表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

目玉工場のこと

作者: 橘 みとせ
掲載日:2026/05/18

「オレたち、日曜に目玉工場に行くけど、行きたかったら連れてくよ。」

帰り道、追い抜きざまに坂口が言った。

「ええっ?坂口君、女なんかに教えていいの?」

一緒にいた牧野が不満げに口をはさんだ。


「行く!」

「あたしも!」

わたしとシマちゃんは即答した。


「そのかわり、誰にも言うなよ。」

「分かってるよ。」

念を押されるまでもなかった。


目玉工場の場所は、数人の男子だけしか知らない秘密だった。

関根や吉川に

「教えてよ!」と何度言っても

「女には教えない。」の一点張り。


なかばあきらめていたところに、頼んでもいない坂口が案内してくれると言う。

それにしても、坂口や牧野まで目玉工場に行ったことがあるとは意外だった。


「じゃあ、日曜の3時に不動橋に集合な。」

そういうことになった。


うちの小学校は二年ごとにクラス替えがある。

坂口とは入学してから四年まで、ずっと同じクラスだ。

家が近いこともあり、以前は日曜にもよく遊んだが、三年くらいからは学校以外で会うことは減っていた。

そういえば廊下や階段で、気に障ることを言ってはケンカを売ってくることもなくなった。

それどころか、体育でソフトボールをやった時には、バットの構え方やボールの投げ方を、妙に丁寧に教えてくれた。


なんだか昔と勝手が違う。

顔を合わせればサルだの、キツネだの、憎まれ口が挨拶がわりだったのに。


待ちに待った日曜がきた。

自転車でシマちゃんの家に寄ると、シマちゃんはもう、表で待っていた。

そこから不動橋までは十分とかからない。

ほとんど立ち漕ぎをしながら不動橋に差しかかると、橋の向こうに坂口と牧野の姿が見えた。


橋を渡って合流し、そのまま百メートルほど走ると、先導していた坂口が自転車を止めた。

左側に細い脇道があった。


「ここからはオレと牧野の自転車で行くから。二人の自転車は置いていって。」

わたしが坂口の自転車に、シマちゃんが牧野の自転車に、二人乗りすることになった。


自転車が動き出すと、砂利道のためか、けっこう揺れる。

― というか、これ、本当に道なのか。

左右には背丈より高い枯れ草が生い茂っていて、視界が利かない。

前を走る牧野の自転車は見えなくなった。


「危ないから腰につかまって!」

坂口が大きい声で叫んだ。

しかたなく坂口のジャンパーの両脇を握ってみる。

「揺れるから、ちゃんとつかまって!」

確かにひどい砂利道で、自転車は上下左右にガタガタと揺れる。

あきらめて、坂口の腰に腕を回した。

やっぱり何だか勝手が違った。


町の音はもう聞こえなかった。

砂利道を右に曲がったのか、左に曲がったのかも良く分からない。

あとから独りで来ようと思っても無理だろうな。

そう考えていると、少し開けたところで自転車が止まった。


「ここだよ。」

坂口が言って、その先には牧野とシマちゃんの姿があった。

百メートルくらい先に工場らしき建物が見えた。


「ほら。」

坂口の声に促されて足元を見ると、地面に敷きつめられていたのは砂利ではなく、大小さまざまな目玉たちだった。


「すごいね。」

シマちゃんが言った。

「不良品なのかな。」

わたしたちは顔を見合わせた。


「持って帰ろう!」

「うん!」

しゃがんで両手ですくい上げ、ポケットいっぱいに詰めこんだ。

こんなことなら、目玉を入れるバッグでも持ってくればよかった。


あちこちに敷きつめられた目玉には、いろんな形のものがあった。

いちばん多いのは平べったい目玉で、マスコットなどに貼りつけるタイプのものだ。

