表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/64

第61話:港へ続く道

第61話:港へ続く道


村を出て、俺は振り返らなかった。


背中で聞こえるのは、

焦げた木の軋みと、

誰かの小さな泣き声。


火は止まった。

だが、噂は残る。


……面倒なことになる。


歩きながら、

神父の話を思い出す。


【神格派】

絶対神を掲げる連中。


【概念派】

火を哲学にした者たち。


【古式派】

最初の火を最も覚えている者たち。


俺を一番覚えているのは、

俺を神にしない連中か……。


なんとなく、

それは嬉しかった。


だが――


中央は神格派が主導。

教義統一を急いでいる。

揺らぎを許さない。


そしてもう一つ。


神を祀らず、

神器を研究する国。


名は――アルケシア。


原理を掲げ、

神を概念として扱う場所。


『絶対神エンラの残した槍は、アルケシアの地に』


親父の言葉がよみがえる。


神格派の本拠とは逆へ。


俺は歩く。


逃げるだけじゃない。

取り戻すためだ。


俺の槍を。


「……」


ルクナスの言葉が、胸の奥で響く。


『象徴は力になる。』


「人が……神話と槍を求め、滅ぶのなら……」


ならば。


「壊すしかない……か」


―――――


森の奥は、

静かだった。


俺は追っ手が来ることを予測して、

街道を外れ、道のない場所を進んでいく。


鳥の声。

風の擦れる音。


だが時折、

獣とは違う視線を感じる。


殺意。


俺がいた時代……、

何度も向き合ったそれに、よく似ている。


だが――違う。


あの時の影は、

夜にしか動かなかった。


いまは昼だ。


陽は高い。


それでも、

気配は消えない。


「……変だな」


理由は分からない。


だが、

昔と同じとは思えない。


そして、数日がたった……。


獣を狩り、火を起こし、

毛皮を削ぎ、簡素な外套に仕立てる。


石の槍は、すでに鉄へ変わっている。

拾った刃片を打ち直し、柄を削り、

原初の癖が自然に戻る。


潮の匂いがした。


(……海が近い? 森は越えたか?)


その瞬間。


ヒュンッ――


矢が、風を裂いた。


俺は草の擦れる音に反応し、

身体をひねる。


矢は頬をかすめ、

後ろの木に突き刺さった。


「……追手か?」


低く呟く。


「思ったよりもやるな……」


俺は地を蹴った。

森を斜めに駆け抜ける。


二本目。

三本目。


正確だ。

だが――殺す気なら甘い。


前方に、人影。


足が止まる。


弓を構えた女。

耳が尖っている。


だが――ゴブリンではない。


瞳が違う。


女も、俺を見た。


一瞬、弓が揺れる。


「ッ!? 待って!」


女の声が上がる。


同時に、右斜から気配。


木陰から男が飛び出す。

剣を振り上げ、一直線に俺へ。


だが――


目が合った瞬間、

男の動きがわずかに乱れる。


「な……!?」


その一瞬で十分だった。


俺は身体を沈め、

槍を横に薙ぐ。


刃が届く前に、腹を思い切り槍で殴り飛ばす。


男は転がる。


俺はそのまま距離を取り、

手に火を宿す。


炎が揺れる。


「……何者だ」


低く問う。


森が静まり返る。


弓の女は、矢を番えたまま動かない。


だがその目は――俺の火を、見ている。


「え……いま……詠唱しなかった?」


俺の手の火を、

瞬きもせず見つめていた。


その背後から、

枝を踏み折る音。


「フィア!」


男の声。


弓を背負い、剣を持った男が飛び出す。

その後ろから、もう一人。


ローブ姿の女が、息を切らしながら現れた。


「ちょ、ちょっと待ってください……!」


彼女は、俺を見る。


毛皮を被り、

槍を握り、

火を宿したままの俺を。


一瞬、目が合う。


「……え」


そして、止まった。


彼女の視線は、

俺の顔ではない。


手だ。


火を見てる。


「それ……何の術式ですか?」


森が静まり返る。


後から来た男が叫ぶ。


「ユーリス! 下がれ! 危険だ!」


「違う!」


フィアと呼ばれた耳の尖った女が遮る。


「人間よ!」


転がっていた男が、咳き込みながら起き上がる。


「いてぇ……っ」


腹を押さえながら俺を見る。


「……いや、でも魔物みてぇな格好だぞ」


俺は火を消さない。

距離は保ったまま、毛皮を脱ぐ。


「先に撃ってきたのは、そっちだが?」


低く言う。


フィアが、わずかに眉を寄せる。


「……悪かった。毛皮を頭まで被ってたし。

 こんな森を横切る影は大体敵なの」


「だが、あんた、いまの……ありえねぇ。

 俺も見たが、どうやったんだ?それ?」


腹を抱えて立ち上がった男は、剣で俺の手を示す。


ユーリスは一歩前に出た。


目が、明らかに違う。


戦意ではない。


観察だ。


「詠唱なし!?!? 今、詠唱無しって言いましたか!?……そんな、だって魔法はッ」


ぶつぶつと、理由の分からないことをつらつらと話し始めた。


「なのに?!……しかも、まだ燃えてる! 一体どうやって!? 熱くないんですかぁ!?」


「通る」


俺はそれだけ言って歩き出す。


「ちょ、ちょっと待てって!」


腹を押さえたまま、さっき殴り飛ばした男が立ち上がる。


「おいおい、いきなり現れて、火ィ出して、通るってなんだよ!」


「いきなりも何も、撃たれたのは俺だが?」


「うぐ!?」


フィアが小さく息を吐く。


「ガルド、うるさい」


「うるさくねぇ!」


ガルド。


……さっき殴ったこいつの名前か。


弓を背負ったもう一人が、肩をすくめる。


「まぁ落ち着けよ」


剣を腰に下げ、弓を持っている。


「俺はロアン。こいつはガルド」


ロアンが顎で示す。


「で、あれがユーリス」


ローブの女がびくっと反応する。


「は、はい! ユーリスです!」


フィアが静かに言う。


「私はフィア」


視線が、俺に集まる。


少し間を置いてから答える。


「……エアだ」


ガルドが眉をひそめる。


「変わった名前だな」


ユーリスの目が、わずかに揺れる。


「……エア?」


だが、すぐに火の話に戻る。


「あの、さっきの火って本当に無詠唱なんですか?!」


フィアが制する。


「あとにして」


そして俺を見る。


「でもあなた、一人で森は変よ?

