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第60話:灰の後に残るもの


火が静まり、

灰だけが残る。


神父とミレナが立ち上がるのを確認する。


「……大丈夫か」


神父は震えながらも頷く。

ミレナも、まだ息は荒いが立てる。


俺は、わずかに肩の力を抜く。


だが――


胸の奥に、妙な違和感が残っていた。


俺は、ゆっくりと自分の手を見る。


手に、小さな火を宿す。


揺れる……いつもと違う。


「……」


炎が、わずかに波打つ。


さきほどの、あの瞬間。


審問官が刃を振り下ろしたとき。


――俺は、命じていない。


放てとも、

焼けとも、

言っていない。


ただ、受けた。


だが炎は――


俺に向けられた殺意に、

敵意に、

“反応して”飛びかかった。


まるで火に意思があるように。


俺の思考よりも先に、

選んで燃えた。


「……あの火の動き……」


小さく呟く。


「いままでと、少し違った……」


手のひらの炎が、

ふ、と細く伸びる。


何かを測るように、

探るように、

揺れている。


確証はない。


だが――


あれはただの熱ではなかった。


俺を守るために、

敵意を排除するために、

勝手に“選んだ”。


胸の奥が、わずかに軋む。


白い空間。


あの声。


――象徴は力になる。


――君が世界で使うなら、より強力になる。


「……ルクナスが言っていたのは……」


炎が、一瞬だけ強く揺れる。


「こういう事か?」


もし、

この世界そのものが。


神話によって、象徴を増幅し、

“神としての俺”を補正し始めているのだとしたら。


火は、

もうただの俺の力ではない。


“神話の火”に、

なりかけている。


それは戦争を止めるための力か。


それとも――

戦争を生む種か。


(後者だな……)


手の火が、静かに消える。


俺は空を見る。

重い雲の向こう。


まだ、誰も知らない。


だが確かに。


火は、少しだけ変わった。


「……面倒だな」


低く呟いた、その時。


微かな音がした。


かすれた呼吸。


砂利を擦る音。


俺は視線を落とす。


地面に、膝をついたままの男。


外套は焼け、紋章は崩れ、

だが――生きている。


審問官だ。


肩を震わせ、

両手を地に着き、

涙を流している。


目は、焦点を結んでいない。


「……あ……ああ……」


震える声。


俺を見る。


いや――違う。


“見ていない”。


理解が壊れた目。


そして、次の瞬間。


男は、ゆっくりと額を地面に打ちつけた。


「主よ……」


震え声。


「主よ……! みこころのままに……!」


土に額を擦りつける。


「私は……愚かでした……!

 あなたこそ……真なる火……!」


周囲がざわめく。


村人が息を呑む。


若者が凍りつく。


神父が、息を呑む。


男は止まらない。


「裁きを……!

 この身をお使いください……!

