チョコレートは砂糖無しだと苦いって話
1月も半ばを過ぎれば世の中はもうバレンタイン商戦が始まる。
どこもかしこもチョコレート、チョコレート、チョコレートだ。
日本のチョコレート市場における年間売り上げのおよそ50%がこの時期に集中するというのだから、日本人のお祭り大好き精神は凄まじいものがある。
しかしそれも年々割合が減少傾向にあるという。
カカオ豆の高騰による価格上昇も要因のひとつだろうが、もうひとつは――。
「かつては義理チョコってのがあってだな」
俺が言うと向かいの席で君は猫みたいな笑みを浮かべる。
そして指に挟んだプリッツを指示棒代わりに俺を指した。
「好きだよね。あんた」
俺はすかさず反論する。
「義理チョコが好きな奴はいねーよ!」
否、断固として義理チョコNO!である。
義理チョコは戦争の次くらいに悲しみを生む人類の生み出した悪習だ。
「いや、チョコレートの話だよ。自分でよく買ってるじゃん。なんでそうなるの?」
「すまん。義理チョコを渡されるたびに一瞬だけ浮かぶ本命チョコだという期待を常に裏切られ続けて生まれてしまったんだ。義理チョコ文化許さないモンスターが」
「悲しすぎる。一瞬でもあんたに気があると誤解される女の子が」
「いま人生で三番目くらいに傷ついた」
「この上に二つしかないのかよ。人生幸せが過ぎる」
君は呆れたようにそう言ってプリッツを咥えた。
パキッと小気味良い音を立てて、スティック型のスナック菓子が折れる。
「で、その義理チョコ文化がどうしたの? 最近は減ったよね。むしろ友チョコの方が多いまである」
「滅ぼした」
「能動的ぃ!」
君はプリッツをポリポリと囓っていく。
話の流れ的にせめてポッキーであれ。
「義理チョコ文化許さないモンスターの地道な努力によって悪の風習は滅ぼされたんだ」
「ちなみにその地道な努力ってなにをしたの? SNSで宣伝とか?」
次の一本を取り出しながら君は首を傾げる。
愚かな。
そんなことで義理チョコ文化が滅ぼせると思ったか。
「ガーナ人にカカオ農地で金採掘が儲かるという情報を流した」
「凶悪が過ぎる! それであんたがなにを得られんの?」
「バレンタインのたびに傷つかずに済むだろ」
「天秤が釣り合ってないんじゃい! カカオ農家の生活のがもっと傷ついてるよ!」
カカカッと君は小気味よくプリッツを囓る。
流石にふざけすぎたか。
気心が知れているからつい遊んでしまうな。
「まあ、冗談だ」
「そうだよね。あんたならやりかねないからちょっとビビったわ」
「君の中の俺はいったいどんな化け物なんだ」
「義理チョコ文化許さないモンスター」
心底呆れたようなジト目で断言される。
「それは認めるが」
「悲しいなあ」
悲しいけど、それは事実なんだよね。
「話を戻そう。かつて日本には義理チョコ文化というのがあって、女性はある程度親しい男性にはバレンタインになるとチョコレートを渡すものだった」
「そうだね。でも義理チョコ文化許さないモンスターに滅ぼされたから今年用意するのは友チョコくらいかな。ガトーショコラは去年作ったから、今年はチョコレートシフォンケーキとか。友だちと一緒にバレンタインパーティーにすれば生クリームも添えられるし」
「ところで急な質問だが、男女の間に友情は成立すると思うか?」
「成立する。ただし幼馴染みはカウントされないものとする」
「それはつまり範囲外ということか?」
「例外規定で除外だよ。たとえ友だちにカテゴライズされたとしても女の子だけのパーティーにしれっと参加しようとするな。ほら、これあげるから」
君はプリッツを一本取り出してこちらに差し出してくる。
それはかえって惨めじゃない?
せめてポッキーであれ(二度目)
もらうけど。
「でもこの時期チョコレート商品が増えるから嬉しいんじゃないの? チョコレート好きとしては」
「この時期に男が一人でチョコレート売り場にいるのは地獄だろ」
「衆合地獄だね」
「邪淫の罪で落ちる地獄に、淫行無しに落とされるのは酷すぎる」
俺は背もたれに身を預けて天井を見上げ嘆息する。
「別に義理でもなくて、なんなら代金も払うからチョコレート買ってきてくれる幼馴染みとかいないもんか? むしろ最初から義理だとわかってて安心感すらあるんだが」
「悲しいなあ」
「おらんのか……」
俺は今年もまたチョコレート断食をしなければならないらしい。
せめてラマダンみたいに日が落ちてる間は食べられるとかないもんか。
「滅ぼすべきではなかった……」
義理チョコ文化さえ残っていれば、悲しみと引き換えにチョコレートは食べられたというのに。
「おっと、そろそろ約束ある時間だ。行ってくる。じゃ、またね」
「おう、またな」
「それ残りは食べていいから」
君は持ってきていた紙袋を手に取ると、プリッツだけを残して去って行った。
だからせめてポッキーであれ。(三回目)
俺は君の残したプリッツを一本取って咥えた。
うーん、旨サラダ味。
★☆★☆★
私は紙袋からラッピングした小箱を取りだして、ため息を吐いてまた紙袋に戻した。
あいつは毎年この時期になると馬鹿なことを言い出して雰囲気作りってものをまったくしない。
そういうところなんだよなあ。
「バレンタイン直前に毎年呼び出されて、ちゃんと来てる幼馴染みの気持ちくらいわかれよバーカ!」
私は紙袋をぶんと振り回した。
書いてみたら案外楽しかったので、この二人っぽい別の二人の四方山話シリーズを立ち上げようと思いました。




