目玉工場のこと
「オレたち、日曜に目玉工場に行くけど、行きたかったら連れてくよ。」
帰り道、追い抜きざまに坂口が言った。
「ええっ?坂口君、女なんかに教えていいの?」
一緒にいた牧野が不満げに口をはさんだ。
「行く!」
「あたしも!」
わたしとシマちゃんは即答した。
「そのかわり、誰にも言うなよ。」
「分かってるよ。」
念を押されるまでもなかった。
目玉工場の場所は、数人の男子だけしか知らない秘密だった。
関根や吉川に
「教えてよ!」と何度言っても
「女には教えない。」の一点張り。
なかばあきらめていたところに、頼んでもいない坂口が案内してくれると言う。
それにしても、坂口や牧野まで目玉工場に行ったことがあるとは意外だった。
「じゃあ、日曜の3時に不動橋に集合な。」
そういうことになった。
うちの小学校は二年ごとにクラス替えがある。
坂口とは入学してから四年まで、ずっと同じクラスだ。
家が近いこともあり、以前は日曜にもよく遊んだが、三年くらいからは学校以外で会うことは減っていた。
そういえば廊下や階段で、気に障ることを言ってはケンカを売ってくることもなくなった。
それどころか、体育でソフトボールをやった時には、バットの構え方やボールの投げ方を、妙に丁寧に教えてくれた。
なんだか昔と勝手が違う。
顔を合わせればサルだの、キツネだの、憎まれ口が挨拶がわりだったのに。
◇
待ちに待った日曜がきた。
自転車でシマちゃんの家に寄ると、シマちゃんはもう、表で待っていた。
そこから不動橋までは十分とかからない。
ほとんど立ち漕ぎをしながら不動橋に差しかかると、橋の向こうに坂口と牧野の姿が見えた。
橋を渡って合流し、そのまま百メートルほど走ると、先導していた坂口が自転車を止めた。
左側に細い脇道があった。
「ここからはオレと牧野の自転車で行くから。二人の自転車は置いていって。」
わたしが坂口の自転車に、シマちゃんが牧野の自転車に、二人乗りすることになった。
自転車が動き出すと、砂利道のためか、けっこう揺れる。
― というか、これ、本当に道なのか。
左右には背丈より高い枯れ草が生い茂っていて、視界が利かない。
前を走る牧野の自転車は見えなくなった。
「危ないから腰につかまって!」
坂口が大きい声で叫んだ。
しかたなく坂口のジャンパーの両脇を握ってみる。
「揺れるから、ちゃんとつかまって!」
確かにひどい砂利道で、自転車は上下左右にガタガタと揺れる。
あきらめて、坂口の腰に腕を回した。
やっぱり何だか勝手が違った。
町の音はもう聞こえなかった。
砂利道を右に曲がったのか、左に曲がったのかも良く分からない。
あとから独りで来ようと思っても無理だろうな。
そう考えていると、少し開けたところで自転車が止まった。
「ここだよ。」
坂口が言って、その先には牧野とシマちゃんの姿があった。
百メートルくらい先に工場らしき建物が見えた。
「ほら。」
坂口の声に促されて足元を見ると、地面に敷きつめられていたのは砂利ではなく、大小さまざまな目玉たちだった。
「すごいね。」
シマちゃんが言った。
「不良品なのかな。」
わたしたちは顔を見合わせた。
「持って帰ろう!」
「うん!」
しゃがんで両手ですくい上げ、ポケットいっぱいに詰めこんだ。
こんなことなら、目玉を入れるバッグでも持ってくればよかった。
あちこちに敷きつめられた目玉には、いろんな形のものがあった。
いちばん多いのは平べったい目玉で、マスコットなどに貼りつけるタイプのものだ。
透明なプラスチックの内側で、黒目だけがキョロキョロと動く。
