婚約破棄と魔王襲来~勇者マリー・ゴールドの悲恋~
「勇者マリー・ゴールド、貴様との婚約を破棄する!!」
第一王子フェルナンは声を上げた。
王子の視線の先には、赤毛の髪に黄色いドレスを纏った女性。パーティーに招かれた貴族の女性たちに比べ、筋肉ががっしりとついた体でありどこか浮いていた。その顔や肌にはいくつもの醜い傷跡が残されていた。
見た目の歴戦感とは真逆に彼女は着慣れないドレスにそわそわとしていて弱気な様子である。
一方、王子の傍らには、艶やかな黒髪に白い肌、豊満な肢体が主張された黒いマーメイドドレスを着た色気溢れる美女が寄り添っている。
王城で開かれたそのパーティーでの出来事に人々は何事かと騒ぎ始めた。
王子の目線の先の彼女こそが勇者マリー・ゴールド。つい先日、残虐魔王と称された魔王ゲオグエルの討伐を果たし、魔界からこの王国へ凱旋してきたばかりの女勇者である。
そして、この場で開かれている勇者凱旋記念パーティーの主役でもあった。
彼女の仲間の魔術師や弓使い、治癒師たちも突然、勇者に婚約破棄を申し出た王子を怪訝そうに見ていた。
勇者マリーは、不安げな様子で王座にいる王子を見上げていた。
「こ、婚約破棄ですか……?」
「ああ、そうだ!平民でありながら勇者だからと、以前から婚約を結ばされていたが、それも今日までだ!!」
王子は側にいる美女の肩を抱く。側にいた彼女は真っ赤な唇で微笑むと、王子の肩に頭を載せてしだれかかった。
その妖艶な様子はまるで絵画に描かれた美の女神のようであった。
見せつけるような二人の様子に衝撃を受けたようにマリーは二人を見ていた。
その反応に王子は気を良くしたようで、追い打ちを立てるように続けた。
「俺は、この愛しのメメリーと結婚する!いくらお前が勇者であろうと、結婚などしてたまるか!」
「し、しかし、この婚約は王命で決められたことです。そんな簡単に…」
マリーはオドオドと反論したが、王子は馬鹿にしたように笑った。
「そんなもの父が勝手に決めたことだろう!隣国に行っている父が不在の今、この国で一番偉いのは俺だ」
王子は胸を張って自身満々にそう答えた。だが、第一王子であり、年齢も二十五を越えたというのに未だ王太子に任命されていない彼は国王代理を務めることはできない。ひどい暴論である。
ちなみに、彼はその女好きと奔放さから王様になってほしくない王子ランキング第一位獲得中(新聞社調べ)なことを知らない。
そんな女好きの王子であっても、勇者マリーとの婚約は喜べないのだった。まだ二十と行かぬ年頃で若いのはいいが、全く女性としての魅力がないのだ。
田舎娘感が拭えず垢ぬけていないし、髪はぼろぼろで痛んでぼさぼさ。
肌も日に焼けていて、顔にはそばかすだらけ。
魔族との戦いでついたのだろうが、顔や肌についた古傷は醜いとしか思えなかった。
いくら勇者だろうと、王子にとって魅力を感じれない彼女と一生を添い遂げるなど御免被りたいのだ。
「しかし……」
「ええい!うるさい!口答えするな!お前のような女として終わっている奴と結婚なんぞするものか!」
その言葉に、マリーはピクリと指を動かした。
彼女はうつむくと唇を噛んだ。
伏せた瞳からは涙がこぼれそうになっていた。
魔王をも倒した勇者が泣かされかけている。
周囲で見守っている貴族たちはようやく過酷な旅から帰還した勇者への仕打ちに心を痛めていた。
「お前!マリーになんてことを言うんだ!」
「ひどいわ!」
「いくら、王子殿下とは言え、黙っていられませんね」
勇者の仲間たちからすると我慢ならないようで、勇者と共に魔界を駆け抜けた弓使い、治癒師、魔術師の三人が飛び出してくる。
今にも王子を殴らんとする様子に近衛騎士たちが三人を止める。それでも食い掛ろうとする三人。
「止めて!」
勇者マリーは三人に向かって首を振ると、ドレスにも関わらず、その場で膝をついた。
「かしこまりました。この不肖マリー・ゴールド、フェルナン殿下との婚約破棄を受け入れさせていただきます」
「ふん、分かればいい!」
王子は吐き捨てるようにそういった。
「さぁ、メメリーこれで邪魔者は誰もいない。すぐにでも結婚しよう」
王子は傍らにいる絶世の美女、メメリーの肩を撫でるとそう告げた。
メメリーの輝くような紅い瞳が彼をじっと見た。
王子は胸が高鳴るのを感じた。
この世の者かと疑うほどに美しく艶やかな女性。
メメリーの魅惑的な瞳は出会った時からずっと、王子を捕えて離さないのだ。
「……ふふふふ、うふふふふ」
今まで、大人しくしていたメメリーが鈴を転がすように笑っていた。その姿はとても美しく、広間にいる誰もが目を奪われた。
