第四話
『行けぇ!!ここは俺が引き受ける!!手前は、姫様を助けに行ってやんな』
『だが、こいつは二人がかりでも勝てるか分からぬ兵だぞ!?』
『俺に指図してんじゃねぇ!!今は、姫様を助けるのが優先だろうが!!安心しな、俺はこんな所でくたばるタマじゃねぇよ』
『お~っほっほ、何を話してるか知りませんが、貴方達はここで滅びる運命なのです!!』
次々と画面に映るイケ面二次元戦士達と、現実世界では先ず恥ずかしくて口には出来ない格好良い台詞の数々。
実際に、この台詞を現実世界で言ってみろ、「アタッ!!アタッ!!アタタタタタタタタタタタッ!!」って、可愛そうな人間みたいに見られるに決まってるだろ。
そんでまぁ、熱血小説や漫画では有り勝ちな展開を繰り広げ、体に大きく負担が掛る最終奥義を繰り出した春原キャラが敵を倒し……
『ざまぁ、みやがれ……』
とか言って、そのまま地面に倒れ伏す。
うん、有り勝ちな展開だが、キャラがイケ面かつ、内容が熱血物なのでその辺は突っ込んでは駄目なのだ。
それに、突っ込んでしまうと、隣で目を輝かして、この熱い展開を喜ぶ千鶴ちゃんに悪いし……
そして、その後、囚われた姫が居る部屋に向かう主人公が映り、敵リーダーの高い笑い声が流れ、終わりを告げるスタッフロールが流れ始める。
実に製作者の方々は、視聴者が次回が気になるような終わり方で終わらす物だ……
心理学でも習ってんのか?
「うぅ、鴇谷の熱血っぷりが相変わらず最高ですぅ。小説で次の展開は知ってますけど、アニメだと小説と違ってシーンの緊張感がより伝わってきますので、凄くドキドキしました♪」
うん、千鶴ちゃん。物凄い喜んでるね。
「そうだね。次話が楽しみだね」
「はい♪それに―――」
「ピザーーーーーーーーーーーーーーーヤ!!オトドケェエエエエエエエエエエエエ!!」
うん、今日は色々と話が妨害される日だね……
千鶴ちゃんが何か言おうとした瞬間に、玄関より奇声が発せられる。
「は~い、今出ま~す!!」
俺は割引券と財布を手に持ち、玄関へと向かう。
そして、玄関のドアを開けると、外にはピザの入ってる箱を持ち、黒いスーツを身に纏い、目には傷ステッカーを付けた配達員さん。
はっきり言って、ひょろっとしている上に、声にドスも入って無いので、先の集団と比べると全然怖くも無い……
所詮はひよっこコスプレイヤー止まりだな。
「お先に商品です。それと、お会計の方ですが、クーポン使いまして1600円です」
そして、受け渡しの時には声が戻るんかい!!
「はい」
千鶴ちゃんにピザ配達員さんの姿が見たいと御願いされたので、彼女も一緒に玄関に出ている。
千鶴ちゃんは物凄く嬉しそうな顔でピザ屋の配達員とその手の中にあるピザの箱を交互に見て受け取る。
配達員にジャストぴったし1600円とクーポンを渡して、「ありがとうごぜぇやした。坊ちゃん、御嬢!!」とか喧しい配達員ことコスプレイヤーさんにはさっさと御帰り戴く。
配達員の姿が消え、ドアを閉めて入念に鍵ロックをして、視線を部屋の中に戻すと、そこにはピザの箱を頭の上に持ち上げて嬉しそうにくるくると回っている千鶴ちゃんの姿が……
あぁ、実に和む……
「なんか、凄くうれしそうだね」
「はい、私、ピザを食べるのは初めてですので」
「えっと……親が厳しいの?」
「そうです……父にこんな西洋のメタボリックシンドロームの素なんざ食ってたらぶくぶく太って養豚場にブチ込まれるぞって言われてて……」
こんな清楚で可愛い千鶴ちゃんの口から信じられないくらい汚い言葉が……て云うか、さっきのスーツ軍団もそうだけど……
千鶴ちゃんの家って何してる家なの……
「す、凄い御父さんだね……そう云えば、今更感全開だけど、僕の名前は山楽夏亀。宜しくね」
「夏亀様ですか。私は……千鶴って言います」
なんか、名字の部分はごにょごにょと小さな声で言うから全然聞き取れなかったけど、名前は千鶴ちゃんで合ってるみたいだね。
てことは……やっぱり、あの人達はこの子のボディーガードか何かで確定か……
もしも、千鶴ちゃんに何か有った日には、暗い夜道は絶対に歩けそうにないな……て云うか、日の目すら拝めない気が……
「そっか、千鶴ちゃんか。可愛い名前だね」
「はわっ!! はわわわ!! そ、そうですか……」
顔を真っ赤にして慌てふためく千鶴ちゃんだが……俺は今、同時に部屋の窓より物凄く恐ろしい物を目にした……
俺のアパートの向かい側のアパートの同フロアの通路に『コンクリ詰め詰めコンクリ子、御池に落とされさぁ~大変』とドングリの歌を最悪な形にワープ進化させた歌詞を、白色の厚紙に血文字で殴り書きした物を持ち上げて俺に見えるように持っているスキンヘッドのオッサン達の姿が……ちなみに、俺と対面して座っている千鶴ちゃんには当然その物騒な集団は見えていない……