 それに単独行動はおすすめしない」


ロアンが補足する。


「俺たち港まで戻る途中だったんだ。そこまでは同じ方向だろ?」


俺は森の奥を見た。

視線は消えていない。


「……勝手にしろ」


それだけ言って、歩く。


後ろで小声。


「愛想のねぇお人だこと……」


「でも強いわ」


ロアンのあと、

フィアが短く言う。


ユーリスはまだ俺の手を見ている。


森の空気が、少しだけ変わる。


だが――視線は、まだ消えない。


森を抜けると、

石壁に囲まれた港町が見えた。


潮の匂い。

帆柱の軋む音。

人のざわめき。


門の前で、列ができている。


門番が一人ずつ確認していた。


「通行証を」


ロアンが首元からなにかのプレートを見せた。


門番はちらりと見て、頷く。


「通れ」


フィアも同じ札を出す。

ユーリスも。


ガルドはぶっきらぼうに放り投げる。


「ほらよ」


「……次」


門番の目が、俺で止まる。


毛皮。

鉄槍。

裸足に近い足元。

旅装というより、森の獣だ。


「……お前」


槍の石突きが、地面を叩く。


「登録は」


「ない」


短く答える。


門番の眉が寄る。


「所属は」


「ない」


周囲の空気が、わずかに張る。


門番の視線が、俺の槍へ落ちる。


「未登録の武装者は入れん。規則だ」


その瞬間。


「彼は仲間よ」


静かな声。


フィアが一歩前に出た。


門番が眉をひそめる。


「登録証がないが?」


「森で魔物に襲われて失くしたの。見ての通り、田舎育ちでね。街の規則に疎いのよ」


さらりと言う。


ガルドが「おい」と小さく漏らす。

ロアンも目を細める。


だがフィアは、振り返らない。


門番を見るだけだ。


「私が保証する」


門番の視線が、フィアの耳へ向く。


尖った耳。


それだけで、信用の度合いが変わる。


門番は少し考え、ため息をついた。


「……問題を起こせば、連帯責任だ」


「ええ」


即答。


門番は槍を引く。


「次」


門が開く。


ガルドが小声で言う。


「おい、どういうつもりだよ?」


フィアは歩きながら目だけで制す。


それだけで、黙った。

ロアンが肩をすくめる。


「まぁいいさ」


背後で門が閉まる音がした。


港町の喧騒が、一気に押し寄せる。


魚の匂い。

潮の風。

石畳を踏む靴音。


少し進んだところで、

俺は足を止めた。


「……なぜ助けた」


振り返らずに言う。


フィアの足音が、わずかに止まる。


「何が?」


「門だ」


短く告げる。


「俺を通す理由はない」


フィアは数歩進み、

俺の横に並ぶ。


少しだけ視線を上げる。


「……あのとき」


森の中を思い出すように、目を細める。


「あなたは、ガルドを殺せた」


後ろでガルドが「は?」と声を上げる。


フィアは続ける。


「腹を裂けた。喉も折れた」


事実だけを言う口調。


「でも、殴っただけだった」


俺は何も言わない。


フィアは静かに言う。


「魔物は、迷わない……。

 盗賊も、あの距離なら迷わない」


少しだけ、口元が動く。


「あなたは迷った」


俺は横目で見る。


「……見た目は怪しいけど」


フィアは淡々と続ける。


「悪いやつじゃなさそうだしね?」


ロアンが笑う。


「確かにな」


ユーリスが頷きながら割り込む。


「それに、あの火……」


フィアが軽く手で制す。


「ユーリス、それはあと」


ユーリスは「あっ」と口を閉じる。


フィアは俺を見たまま言う。


「あなた、追われてるでしょ」


一瞬だけ、空気が止まる。


俺は否定しない。


フィアは続ける。


「私、耳が良いの。そう呟いたのが聞こえた」


フィアは前を向いたまま言う。


「“追手か?”って」


俺は黙る。


フィアは続ける。


「それに、森の中。あなた、ずっと後ろを気にしてた」


事実だけを並べる声。


「追われてるなら、単独は悪手よ」


ロアンが横から口を挟む。


「港は人が多い。紛れるなら悪くない場所だ」


ガルドが腕を組む。


「まぁ、保証人がいねぇと船にも乗れねぇしな」


そして、フィアが俺を見る。


「今は私たちと来たほうが賢明だと思わない?」


港の喧騒が、遠くで揺れている。


潮風が吹く。


俺は少しだけ空を見る。

少し迷って頷いた。


「……」


フィアの口元が、わずかに動く。


ロアンが笑う。


「決まりだな」


ガルドが肩を回す。


「次は殴るなよ?」


ユーリスはもう俺の隣にいる。


「で、あの火って本当に――」


フィアがため息をつく。


港のざわめきの中へ、俺たちは歩き出した。


今は互いに利用できる……。

……それだけだが。


(少し……懐かしいかもな……)


ラルたちとの思い出が重なった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