第55話:その先
白い。
ただ、白い。
上も、
下も、
境界もない。
音もない。
風もない。
俺は――立っていた。
立っている感覚だけがある。
身体は、
あるようで、ない。
重さもない。
ただ、
意識だけが浮かんでいる。
……夢を、見ていた。
リヒト。
ナハト。
その続きを。
子らの笑い声。
火の揺らぎ。
町の灯り。
手は、届かなかった。
だが、
確かに――そこにあった。
胸の奥に、
まだ温度が残っている。
「……良い夢だった?」
軽い声が、
白を震わせた。
聞き慣れた声音。
少しだけ、
面倒くさそうで、
少しだけ、
楽しんでいる。
「長い夢だったね」
俺は、
ゆっくり顔を上げる。
白の向こう。
形はない。
だが、
そこに“いる”。
「……ルクナス」
名を呼ぶと、
白がわずかに揺れた。
長い金髪の男が、優しくこちらに笑いかける。
「うん。おはよう、エア」
まるで、
昼寝から起こすみたいな調子で言う。
「夢を見ていた……」
俺は言った。
「息子たちの、続きだ……」
「だろうね」
即答。
「ちゃんと続いてる。君が見た通りだよ」
白の空間に、
淡い光が流れる。
遠く、
遠くの時間の残響みたいに。
「満足した?」
俺は、
少しだけ考える。
……ああ。
「……悪くなかった」
「そう」
間があって。
声が、
少しだけ低くなる。
「じゃあ――そろそろ、次だ」
白が、
軋む。
遠くで、
何かが崩れるような気配。
光が、
歪む。
「今度は?」
俺が問うと、
ルクナスは、ほんの一瞬だけ沈黙した。
そして、罰が悪そうに笑う。
「……ちょっと、まずい」
白の空間に、
波紋が走った。
ルクナスが、
指先を動かす。
すると――
何もなかった空間に、
世界が映る。
大地。
海。
空。
町は、
一つではない。
塔が立ち、
城壁が巡り、
船が海を渡る。
鉄が走り、
魔力が巡り、
空に光が浮かぶ。
文明は、
豊かに――広がっていた。
火は、
灯りのままではなかった。
兵器になっている。
「順調だったんだ」
ルクナスが言う。
「君のあとの時代は、かなり安定した」
画面が切り替わる。
学問。
新たな種族。
混血。
人に流れる火の血。
森に溶けた獣の血。
角の名残を持つ者たち。
争いはあった。
だが、
滅びるほどではなかった。
「……だが?」
俺は言う。
ルクナスの笑みが、
消える。
映像が、歪む。
二つの旗が翻る。
対峙する国家。
空に浮かぶ、
巨大な円環。
地中で、
組み上がる塔。
魔力が、
一点に収束していく。
「このまま進むと」
ルクナスが、
静かに告げる。
「高確率で、世界は滅ぶ」
映像が、
一瞬だけ未来へ跳ぶ。
白光。
空が裂ける。
海が蒸発する。
大地が、
沈む。
それは、
闇でもなければ、
怪物でもない。
人の手だ。
人が、神を真似た力。
「二国間の戦争が引き金になる」
ルクナスは言う。
「だが、本質は“神話”だ」
映像が、
再び変わる。
祈る群衆。
祭壇。
巨大な槍。
光り輝く、
神格化された武具。
「君は“絶対神”になった」
「……」
「その名の下で、人は“正義”を確信する」
神の加護。
神の兵器。
神の裁き。
“神々の名”が、
戦旗に刻まれている。
胸の奥が、
わずかに軋む。
「……俺のせいか」
「半分はね」
ルクナスは、
あっさり言う。
「君が悪いわけじゃない。ただ――象徴は力になる」
白の空間に、
一本の槍が現れる。
神々しく、
巨大な光を放つ。
「君の槍は、人々によって神器となり、今も残っている。
……そしてそれを巡る争いが、加速する。
……放っておけば、あの兵器が起動する」
未来の映像が、
再び滅びを映す。
「しかも、それは槍がある限り……いずれどの国でも至る終着地点となってしまった」
静かに。
確実に。
俺は、
目を細めた。
「……だから、俺を起こした」
「うん」
ルクナスは、
今度は真顔で頷く。
「今回、人として転生してもらう」
白が、
ゆっくりと色を持ち始める。
「でも安心して?