つうか、盗聴されてる? さっきのケーキの箱とかにもしかして……うん、後でしっかりチェックしてみよう……
「あっ、あっ、そうだ!! ピザ冷めちゃうから早い所食べよ!!」
ピザの入った箱を開けると、中にはまだホカホカと湯気を挙げているピザの姿が。
うん、久し振りのピザを食べて嫌な事から現実逃避しよう……主に対面のアパートに居る連中から……
「夏亀様、夏亀様!! ピザって美味しいんですね!!」
「うん、まぁ、高カロリーなのは確かだから食べすぎたら駄目だよ……あと、服にソースとか零さない様に気を付けてね」
なんたって、千鶴ちゃんの体重が増えたりしたら、俺がスキンヘッドのオッサン達に沈められる恐れがあるから……
「は、はい。き、気をつけますね」
そう言って、両手で丁寧にピザの1ピースを持ち、頬張る千鶴ちゃん。
それと同時に向かい側のスキンヘッドの顔を窺う。さっきとは、違った厚紙を手に持っておりそこには『千鶴様がさっきのケーキを食べられるとカロリーオーバーになると思うので、全部は出さないで下さい。もしも出すなら、チーズケーキを1個だけと飲み物は紅茶の砂糖とミルク抜きで』と丁寧語で書かれてて、その下には可愛らしいケーキとティーカップの絵が……
しかも、腹が立つくらいに絵が乙女チックで上手い……あのスキンヘッドのオッサン達の誰かが描いたと思うと、逆におぞましく感じる
ともかく、あの人達の書いてる通りに動けば問題は無いだろうな。
まさか気軽に誘ったつもりがこんな事になるなんて……リアルはこれだから怖い……
「あ、そうだ。貰い物のケーキが有るんだけど、ピザを食べ終わったら食べる?」
「えっ、そんなにして貰ったら悪いです」
「良いよ、良いよ。確か……la mia amataって所のチーズケーキなんだけど、良いかな?」
「えっ!? 私、何時もそこのケーキが好きで舎弟じゃなかった……家の人に買って来て貰ってるんです」
今、舎弟って言わなかった……気のせいかな? 気のせいかな!?
舎弟ってアレだよね? 弟分とかそんな言葉だよね?
再び向かいのアパートを見ると『私達は弟です。千鶴様のオトウトダヨ?』と云うプラカードを持つ連中。
年齢的にどう見ても、御前らは兄貴だろ!?
「そ、そうなんだぁ。じゃあ、皿に盛って来るね」
立ち上がり、台所に移動して冷蔵庫の中を開けケーキの箱を取り出す。
そして、中からチーズケーキを取り出して紙皿に乗せ、フォークと一緒に千鶴ちゃんの前に静かに置く。
ちなみに俺の分は後から食べる事にする。何故なら、ケーキは全て違う種類だった為、万が一俺の食べてる別の種類の方が良いと言ったら拙いからだ。
だから、千鶴ちゃんの分だけを出したのだが、そこでちょっとした誤解が発生。
「あの、夏亀様は食べないのですか?」
「えっ? あぁ、俺は後で食べるよ。今はあんまり欲しくないし」
「えっと……じゃあ、半分こしませんか?」
少し何かを考えてから唐突に提案して来る。恐らくだが、千鶴ちゃんに出したのが最後の1個だったとかと勘違いされてしまったのかもしれない。
う~ん、ここはどうするべきか? まぁ、半分貰う程度だったら千鶴ちゃんの摂取カロリー的には逆に減るから問題無いと思うし、変に断るのも拙いから貰っておくべきなのかな?
「じゃあ、半分貰おうかな?」
俺がそう言うと、千鶴ちゃんは嬉しそうに自分の前に置かれたチーズケーキをフォークで半分に切り、その半分にフォークを突き刺して……
「はい、あ~んして下さい♪」
俺の口の前にケーキを運んで……って、いやいやいや!? これって、アレだろ!? 御口にあ~んって奴だろ!?
美少女にして貰う事ほど、確かに嬉しい事は無いけど……って、向かいのアパートの連中が一斉に携帯電話を取り出して何処かに掛けてんだけど!? ちょっと、凄い怖いんだけど!!
「夏亀様、あ~ん♪」
そして、そんな俺の気も知らずに目の前の千鶴ちゃんは無邪気にもう一度言って来る。
俺は覚悟を決めて……
「あ、あ~ん……」
口を開けて食べらせて貰った……
用語説明
la mia amata
イタリアで最愛の人と云う意味の銀座の高級スィーツ専門店。
ケーキ一ピースの価格が1000円を超えてしまったりする、庶民御断りの店。
<別作品のヤンデレキャラは全く関係有りません>
コンクリート
建設などで多く使われている資材の一つ。
他の用途としては、水35ℓ、炭素20kg、アンモニア4ℓ、石灰1.5Kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、珪素3g、その他少量の15の元素で構成されている何かを固めて、海などに沈めたりするのに使われる。
<甲冑の中に猫を飼っているキャラも大奮闘漫画より成分の量は抜粋>