「そうか、そんなに嬉しいか。さぁ、もう婚約は破棄した。これで俺は自由だ」
王子も笑顔でそう告げたが、メメリーはそれを無視して笑い続けた。
「ふふふ、あはははは」
「メメリー?」
「ははははははははは!!!!!」
メメリーの肩は激しく揺れ、大声で笑いだした。
王子は眉を顰め、そっと彼女から距離を取った。
メメリーはひとしきり笑うと、目じりに貯まった涙をぬぐい、マリーに向かって口を開いた。
「これで、婚約は破棄されたな!!勇者マリーよ!!」
その声はすでに、美女のものではなかった。地を這うように低く、野太い声であった。
絶世の美女、いや、美女であったものはゴキゴキと音を立て、肘、膝、そして首の関節がねじ曲がっていく。
美しい顔が溶けるように消え、骨がむき出しになる。
勇者マリーは顔を青くすると、驚愕している王子に叫んだ。
「殿下!!お逃げください!!」
「……あばばばばば」
その勇者の声に従いたくとも、王子は腰が抜けて震えてしゃがみ込むことしかできなかった。
彼の傍らにいた存在はすでに本来の形へと姿を変えていた。悪魔のように光る赤い目。背丈は二メートル半にも及び、その頭には巨大な角の生えた頭蓋骨をかぶっている。漆黒のマントを羽織ったそれは、広間中の人間を震えさせる殺気を放っていた。
勇者マリーはドレスの裾をめくると、隠していた聖剣を取り、構えた。
「魔王ゲオグエル!!封印したはず!!何しに来た!?」
「封印が甘かったようだな。容易に解けたぞ」
魔王と呼ばれたその者は、鷹揚とした態度で勇者を見る。
そしてゆっくりと王座をおりて勇者に近づいてきた。
彼が一歩踏み出すほどに、体の芯が振るえるような威圧感が走る。
久々の殺気に気圧され、マリーは剣先を向けながら、少しずつ後ろに下がっていく。
誰も恐怖で動けない。貴族たちは息を飲んで勇者マリーを見ていた。
「何のために、など言わなくても分かるだろう」
「……っ!!」
魔王は気にしない様子で、ズカズカと勇者の剣の間合いに入っていく。
勇者はひどく動揺したようで、剣を魔王に向けながら震えていた。
しかし、その背を支える者たちがいた。
「大丈夫ですよ、マリー」
「俺たちがついてる」
「今度こそ絶対に逃げちゃだめよ」
魔術師に弓使いそして治癒師。勇者と共に幾度も戦場をくぐり抜けた戦友たち。
彼らは勇者の両肩を、その背を支える。
「……う、うん。ありがとう、みんな」
震えながらも、決意を固めた声だった。
仲間たちから勇気をもらって、マリーはまっすぐに魔王を見上げた、
「覚悟ができたようだな。勇者よ」
「……ええ。いつでもかかってきなさい」
勇者一行と、魔王の激突。歴史に残る戦いを、広間にいる貴族たちは、固唾を呑んで見守った。
魔王はゆっくりと漆黒のマントから、黒い箱を取り出した。
白く、節くれだった長い指がそれを開く。
そして、魔王は勇者の前に跪いた。
「結婚してくれ、勇者マリー・ゴールド」
魔王の開いた箱。その中には、指輪。真っ赤に輝くルビーがあしらわれた指輪があった。
「やっ……」
「やっぱ、無理ぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「あ、逃げるな!!」
「抑えろ!!抑えろ!!」
「逃げちゃダメってば!!マリーちゃん!!」
勇者マリーは、聖剣を振り回してその場を逃げ出そうとする。
しかし、仲間たちが肩や腕を抑えていて、逃げ出すことは叶わなかった。
「は?」
王座でへたり込んだままの王子も、広間にいる人間たちは何が何だかわからず、ぽかんとしていた。
「今度こそ、ちゃんと返事するんでしょ!!」
「無理、無理、無理、無理だからぁぁぁぁ!!」
マリーは涙目になりながらその場にしゃがみ込んだ。
「いい加減にしてくださいマリー!!」
「そうだ!!どれだけ俺たちがやきもきしたと思ってるんだ!!」
「プロポーズ絶対受けるって言ったでしょう!!」
そんな彼女に仲間たちは容赦なく言葉をぶつける。
その間も魔王は指輪を掲げたポーズのまま動かない。
「……プ、プロポーズ?」
腰が抜けたままの王子はそうつぶやいた。その疑問は広間中を満たしている疑問だった。
耳のいい勇者ご一行はその言葉を聞きつけると、王子に向かって声を上げた。
「聞いてくださいよ!ぼんくら……じゃなくて、フェルナン王子!!」
「こいつら、想い合ってるくせにいつまでも、いつまでも!!何も進展しないんです!!」
「やっと、ゲオ君からプロポーズしたと思ったら、マリーちゃん恥ずかしさのあまりゲオ君のこと倒して封印しちゃって!!」
