選択を一つ、間違えなかっただけ
この物語に、
特別な知識はいりません。
正しい選択をしたこと。
間違えなかったこと。
それだけで、報われると信じたこと。
たぶん、あなたも一度はある。
これは、
「間違えなかった人」の話です。
その日、私は自分の死亡記事をレジで受け取った。
深夜二時。
客のいないコンビニで、ホットコーヒーと一緒に、A4用紙が一枚、トレーに滑り込んできた。
「……これ、何ですか?」
レジの奥に立つ店員は、顔を上げない。
名札には【山田】とある。
「レシートです。
あなたが明日の朝、死ぬ理由が書いてあります」
紙には新聞の体裁で、こうあった。
――午前8時12分、女性会社員・佐倉真央(29)、通勤途中に死亡。
原因:選択ミス。
事故でも病気でもない。
選択ミス。
「冗談ですよね」
「信じなくていいですよ」
山田は言った。
「でも、もう一枚、買っていきます?」
レジ横の棚に並ぶ雑誌のような紙束。
『未来新聞/改』
値段は一万円。
高い。
でも、安すぎた。
翌朝、8時10分。
私は駅にいなかった。
有給を取り、ベッドに座り、震える手で新聞を握っていた。
――午前8時12分、佐倉真央、生存。
原因:一つの選択を間違えなかったため。
8時12分を過ぎても、世界は壊れなかった。
私は生きていた。
スマホが鳴った。
「いらっしゃいませ」
山田の声だった。
「次は、誰を助けますか?」
それが、始まりだった。
私は“修正版”を使って、人を救った。
横断歩道で一歩踏み出すのをやめさせた。
一本早い電車に乗らせた。
別れ話を、五分遅らせた。
救われた命は、確かにあった。
でも、新聞は毎回、こう締めくくる。
原因:別の誰かが、選択を間違えたため。
人数は、増えていった。
十人目を助けた夜、私は聞いた。
「……これ、いつまで続くんですか」
「在庫がなくなるまでです」
「在庫?」
山田は、初めて私を見た。
「あなたの未来です」
棚の一番上に、最後の一冊があった。
未来新聞/最終版
価格:無料
嫌な予感が、確信に変わる。
「これを読むと、どうなるんですか」
「もう選べなくなります」
私は、ページをめくった。
――午前8時12分、
未来新聞の編集者・佐倉真央(29)、死亡。
原因:すべての選択を、自分で背負ったため。
記事の最後に、小さな文字があった。
※この未来は、変更できません。
「……私が、元から死ぬ予定だったんじゃないんですか」
「違います」
山田は首を振った。
「あなたはただ、
一番“選ぶことが上手そうだった”だけです」
怒りも、恐怖も、なかった。
ただ、理解した。
未来は、奪われたんじゃない。
渡されたのだ。
翌朝、8時12分。
私は例のコンビニに立っていた。
レジの内側に。
名札には、【佐倉】。
自動ドアが開き、
不安そうな顔の若い男性が入ってくる。
「……すみません。
これ、何ですか?」
彼の手には、一枚の紙。
私は、にっこり笑った。
「レシートです。
あなたが明日の朝、死ぬ理由が書いてあります」
棚の上には、新しい雑誌が並んでいた。
『未来新聞/創刊号』
値段は――
一万円。
終わり
私たちはよく、
「どこで間違えたんだろう」と考えます。
でも本当は、
間違えなかったことが、
誰かの役目になる瞬間もあるのかもしれません。
もし今日、
あなたが何かを選ばなかったのなら。
それは逃げではなく、
まだ順番が来ていないだけです。
選ぶ役目は、
いつも静かに、
一番できそうな人のところへ回ってきます。
――そのときまで。