くるみボタンのような目玉もあった。
丸い目玉の裏側に、短い軸がついている。
軸の小さな穴に糸を通して、ぬいぐるみに縫いつけるのだろう。
本物の動物のように、青く透きとおった目玉もあった。
わたしたちは、海岸でめずらしい貝殻を拾い集めるように夢中になった。
いつの間にか離れた場所にいた牧野が、両腕いっぱいの袋を抱えて戻ってきた。
「あっちに落ちてた!」
工場の方に顔を向けてそう言うと、袋を地面に置いた。
ひとつひとつのビニール袋には、目玉がパンパンに詰まっていた。
「わぁ、すごいじゃない!」
わたしが言うと、牧野は誇らしげに微笑んだ。
「ねぇねぇ、帰りにうちに寄って行きなよ!みんなで分けようよ。」
シマちゃんの誘いに、わたしたちは目玉の収穫を自転車のカゴに積み、二人乗りで来た道を戻った。
あの脇道までたどり着くと、わたしとシマちゃんの自転車は、そのまま、そこにあった。
ようやく自分の自転車に乗り換えて、坂口と牧野も一緒に、シマちゃんの家に向かった。
「あがって!」
シマちゃんの部屋は、小さなプレハブの子ども部屋だった。
部屋にあがると、シマちゃんが奥から古新聞を持ってきた。
わたしたちは床に新聞紙を広げ、ビニール袋の目玉を全部ぶちまけた。
圧巻だった。
その目玉の山から、一人、ひとすくいずつ。
順番に、両手のひらを合わせてすくった。
地面から直接、自分のポケットに入れた目玉は、その人のもの、ということにした。
◇
「目玉工場に行ったことのある者は立て。」
いつもは穏やかな平山先生が、厳しい声で言った。
少しの沈黙のあと、ガガッ、ガガーッとイスが擦れる音が響いた。
立ち上がった数人の男子たちのなかで、女子は二人だけだった。
わたしとシマちゃんが立ち上がるのを見て、先生の顔に驚きと失望の色がよぎったように見えた。
「女なんかに教えるからだよ!」
小声で関根が舌打ちした。
斜め前に立つ坂口の横顔をそっと見ると、坂口は何も書いていない黒板を、ただ真っすぐ見つめていた。
「工場の人から学校に連絡がありました。商品を勝手に持ち出されて困っているという苦情です。」
先生は低く厳しい口調で言った。
ふと、両腕いっぱいに袋を抱えて戻ってきた牧野の姿が浮かんだ。
「勝手に持ってくるのは泥棒です。持ち帰ったものを全部、明日、学校に持ってきなさい。」
先生はそこでいちど間を置いてから続けた。
「それを持って、全員で警察に行きます。牢屋に一晩とまります。」
わたしは震え上がった。
「今日帰ったら、家の人にそう伝えてください。」
家に帰るとすぐ、母に話した。
「それは先生の脅し。警察なんて、行くはずないから。」
母はそう言って笑い、わたしは初めて「脅し」という言葉を知った。
その夜は、なかなか眠りにつくことができなかった。
◇
荷づくりの手が、ふと止まった。
今週末、三度目の引越しをする。
荷物を整理していると、段ボール箱の中に目玉の瓶をみつけた。
先生の言葉に震え上がったあの日、戦利品のすべてを差し出すことなく、この瓶に入る分だけとっておいたのだ。ワンカップの空き瓶は、よつ葉のシールを何枚も貼ったお手製だ。
持ち上げて、ちょっと振ってみる。
中の目玉たちが、シャラシャラと音を立てた。
白いプラスチックの目玉の間に、青く透ける目がチラリと光った。
本物のネコの目のようだった。
フタを開けて、指先でそれを出してみる。
見つめると、青く透明なまなざしも、こちらを見つめ返した。
目の前にかざして、部屋の中を透かし見る。
もうすぐいなくなるこの部屋のカーテンが、青い瞳の中で微かに揺れた。




