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正しいタイムマシンの使い方

作者: 会津遊一

 

 

「やった、やったぞ!」

 私は喜びの声を上げていた。

 人類の夢であるタイムマシンを完成させたのだ。

 これまでの苦労を考えると、私は嬉しさのあまり涙ぐまずにはいられなかった。思えば大学を卒業した時からずっと研究だけを続けてきた。友達と遊ばず、恋人も作らず、誰の葬儀にも出ず、会社に勤めず、ただ大金持ちだった親の遺産だけを30年も食いつぶしてきたのだ。その事を親戚連中は散々バカにしてきたが、これで見返すことができる。その事を想像するだけで、また涙が溢れ出てしまった。

 今すぐにでも、完成したタイムマシンを見せ付けてやりたかった。

「……ただ、その前に、アレをやらないとな」

 涙を拭き上げると私は準備に取りかかった。

 そもそも、自分の人生を無駄にしてまで、なぜタイムマシンを完成させたかったか。

 それは大学時代に、こっぴどくフラれてしまった美人の彼女と結婚するためであった。私は何度も告白し、その度に足蹴にされていたが、今でも諦めることが出来なかったのだ。

 現在の彼女は別の大金持ちの男性と結婚して子供もいるらしいが、そんな事は関係なかった。夫と餓鬼の家庭がどうなろうとも知ったことじゃない。私が美しい彼女と結婚したいのである。

 その為にタイムマシンを作ったのだ。

 正直、それ以外の理由なんて、お金と死んだ命を蘇らせるぐらいだろう。これを使って私は最愛の妻を手に入れみせるのだ。

「わっはっはっはっはっ!」


 ただ私がタイムマシンに乗り込もうとした時、一つ問題に気が付いた。そういえば今までマシンを作ることだけに集中してきたが、土壇場になって考えてみると時間軸を変化させるのは危険なことに思えた。

 仮にタイムマシンを使って過去に戻り、彼女を私の妻にしたとする。

 その結果、考えられるパターンは……。

 パターン1、平行世界に影響を及ぼすが、この世界の私は変化しない。

 パターン2、閉時曲線上の世界に影響を及ぼせず、また及ぼしたと認識できない。

 パターン3、消費したエネルギーを戻すため、予想外のことが発生する。

 パッと思いつくのは、これぐらいだろう。

 要する、まだ誰も実験していたいのだから誰にも影響は分からない、という事になる。

「まぁ、いいか」

 どうせ私は何もない人生なのである。

 タイムマシンの開発で財産は殆ど消えている。

 金、友達、女、地位、名誉。

 一つもない、薄っぺらな人生だ。

 このままタイムマシンを使って一発逆転を狙うのも良いさ。

 最悪、失敗してもカスがバカやって死ぬぐらいだろ

「……よし、行こう」

 私は笑顔でタイムマシンのスイッチを押した。するとブゥンという音を立てて、一つの時間から外れたのであった。


 結果的に言えばタイムマシンの時間移動は成功したのだ。思い通りの時間軸にワープが可能だし、好きな場所に移動することさえ可能だった。私は不可能だと言われていた技術を本当に完成させたのである。

 これは大いに喜んだ。

 しかし、どうやっても彼女は私のモノにならなかったのだ。

 始めは2人っきりになる状況を無理やり作ったが、彼女が気持ち悪いと言って逃げ出した。次に私は、複数の人間が集まる食事会で彼女が隣の席にくるように仕向けたのだが、これまた気持ち悪いと言われて逃げ出された。更に私は、楽しい思い出を作るべく旅行に向かわせようとしたのだが、同じく気持ち悪いと言われて警察に通報されてしまったのだ。

 どうやら私に対する大学時代の彼女の評価が「きもちわるい」という事らしい。

 確かに、大学時代の私は変質者のように後を付け回しているのだから、嫌われても仕方ないだろう。


 それでも彼女と結婚するには何をするべきか、理論的に私は考えた。

 まず最大にネックなのは、最悪に等しい印象があるので何をしても無駄、という所だ。どうにかして、この部分を解決できれば、それが取っ掛かりとなって彼女と結婚できるかも知れない。そう私は結論付けた。