 主よぉおおおおおお!」


泣きながら、

土下座の姿勢のまま、

震え続ける。


俺は、しばらく黙って見ていた。


そして、ため息をつく。


「……やめろ」


静かに言う。


男は震えながら顔を上げる。


「主……?」


涙で濡れた目。


狂信の光。


俺は、ゆっくりと歩み寄る。


目の前に立つ。


「崇めるな」


低く、はっきりと言う。


「俺は神じゃない」


男は、さらに深く額を地面に打ちつける。


「主よおおおお!」


……駄目だ。


壊れている。


俺は、もう一度ため息をついた。


「本当に……面倒な」


額を擦りつけ続ける男を見下ろし、

俺は小さく息を吐いた。


「いいから立て」


男は震えたまま顔を上げる。


「主の御前で……立つなど……」


「立て」


今度は、少しだけ強く言う。


空気が重く沈む。


男の身体がびくりと跳ね、

ぎこちなく膝を浮かせた。


だが視線は上げない。

地面を見たまま震えている。


俺は淡々と言う。


「いくつか聞きたいことがある」


「は、はい!……主よ!」


壊れかけの声だ。


俺は視線を外さず、問う。


「審問官は何人いた」


「三名でございます!」


「二人は燃えて消えたな……」


男の喉がひくりと鳴る。


「あれは神の意志にて!」


「違う」


遮る。


「お前が中央に戻り、二人が消えたと報告したら――」


男の呼吸が荒くなる。


俺は続ける。


「……神父とミレナはどうなる」


沈黙。

男の目が揺れる。


信仰と恐怖の間で、思考が戻り始める。


「異端の教会と……認定され……」


声が掠れる。


「調査団が……来ます……」


「規模は?」


「……司祭級、あるいは……騎士団が……」


ざわめきが広がる。


神父が息を呑む。


俺は、男を見下ろしたまま言う。


「つまり、お前の報告ひとつで、この村は潰れる」


男の唇が震える。


「……そ、それは……」


「答えろ」


「……はい!」


静かな肯定。


俺は、次の問いを落とす。


「何故、異端と断じた」


男が顔を上げる。


涙に濡れた目。


だがそこに、わずかな理性が戻る。


「絶対神エンラは……唯一にして完全……」


機械のように口にする。


「御子もまた神格であり……」


「そこは神父からも聞いた」


遮る。


「何が違う」


男の思考が止まる。


「恐れながら、違う……とは?」


「俺は神ではないと言った」


「……はい」


「それが、何故“危険”になる」


男は混乱する。


だがやがて、ぽつりと零す。


「それは……統一が……崩れるから……」


周囲が静まる。


男は続ける。


「中央は今、教義を一つにと……。

 揺らぎは……戦の種になるのです……」


俺は目を細める。


「だから、排除……か?」


男は震えながら頷く。


「神を否定する言葉は……兵よりも早く広がります……」


なるほど。


思想統一。

権威維持。


(戦争の予防か? それとも準備か?)


俺は静かに息を吐く。


「……親父の教えと、何が違う」


男は神父を見る。


そして、小さく言う。


「この神父は……貴方様を“火を灯した者”と……。

 ですが我ら中央は……“絶対神”と……」


たったそれだけ。


だが、その差は大きい。


……人か、神か。

……記憶か、権威か。


俺は、ゆっくりと男に近づく。


「最後に聞く」


男が震える。


「お前は、何を見た? 俺をどう思った?」


沈黙。


男の瞳が揺れる。


「あれは……」


喉が鳴る。


「……火でした」


一瞬、俺を見る。


今度は、正しく。


「……ですが……」


涙が落ちる。


「……恐ろしく、美しかった……」


信仰ではない。

体験だ。


この審問官が俺に何を見たかは分からんが、

あれは……ただ燃やすだけの火だ……。


俺は、しばらく黙る。


「……下らん」


その一言が落ちた瞬間だった。


――ドンッ!


鈍い音が響く。


振り向く。


さきほど凍りついていた若者が、

地面に膝をつき、拳で土を叩いていた。


「クソッ……!」


もう一度、強く叩く。


「俺のせいだ……!」


ざわめきが広がる。


村人たちの視線が、一斉に若者へ向く。


神父が息を呑む。


ミレナが目を見開く。


若者は顔を上げる。


悔しさと恐怖と、

それでも逃げない決意が混じった目。


「俺が……報告したんだ……!」


空気が凍る。


審問官の男が、はっと若者を見る。


若者は震えながら続ける。


「夜に……話を聞いた……!

 あんたが……教義と違うことを言ってるのを……!」


喉が詰まる。


それでも叫ぶ。


「でも……でも俺は……!」


視線が、ミレナへ向く。


「ミレナが心配だったんだ……!」


声が割れる。


「いきなり知らねぇ男が現れて……!

 教会に住んで……!

 あんな力使って……!」


拳が土を握り締める。


「何かあったらどうするって……!

 あの二人に何かあったらって……!」


涙が落ちる。


「だから……中央に知らせれば……ちゃんと調べてくれるって……!