透明なプラスチックの内側で、黒目だけがキョロキョロと動く。


くるみボタンのような目玉もあった。

丸い目玉の裏側に、短い軸がついている。

軸の小さな穴に糸を通して、ぬいぐるみに縫いつけるのだろう。


本物の動物のように、青く透きとおった目玉もあった。

わたしたちは、海岸でめずらしい貝殻を拾い集めるように夢中になった。


いつの間にか離れた場所にいた牧野が、両腕いっぱいの袋を抱えて戻ってきた。

「あっちに落ちてた!」

工場の方に顔を向けてそう言うと、袋を地面に置いた。

ひとつひとつのビニール袋には、目玉がパンパンに詰まっていた。

「わぁ、すごいじゃない!」

わたしが言うと、牧野は誇らしげに微笑んだ。


「ねぇねぇ、帰りにうちに寄って行きなよ!みんなで分けようよ。」

シマちゃんの誘いに、わたしたちは目玉の収穫を自転車のカゴに積み、二人乗りで来た道を戻った。


あの脇道までたどり着くと、わたしとシマちゃんの自転車は、そのまま、そこにあった。

ようやく自分の自転車に乗り換えて、坂口と牧野も一緒に、シマちゃんの家に向かった。


「あがって!」

シマちゃんの部屋は、小さなプレハブの子ども部屋だった。

部屋にあがると、シマちゃんが奥から古新聞を持ってきた。

わたしたちは床に新聞紙を広げ、ビニール袋の目玉を全部ぶちまけた。

圧巻だった。


その目玉の山から、一人、ひとすくいずつ。

順番に、両手のひらを合わせてすくった。

地面から直接、自分のポケットに入れた目玉は、その人のもの、ということにした。


「目玉工場に行ったことのある者は立て。」

いつもは穏やかな平山先生が、厳しい声で言った。

少しの沈黙のあと、ガガッ、ガガーッとイスが擦れる音が響いた。

立ち上がった数人の男子たちのなかで、女子は二人だけだった。

わたしとシマちゃんが立ち上がるのを見て、先生の顔に驚きと失望の色がよぎったように見えた。


「女なんかに教えるからだよ!」

小声で関根が舌打ちした。

斜め前に立つ坂口の横顔をそっと見ると、坂口は何も書いていない黒板を、ただ真っすぐ見つめていた。


「工場の人から学校に連絡がありました。商品を勝手に持ち出されて困っているという苦情です。」

先生は低く厳しい口調で言った。

ふと、両腕いっぱいに袋を抱えて戻ってきた牧野の姿が浮かんだ。


「勝手に持ってくるのは泥棒です。持ち帰ったものを全部、明日、学校に持ってきなさい。」

先生はそこでいちど間を置いてから続けた。

「それを持って、全員で警察に行きます。牢屋に一晩とまります。」

わたしは震え上がった。

「今日帰ったら、家の人にそう伝えてください。」


家に帰るとすぐ、母に話した。

「それは先生の脅し。警察なんて、行くはずないから。」

母はそう言って笑い、わたしは初めて「脅し」という言葉を知った。

その夜は、なかなか眠りにつくことができなかった。


荷づくりの手が、ふと止まった。

今週末、三度目の引越しをする。


荷物を整理していると、段ボール箱の中に目玉の瓶をみつけた。

先生の言葉に震え上がったあの日、戦利品のすべてを差し出すことなく、この瓶に入る分だけとっておいたのだ。ワンカップの空き瓶は、よつ葉のシールを何枚も貼ったお手製だ。


持ち上げて、ちょっと振ってみる。

中の目玉たちが、シャラシャラと音を立てた。


白いプラスチックの目玉の間に、青く透ける目がチラリと光った。

本物のネコの目のようだった。


フタを開けて、指先でそれを出してみる。

見つめると、青く透明なまなざしも、こちらを見つめ返した。

目の前にかざして、部屋の中を透かし見る。

もうすぐいなくなるこの部屋のカーテンが、青い瞳の中で微かに揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