第十話(執筆途中)
バイト先のコンビニにギンジさんに迎えに来てくれるように頼み、無事に和田本家に黒塗りベンツで帰って来た俺は、千鶴ちゃんに会う暇すら与えられず、千鶴ちゃんの親父と感動の御対面。
あぁ、実に涙が出るくらいの感動の対面である。今から、この男と一緒にここ以上に危ないと思われる館に二か所も行き、その主に会うと思うと……
△顎で定番の漫画で例えると、YAKIDOGEZAや血液採取の魔人達が住む館に行くようなものである。
「ヤメロー!! 死にたくない!!」と心の中で俺は大絶叫の真っ最中で、何とかして行かずに済む手は無いかと、バイトや事情聴取で疲れて思考停止中の頭でも思考をめぐらす。
だが、そんな俺の努力に目の前の親父も、スキンヘッドも黒服ベスも気付くことなく……
「銀杏さんと飛鳥さんへの土産なんにしましょうか?」
キンジさんが手土産の話を始める。どうせアレだろ? 暴力団っつったら、手土産には日本酒とかワインとか酒だろ?
それで、それを飲みながら語る的な流れになるんだろ!! 言っておくが、自慢じゃないが俺は酒は滅茶苦茶弱いからな!!
もう、アルコールフリーのノンアルコールビールでも酔えてしまうくらい酒には弱いからな!!
プラシーボ効果で普通に酔えちゃうくらい弱いからな!!
大事なことなので3回言いました!!
「ふむ、そうですね……翠屋かLa mia amataのケーキで宜しいのではないでしょうか? 銀杏様も飛鳥様も大好物ですし、10号サイズを神代一家には5ホール、鳳組には2ホール手土産に持って行けば十分かと思います。あの二人でしたら下手な酒類よりも甘いお菓子の方が喜ばれますので」
「そうじゃな。それに銀杏さんの所は翠ちゃんやクラウンちゃんも居るからのぅ。よし、ギンジ。翠屋に至急作る様に頼んでくれ。あと、千鶴の分も抜かりなくな」
「了解しました。取り敢えず、8ホール焼いて戴くことにします。5ホールは最優先で焼いて戴き、完成次第受け取って神代一家に向かいましょう。それで、夏亀さんの紹介を銀杏さんにしてる間に鳳組の2ホールも焼いて戴きそれを私かキンジで受け取って来ます。それから、直接鳳組に向かうと云う形で時間の短縮を図ります」
酒類よりも甘いお菓子を好む組長って……なんか、可愛いなぁ!!
俺は千鶴ちゃんの親父を更にゴツクし、顔や手に刀剣類の切り傷が入ってたりする男達が笑顔で、グラスに入った酒の代わりにティーカップに入った紅茶を持ち、サラミやビーフジャーキーではなく白い皿に乗った苺のショートケーキを食べてる姿を想像して、吹き出しそうになった。
イメージし辛い人は、フルメタルなパニックの某ラグビー部の進化前みたいな感じと思って戴きたい。
「えっと……手土産に洋菓子ってなんか斬新ですね……」
「何を言っておる? そこら辺の主婦も手土産にクッキーやらケーキやら持って行くじゃろ?」
「もしかして、夏亀様は和菓子の方が好みですか?」
いや、主婦がお友達の家に行ってお茶する感覚で話したらイカんでしょ!!
今から、暴力団の屋敷に行って俺の事を紹介するんだよね!?
「いえ、この手の方たちはどちらかというと、お酒とかを手土産に持っていくイメージが強いので、疑問に思っただけです」
「あぁ、なるほどのぉ。テレビドラマとか漫画の見過ぎじゃな。まぁ、ワシ等も持って行く時は持って行くが、基本は相手方が最も喜びそうなものを持って行くんじゃよ。特に銀杏さんのところは女の子も多いからのぉ」
女の子が多い職場かぁ……なんか、それは俺のイメージとはかなり遠く離れてきたな。
俺の中での神代一家のイメージがというか、暴力団のイメージが少しずつゲシュタルト崩壊しつつある。
やっぱり、漫画とかアニメの見過ぎな所為なのか?