王子は顔を真っ赤にしているマリーを見て驚く。頬を桃色に染め、恥ずかしさに俯いている。まさに恋する乙女の顔だ。
「ま、魔王だぞ!?そんな訳あるか!」
至極真っ当な疑問をぶつけると勇者の仲間たちはやれやれと肩をすくめた。
「それこそ、剣を交えていく中で、って感じですね。やっぱり戦っていると相手のことが良く分かってきますから」
「俺たちも、魔王軍の奴らとは酒飲む仲にもなったしな。それに、ゲオグエルとマリー、二人きりで戦いたいとか言われちゃ邪魔できねぇ」
「魔王戦に託けて何回も魔王城に行くんだもん。面倒だから途中から一人で行かせてたわ」
次々と暴露される内容に、マリーは涙目になっていた。
「やめてぇぇぇぇ!!」
ニヤニヤと笑みを浮かべる勇者の仲間たちに、王子は首を振った。
「おかしいだろう!!相手はあの残虐非道の魔王だぞ!!見るからにヤバい奴じゃないか!!」
王子は、巨大な角がついた頭蓋骨を指さす。指を指された魔王は窪みの奥で目を一瞬強く光らせたが何も言わなかった。
「ゲオグエルを悪く言わないでください!!」
そんな彼にマリーは立ち上がって抗議した。
「私たちも、魔族のみなさんもお互いを知らなかっただけです!!」
「ゲオグエルは私たちと同じ。ただ、魔界の人を守るため戦っていたんです!」
広間にいた人々は息を呑んだ。魔族は人間とは違う、残虐非道な生き物であるはずだと信じて疑ったことはなかった。
でも、彼らは一度も魔族を見たことがない。ただ、時折戦争をしている相手ということしか知らないのだ。
「それに、誰よりも仲間想いで、私のことボコボコにできるぐらい強くて、私が戦う約束の時間に遅れたときも、今来たところだって言ってくれるくらいスマートでかっこいいんです!!」
「……おぉ、おう」
よく分からない評価基準で魔王を褒めるマリーに王子は気圧される。
ぷんすか、と頭から湯気を上げているマリーに魔王ゲオグエルは声をかけた。
「勇者マリーよ、返事を貰えるか?」
「……っ」
マリーは先ほどまでの勢いは何処へやら、指を勢いよくこねて、目をキョロキョロさせる。
「で、でも私、王族の方と結婚しなきゃいけないし……」
「婚約は今、無くなったな」
キッパリと答える魔王に、マリーは落ち着かなく髪を触った。
「わ、私、なんでも聖剣で解決しちゃう癖あるし…」
「貴様の聖剣ごとき大したことはない。何度も斬られてもう慣れた」
「傷だらけだし、女性らしくもないし…」
マリーが落ち着かなく触る赤毛は痛んでバサバサ、その手は傷だらけだった。そばかすだらけの頬は恥ずかしさで赤くなっている。
「それだけ貴様が誰かを守ってきたということだ。そんな貴様を……我は……」
魔王は言い淀んでいる。骸骨の奥の赤い目が弱弱しく光っていた。マリーの後ろでは、勇者の仲間たちが言え、言え、と拳を振り上げている。
「愛しく思う。結婚してくれないか?」
「……」
沈黙が広間を支配していた。
広間にいる誰もが勇者マリーの次の言葉を固唾を呑んで待った。
「…はい」
パン!!と大きな音がして、紙吹雪が舞い散る。
同時に黒いゲートがあちらこちらから開いて、オーグやガーゴイルやら魔物たちがあふれ出てくる。
貴族たちから悲鳴が上がった。
しかし、現れた魔族は皆、一様にクラッカーを手に持っていた。
「おめでとうございます!!魔王様!!勇者様!!」
「やっと、くっついた!!」
「マリーさんんんん!!」
笑顔で踊り出てくる魔族たちに貴族たちは唖然としていた。
今まで憎き敵と思っていた魔族たちもこのように喜びを持つことがあるのだと、初めて知ったのだ。
喜びながら貴族たちに絡む魔族たちと、恐る恐る話に応じる人間たちを、魔王ガルグエラと勇者マリーは見守っていた。
人間界も魔界もお互いに持っていた壁を取り払って、自分たちのように仲良くなれたらいい。そう願いながら。
「マリーとの婚約を破棄させるためとは言え、王子には悪いことをしてしまった」
「気絶してますね…」
一方、第一王子フェルナンは腰が抜けたまま気絶して倒れていた。
心配そうに彼を覗きこむ二人は、魔王が覗き込んできた恐怖で彼が再び気絶することをまだ知らない。
勇者マリー・ゴールドの婚約破棄、そして魔王襲来の事件は魔族と人間の平和への第一歩として歴史に残った。
そして、魔界と隣接するドリア王国第一王子フェルナンは魔族との和平締結に大きく名を残し、歴代随一の賢王として称えられた。
女遊びが激しく、傍若無人だった王子が、魔王と勇者の絆に感動し、賢王として成長するまでの更生物語はいつまでも語り継がれている。
だが、この事件以降、美女を見ると異常に脅えるようになったことはどこにも記されていないのだった。
〈おしまい〉