 守ってくれるって……!」


息が荒い。


「まさか……こんな……」


灰を見る。


焼け焦げた地面。


審問官の外套。


「こんな事になるなんて……思わなかった……!」


沈黙。


村人の視線が揺れる。


責める目もある。

理解する目もある。


神父は、何も言わない。


ただ、静かに若者を見ている。


ミレナが、小さく呟く。


「……心配、してくれてたんだよね」


若者の肩が震える。


「……ああ……」


俺は、その様子を黙って見ていた。


怒りはない。


俺は若者の前まで歩く。


若者はびくりとするが、

逃げない。


歯を食いしばったまま、俺を見る。


「……俺を、怖いと思ったか」


若者は、わずかに頷く。


「……ああ」


「今は?」


少しの間。


若者は俺を見る。


焼けた地面。

膝をつく審問官。

震える村人。


そして、俺。


「怖い、……でもわからねぇ…」


正直な答え。


俺は、わずかに息を吐く。


「それでいい」


若者の目が揺れる。


「信じるな」


静かに言う。


「疑え。怖がれ。そうやって逃げていい。

 だが……考えろ、それだけはやめるな」


周囲が静まる。


「そして――自分の責任から逃げるな」


若者の拳が、ゆっくりと開く。


「お前は報告し、その結果がこれだ」


視線を灰に向ける。


「次は、もっと考えてから動け」


若者の喉が鳴る。


「……ああ」


小さな返事。


その後、俺は少し笑って、若者の頭をわしゃわしゃとかき回した。


「まぁ、俺も言えるほどじゃねぇけどな!」


「え……」


若者はあっけにとられて固まった。


俺は視線を審問官へ戻す。


壊れた信仰。

揺らぐ統一。


そして――目撃者。


灰が風に舞う。


俺は、審問官の前に立つ。


「貴様に聞く」


男が震えながら顔を上げる。


「お前の信仰と、目の前の“神”。

 どちらを信じ、どちらに従う?」


沈黙。


男の喉が鳴る。


中央の教義。

絶対神。

統一。


だが――


目の前の火。


焼けた地面。

消えた二人。


男は、ゆっくりと頭を垂れる。


「……主の御心のままに」


小さく。


だが確かに。


俺は頷く。


「なら命じる」


空気が張り詰める。


「報告はこうだ」


淡々と告げる。


「神父とシスターは、狂信者に囚われていた。

 村に異端はない。

 教義に反する発言もない」


男の呼吸が止まる。


「狂信者が審問官二名を殺害。

 その後、逃亡」


静寂。


「……それで、お前の信仰も守られる。

 ……わかるな?」


男は震えながら額を地につける。


だが今度は、狂った礼拝ではない。


理解した者の礼だ。


「……御意」


俺はそれを確認すると、背を向けた。


神父とミレナの前に立つ。


二人は、何も言わず俺を見る。


「悪いが――」


小さく息を吐く。


「これじゃ、綺麗すぎる」


神父の眉がわずかに動く。


俺は指先に火を灯す。


今度は、制御した火だ。


「少し、焦がすぞ」


炎が、教会の壁を舐める。


柱の一部を黒く染め、

扉を焼き、

床に焦げ跡を刻む。


だが、燃やし尽くさない。


争った痕。

抵抗の跡。

混乱の痕跡。


“襲撃”に見える程度で止める。


火を消す。


煙が、ゆらりと立ち上る。


俺は振り返らないまま言う。


「狂信者は、暴れた。

 お前たちは抵抗した。

 それだけだ」


神父が、静かに頷く。

ミレナが、唇を噛む。


俺は、わずかに視線を落とす。


「……世話になった」


短く。


「すまない」


俺は歩き出す。


そして若者の前で足を止めた。


「……気持ちは、言葉にしなきゃ伝わらないぞ」


そう言って肩に触れ、

俺はそのまま、村の外へ出た。


背中で聞こえるのは、

焦げた木の軋みと、

誰かの小さな泣き声。


――火は、止まった。


だが、

この村に残ったものは、

灰じゃない。


噂だ。


俺は雲の下を歩きながら、

二度目のため息を吐く。


「……手間のかかるガキどもだ」


一人行く道に、ポツリと落ちた。

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