 しかし、底辺に近い評価をされているので、並大抵の事ではひっくり返らない。彼女と大学自体の私が目を合わせるだけで逃げ出すような状況なのである。

 解決するには普通の方法ではダメだ。

 そこで私が考えた結論は、一つ。

 彼女が私を頼らざる終えない状況に追い込み、私が助けることによって信頼と愛情を勝ち取ることであった。

 つまり、大学時代の私と彼女を拉致して強引に無人島まで運ぶのだ。これなら力関係が弱い女性は、肉体的に有理である男性を頼らざる終えないだろう。

「くくくくくくくくく。これで、あの美しい体は俺のモノだっ!」

 未来のことを想像し、私は1人でほくそ笑んでいた。

 だが、その作戦は結果的に言えば成功しなかった。タイムマシンを完成させるような頭脳の持ち主である私が立てた作戦が、悉く失敗し続けたのである。どうやっても彼女は私を好いてはくれなかった。無人島で二人っきりという状況にもかかわらず、彼女は私から逃げ出して1人で生き抜いたのだ。

「……マジかよ」

 彼女の生命力には驚くしかなかった。

 いや、大学時代の私を頼るぐらいなら、死ぬ気で頑張る、とでも考えたのだろうか。

 そこまで嫌われているのか、と流石の私もへこむしかなかった。


 こうなってくると現世の印象が拭えることはないのだろう。

 どう頑張っても「きもちわるい」という彼女の気持ちを変えることは出来ない。

 そこで天才的な私は考えたのだ。

 大学時代がムリなのなら、タイムマシンを使って更に古い時代に行けばいいのである。長年の付き合いで情が湧き「きもちわるい」という評価が揺らぐかも知れない

 私は天を指さした。

「つまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああり、強制的幼なじみ関係にしてしまう作戦である! ふふふふ、これならいけるだろ」

 そうタイムマシンのアイデアを思いついた時よりも喜んでいた。人間は情に弱いので、これなら絶対に成功すると思ったのだ。

 しかし、結果的に言えば、この幼なじみ作戦も失敗してしまう。どんな時代、どんな状況、どんな関係で出会っても意味はなかった。彼女は絶対に私を好いてはくれなかったのである。


「ふぅ……」

 私は絶望した気持ちで現代に返ってきた。

 タイムマシンを完成させるぐらい努力できる私が、どう頑張ってもムリだと痛感してしまったのだ。私と彼女が付き合うには、時間軸よりも厚い壁が存在しているようだった。例えどんな天才が現れたとしても、この問題を解決する方法は思い浮かばないだろう。

「死のう……」

 私は心が完全に折れた。彼女と結婚できないのなら全て無意味だし、生きている意味さえ感じられなかった。30年間もがんばったのに成功しなかったのだ。

 こんな世界は認められなかった。

 私は無価値なタイムマシンを破壊すると、毒薬を飲んだのである。効果が1時間後に出る私が作ったクスリで、特効薬はこの世にない。偶然という確率でも助かるかも知れないなんて思うが嫌だったのだ。

 死ぬ時ぐらいキッパリ死にたかった。

 そして私は外の世界で唯一の知り合いである大学の恩師と30年ぶりに合う事にした。もう生きている意味はないのだが、最後ぐらい誰かに愚痴を聞いてもらいたかったのだ。

「―――という事なんです」

 私は今まであった出来事を全て話すと、恩師は神妙な顔付きで頷いていたのである。

「なるほど。そんな事があったのか」

「はい。私は彼女と結婚したかった。ただ、それだけなんです。それだけの為に生きてきたんです」

 そう私が涙ぐんでいると、恩師が尋ねてきたのである。

「君の気持ちはよく分かった。そこで疑問があるのだが、一つ尋ねてもいいかね」

「え、はい」

「君は私の教え子の中で一番優秀だった。しかも、理由はどうあれ溢れる情熱があったからこそ、困難な技術にも挑み続けられた。だから、不可能だと言われたタイムマシンを完成させられたのだろう。―――しかし、だからこそ分からない事があるんだ。そんなに優秀な脳みそがあり、努力も出来るのに、どうして30年も気が付かなかったのか不思議でしかたない」

「何がです」

「彼女の気持ちを振り向かせるなら、どうして洗脳装置を作らなかったんだね?」



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― 新着の感想 ―
[一言] どうも、冬眠からようやく目覚めた栖坂月です。 天才と何とかは紙一重と言いますが、まぁ何とかだったんでしょう。 何だか怪しげな学説だかで、もしタイムマシンが完成して歴史を変えようとしても、確定…
[良い点] オチがいいと思います。 [一言] 整形して他人になってしまえばいいのに、と思ってしまいました。
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