「それでは、行くとしようかのぉ。キンジ、車の準備を頼む」
「分かりました」
「さて、私達も行きましょ。夏亀様」
「うん、そうだね千鶴ちゃんって!? えぇっ、何時の間に居たの!?」
話は全て聞かせて貰ったと言わんばかりに、何時の間にか俺の目の前に現れた千鶴ちゃんは俺の手を引っ張る。
「最初から居ましたよ。私が声を掛けても、夏亀様は『ヤメロー!! 死にたくない!!』とうわ言の様に呟いておられたので少し心配しました」
「ごめん……」
「いえ、気にしてませんよ。大丈夫です、夏亀様。私も一緒について行きますので、心配しないで下さい。それに、銀杏様も飛鳥様も暴力団の方みたいに悪い人ではないので」
俺の心の不安を心配してるのか、千鶴ちゃんは笑顔で俺の手を握ってくれた。
彼女の手が触れると、体中の不安が一気に抜け落ち、自然と強張った顔が綻ぶ。
「ありがとう、千鶴ちゃん」
俺は千鶴ちゃんに礼を言って立ち上がり、手を繋いだまま黒塗りのベンツへと向かった。
あぁ……市場に出荷される子牛の気分が良く分かったよ……
どなどなど~な~ど~な~、オタクをの~せ~て~……
神代一家に最初に向かう予定だったのだが、組長である神代銀杏さんが急用が出来て直ぐには会えないとなったため、先に鳳一家に向かうことになった。
正直言って、俺としても行き成りラスボスに会う前に、中ボスと対峙しておいた方が気持ちの整理も出来るし、暴力団を相手するスキルの経験値も稼げるからありがたい話である。
屋敷に到着し、案内された部屋に居たのは黒本と紋付袴を身に纏う一人の青年男性。
恐らく彼が鳳組組長の鳳飛鳥だと思われるのだが、若過ぎる。千鶴ちゃんの親父と比べると……まだ20歳ちょっとくらいだと思われる青年は、千鶴ちゃんの親父と俺を見ると軽く微笑み歩み寄ってくる。
「お久しぶりです、総一郎さん。此方の方が、次期組長補佐候補の山楽夏亀さんですね」
「その通りです。夏亀、此方の御方が鳳組組長の鳳飛鳥さんじゃ」
「さ、山楽夏亀です。今後ともよろしくお願いします、鳳さん」
ややこわばりつつ頭を下げる俺を見て、鳳さんは可笑しそうに笑い。
「飛鳥で良いぞ。それと今後は形式的な片っ苦しい言葉もなしでいい。そんな言葉は最初の挨拶と会談の時だけで良い」
千鶴ちゃんのお父さんとの口調が一転し、かなりフランクな感じになる。
恐らく、俺が緊張していたので、緊張しないように気を使ってくれたのだろう。
「だそうだよ。ヤァ、久し振りだねバイト君。俺のことは公式の場でもオフでも全知全能の神フェニックス様と呼んでくれ」
そして、次に飄々と出てくる黒本……
「そうですね、3時間ぶりですね……貴方が逃走した所為で、警察に何で帰らせたのかってすっごく言われたんですけど……」
「警察? おい、フェニックス……何をやらかしたんだ?」
「ふむ。話せば長くなるのだが、俺が‘偶然’コンビニに立ち寄ったらコンビニ強盗がやって来てから成敗したんだ。ただ、それだけだ」
偶然を強調して発言するフェニックスさん……つうか、毎週欠かさず週刊誌の販売日に来て立ち読みしてる人間のセリフじゃないだろ……
「そうか、ちなみに苅羅と博美からの報告だが、毎週毎週漫画の立ち読みに欠かさず行ってるらしいな。今日も、俺と博美に任せておけば良いとか発言したとの報告を受けたのだが?」
「ふむ、それは誤報というものだ。俺はここ開明市の安全のために昼間のコンビニを警護しているだけだ」
「そうかそうか……じゃあ、そのためにも夜間の見回りをしっかりして貰わないとな?」
「おっと、俺は扇一家と黒川組の取り決めの調印の保証人として出向かねばならなかったんだ。それでは、バイト君!! また会おう!!」
立場が危うくなった瞬間、急用を理由に屋敷から飛び出していくフェニックスさん……組長である飛鳥さん相手にあそこまでタメグチで話し、好き勝手に振舞ってるフェニックスさんって何者なんだ……
「」