、


「――ひ、ゃっ!?」


 突然、首筋に押し当てられた冷たさに、文字通り飛び上がる。思い切り仰け反って、先刻までとは別の理由で早鐘を打つ心臓を宥めにかかる。なんだ、いったい何が。


「悪戯成功、のようだね」


 アイスクリームのカップを手にして、満足げな声。それで、僕は全てを悟ることになった。


「最初から、全部が引っ掛けだったんですね……」

「人聞きの悪い。キミが悪戯のケースを知りたいというから、したんじゃないか」


 それは、全くそのとおりではある、のだけれど。なんというか、ひどい。諸々を脳裏に浮かべて、耳まで熱くなった。

 そんな僕を横目に、彼女は残りのアイスクリームを食べ終えて。

 空いたカップを片付けて戻ってきたあとで、今度は、小さく笑って言ったのだ。


「そういえば――キミから問われたら、どう答えようか。お菓子は持っていないんだけどね、ちなみに」


 ハロウィンのお約束を口にするべきなのか、どうか。とうに十一月になったのにも気付かずに、僕はずっと悩むことになった。

2009年10月31日にMixiにて投稿したものが原型。

7割がたは差し替え・加筆修正となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