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王子様が私を選ぶなんて、ありえないと思っていました

作者: 火年
掲載日:2026/09/05

私が初めて王子を見たのは、王国主催のお茶会だった。


春の庭園には、色とりどりの花が咲いていた。

白、黄色、薄紫。

きれいに整えられた花壇の間には白いテーブルが並び、その上には銀のティーポットや小さな焼き菓子が置かれている。

風が吹くたびに、花の甘い香りがふわっと流れてきた。

人も多かった。

貴族の令嬢たちは華やかなドレスを着て、楽しそうに笑っている。

きれいな人ばかり。

私はなんとなく落ち着かなくて、庭の端の方に立っていた。


その時だった。

「お嬢さん、肩に虫がついてますよ」

「え?」

肩を見る。

小さな虫が止まっていた。

「きゃあ!」

思わず声を上げてしまった。

「はい。取れました」

男の人が指先で虫をつまみ、そのまま草の上へ逃がした。


「ありがとうございます……」

顔を上げる。

そこにいた王子に一瞬で私は夢中になった。

虫を取ってくれたから?

王子様だったから?

分からない。


ただ、あの日から気付けば王子を目で追うようになっていた。



次に会ったのは、街に出たときだった。

その日は春の終わりで、少し汗ばむくらい暖かかった。

石畳の道の両側には店が並び、焼きたてのパンや果物、アクセサリー、色鮮やかな布が店先に並んでいる。

「焼きたてだよ!」

「今日はリンゴが安いよ!」

あちこちから店の人の声が飛び交っていた。

馬車が通り、人が行き交い、子供たちが笑いながら走っていく。

にぎやかな街だった。


私はメイドと一緒に店を見て回っていた。

「あ、王子!」

思わず足が止まった。

隣には、かわいらしい令嬢がいた。

金色の髪。

明るい笑顔。

王子と並んで歩く姿が、とても自然だった。

王子も笑っていた。

あんな顔。

私には見せたことがない。


隣にいたい。

私もあそこを歩きたい。

でも。

近づいて嫌な顔をされたら?

邪魔だと思われたら?

怖い。

足が動かない。

そんなことを考えているうちに、二人は人混みの向こうへ消えていった。


それから数年。


パーティーなどで会えば、少し話をするくらいの関係にはなっていた。

王子が私を特別に見ているとは思えなかった。


明日は王様の誕生パーティーがある。

また一人で出席するのか。

少し寂しい。

そんなことを考えていた時、部屋の扉がノックされた。

「アンナ様」

「入ってください」

扉が開き、メイド長が入ってきた。

「王子様が来られました。応接間でお待たせしておりますので、急いで準備を」

「え?」

王子が?

どうして?

何をしに来たの?

期待していいの?

それとも、全然違うこと?

頭の中がぐちゃぐちゃになった。

「お嬢様、早く服をお選びください」

私はクローゼットを見る。

何着もある。

選べない。

「なぜか選べないの。選んで」

たくさんあるのに、ふさわしい服が見当たらない。

王子に会う服。

そんなもの、持っていたかしら。

メイド長が一着のドレスを取り出した。

「これを着ていってください。待たせる方が失礼ですよ」

「……分かったわ」

私は着替え、応接間へ向かった。



扉を開ける。

王子が立ち上がった。

「急に来てしまってすまない」

「いえ……」

どうしよう。

ちゃんと話せるかしら。

王子が私を見る。

「明日のパーティー、私にエスコートさせてくれないか」

「え!? 私でいいんですか?」


王子が私を誘ってくれた。

これは夢?

夢でもいい。

「もちろん」

でも。

いつも一緒にいるあの子。

頭の中に、街で見た令嬢が浮かんだ。

想像すると悲しくなる。

あの子みたいに生まれたかった。

「マリーナ嬢はいいんですか?」

「なんでマリーナ嬢?」

王子は少し不思議そうな顔をした。

「あれは友達みたいなものだよ」


ほんとに?

あの時の笑顔。

私が見たことのない笑顔。

みたいって何?