あの力は今まで通り使えるはず……いや、君が世界で使うなら、より強力になる……」
鐘の音。
遠くで、
祝祭の声。
学院だろうか。
アンカーではない建物。
塔がそびえ、空を切る。
「目的は一つ」
ルクナスが、
最後に言う。
「神話を壊すこと。
そして――戦争を止めること」
俺は、
息を吐く。
長い夢だった。
だが、
終わってはいない。
「……面倒だな」
「だろうね」
ルクナスが、
少し笑う。
「でも君しかいない」
白が、崩れ始める。
「待て!」
俺の声が、
空間を止めた。
光が、
揺らぎの途中で凍る。
ルクナスが、
わずかに眉を上げる。
「……どうしたの?」
俺は、
真っ直ぐに見る。
「ルゥは、どうなった?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
白が、沈んだ。
ルクナスの表情が、
わずかに曇る。
「……無事だ」
即答ではない。
「魂は消えていない」
俺は、動かない。
「どこだ?」
沈黙。
ルクナスが、
視線を逸らす。
それだけで、
胸の奥が冷える。
「……匿えなくなった」
静かに言う。
「僕が統括権限を持った時、
全アンカーの監査が入った」
白の奥で、
無数の光点が流れる。
「君は“最初の変異体”として記録上保管できる。
今後の介入コマとしても、存在理由がある」
俺は、黙って聞く。
「だが、彼女は違う」
ルクナスの声が、
ほんのわずかに低くなる。
「純粋なあの世界の魂。
しかも僕が非公式に保持していた。
リソース監査に引っかかれば即消去対象だ」
胸の奥で、
火が鳴る。
「消えた……のか?」
「違う」
即座に否定する。
「誰かが、先に動いた。
でも、その誰かは分かっているから――」
その瞬間。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
白が裂ける。
紫の閃光。
あの女だ。
腕を組み、
不機嫌全開で現れる。
「勝手に“誰か”扱いしないでくれる?」
俺は、目を細める。
「……この声」
女が鼻で笑う。
「ふん、覚えてたの?意外ね……」
ルクナスが、
面倒くさそうに言う。
「君が余計なことをしたせいで――」
「余計!?」
女が遮る。
「誰のおかげであの子が助かったと思ってるのよ!」
俺は、一歩前に出る。
「説明しろ」
空間が、張り詰める。
女は舌打ちする。
「監査が入るのは分かってたの。
コイツの昇進直後に全リソース再計測。
隠してた魂なんて一発アウト」
ルクナスが低く言う。
「突然で時間がなかった……」
「先読みが甘すぎ!だから私がやったのよ!」
女が指を鳴らす。
白に、一瞬だけ別の座標の残像が映る。
「緊急で転生させたわ。
別アンカーを使って、未登録座標に」
俺の視線が鋭くなる。
「……勝手に」
「勝手にじゃないと間に合わなかったの!」
怒鳴る。
「匿うスペースなんてもう無かった!
あんたはサンプル扱いで保管できる!
でも彼女はただのそこら辺リソースと同じ!」
言葉が、続く。
「しかも今回の基底種の成功例。
本来はルール違反。
見られたら私も消される」
ルクナスが、
苦く笑う。
「彼女は、かなり危険な賭けをした」
女は睨む。
「消費なんてしてない。
リソース転用もしてない。
ちゃんと個体転生させた」
俺の喉が、鳴る。
「……どこだ」
女は、視線を逸らす。
「座標は乱れてる。わざとよ。
監査ログに残らないようにしたから」
白が、重くなる。
「でも消えてない」
女が真顔で言う。
「魂は安定してる。
私が保証する」
ルクナスが、
静かに続ける。
「現在も探索中だね……」
未来の滅びが再び映る。
「この戦争が起これば、
探す時間も、世界も、失われる」
俺は、目を閉じる。
怒りが、
燃え上がる。
「どういう事だ!!!」
白が震える。
火が噴き上がる。
女が一瞬だけ後退する。
だがルクナスが、低く言う。
「落ち着け」
圧がかかる。
火が押し留められる。
女が吐き捨てる。
「やめなさい。今は手を出せないだけ」
沈黙。
三者の間に、
白い空間が張り詰める。
俺は、ゆっくり息を吐く。
「……見つける」
二人がこちらを見る。
「戦争を止める。
神話を壊す。
……その後だ。それくらいは好きにさせろ」
女が小さく笑う。
「やっぱりね。感謝しなさい?
コイツじゃなく私にね」
ルクナスが、頷く。
「すまない。これには言い訳ができない……」
白が再び崩れ始める。
女が最後に言う。
「安心しなさい。
あの魂は“消費”じゃないから、ちゃんと“生きてる”」
女が、少しだけ目を細める。
「ふふふ。今後は誰に着くか考えなさいね?」
「……感謝する」
その一言で、
火が静かに灯る。
落ちていく。
世界へ。
戦争へ。
神器へ。
そして――
どこかにいる、
ルゥへ。