「僕じゃダメかい?」

わからないわ。

でも。

断ることなんてできない。


「お願いします」


王子が笑った。

「じゃあ、明日十九時に迎えに行くね」

「はい」

王子が帰ったあとも、しばらく動けなかった。

私、どうしたらいいんだろう。


翌日。


私は朝からドレスを眺めていた。

あの人にふさわしい服。

隣に立てる服。

どうしても選べない。

何度着替えても違う気がする。

その時、一着のドレスが目に入った。

これしかないかしら。

それは、亡くなった父が一番似合うと言ってくれたドレスだった。

私はその布にそっと触れた。

お父さん。

信じるね。


「王子様が来られました」

「はい。今行きます」

階段を降りる。

まだ信じられない。

あの王子が、私を迎えに来ているなんて。

玄関に立っていた王子が私を見る。

一瞬だけ目を見開いた。


「今日は特にきれいに見える」

胸が跳ねる。

「ドレスが似合っているからかな」

王子が少し照れたように笑った。

「それと、これを」

小さな箱を差し出される。

開けると、中には淡い青色の宝石がついたネックレスが入っていた。

「今日のドレスに合いそうでよかった」

「私に……?」

「もちろん。君に似合いそうなのを選んできた」

胸の奥が、また落ち着かなくなる。

「ありがとうございます」

メイドに手伝ってもらい、ネックレスをつける。

「やっぱり似合ってる」

涙が出そう。

ドレス、これにしてよかった。

「……ありがとうございます」


「それでは会場に向かいましょう」

「はい」



王宮の大広間には、すでに多くの人が集まっていた。

高い天井から巨大なシャンデリアが下がり、無数の灯りが金色に輝いている。

壁には王家の紋章が飾られ、大きな窓には深紅のカーテン。

磨き上げられた床には、ドレスや礼服姿の人々が映っていた。

楽団が静かな曲を奏でている。


長いテーブルには料理や果物、色とりどりの菓子が並び、給仕たちが忙しそうにグラスを運んでいた。

どこを見ても華やかだった。


こんな場所で。

私は本当に王子の隣にいる。

夢みたい。

「アンナ」

王子が私を呼ぶ。

その声だけで嬉しくなる。


一人の令嬢がこちらへ近づいてきた。

マリーナ嬢だ。

やっぱり、きれい。

あの時と変わらない。

きれいな髪。

自然な笑顔。

私が持っていないものを、たくさん持っているように見えた。


「王子、今日はかわいい令嬢を連れていますのね」

「そうだろう」

王子が笑う。

「私のアンナだ」

私の?

胸がまた跳ねた。

マリーナ嬢が私へ微笑む。

「アンナさん、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


二人が話し始めた。

楽しそう。

やっぱり。

王子がさっきより楽しそうに見える。

急に心細くなった。

ここにいたくない。

「ちょっと、花を摘んできます」

私はその場から逃げた。


化粧室へ入り、鏡を見る。

なんで逃げたの?

せっかく王子が誘ってくれたのに。

どうしたらいいの?

分からない。

私は水で顔を洗った。

鏡の中の自分を見る。


「お父さん……」


小さく呟く。

見守っていてね。

私は会場へ戻った。


しばらくすると、王様の話が始まった。


何を話していたのか、ほとんど頭に入ってこなかった。


王子。

マリーナ嬢。

自分。

そればかり考えていた。



王様の話が終わる。

やがてパーティーも終わった。

「アンナ、家まで送ります」

「ありがとうございます」


馬車に乗る。

夢じゃないのよね。

王子は本当に私を迎えに来て。

一緒にパーティーへ行って。

今も隣にいる。

なんだか怖い。

「家に着きましたよ」

「え?」

いつの間にか屋敷の前だった。

「今日はお付き合いいただき、ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

王子が笑う。

私は頭を下げ、屋敷へ入った。


自分の部屋へ戻る。

今日はほとんど記憶がない。

王子が来た。

褒めてくれた。

一緒にパーティーへ行った。

なのに。

一番覚えているのは、マリーナ嬢を見て心細くなったことだった。

もし比べられたら。

もし王子に嫌われたら。

私、どうしよう。

気付くと涙が頬を伝っていた。


それから数日後。


マリーナ嬢が家に来た。

何しに来たんだろう?

王子のことかしら。

胸がざわつく。

「ごきげんよう。マリーナ嬢」

「ごきげんよう。アンナ嬢」

「今日はどういった御用で?」

怖い。

何を言われるんだろう。

マリーナ嬢は少し考えてから答えた。

「あなたを見に来ました」

それって、どういうこと?

マリーナ嬢は続ける。

「王子があなたの話をよくするので、どんな人なのか気になりました」

やっぱり!?

負けていられない。


もし取られるとしても。

やることはやっておかないと。

「それは、どういう意味でしょうか?」

マリーナ嬢が首を傾げた。

「えっと……話によく出るから、どんな人なのかなって思って?」

敵意がない。

あれ?

まさか。

何にもない?


マリーナ嬢が私の顔を見て、少し笑った。

「勘違いさせちゃった?」

「え?」

「私たち、いとこですから」

「え!?」

頭が真っ白になった。


「たまに誤解する人もいるのよね。王子から聞いてなかった?」

「聞いてないです」

力がどっと抜けると同時に、自分の気持ちがはっきり分かった。


王子が誰かを選ぶのが怖かった。


マリーナ嬢に取られると思っただけで苦しかった。


王子は他の人には絶対渡せない。


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王宮のパーティーに誘うのにドレスはともかくアクセサリー類のプレゼントすらしないの?
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