第54話:受け継がれたもの (原初編・完)
どれほどの時が、
過ぎたのかは分からない。
季節が、
幾つも流れていく。
それを、
俺は――夢みたいな感覚で見ていた。
目を開いているわけじゃない。
だが、閉じてもいない。
ただ、
浮かんでいる。
―――――
村は、
広がっていた。
最初は畑が増え、
次に家が増え、
やがて――道が出来た。
人が行き交い、
声が重なり、
灯りが増える。
いつしか、
それは「村」じゃなくなっていた。
町だ。
俺が引いた溝は、
石で整えられ、
水路になっている。
流れは、
今も止まらない。
―――――
リヒトがいた。
若い。
いや――
少し年を取っている。
槍を置き、
子を肩に乗せている。
笑っていた。
その子は、
人の形をしている。
だが、
目の奥が――少し違う。
火に近い。
成長するにつれ、
身体が丈夫になり、
必要な時だけ、
獣に近い姿を取る者も現れた。
完全には変じない。
だが、
守るための力だけを残している。
その血は、
静かに広がっていった。
森と町の境。
どちらにも近い場所に、
その一族は暮らしている。
―――――
ナハトもいた。
火を扱うが、
燃やすためじゃない。
暖めるためだ。
炉があり、
湯があり、
冬を越す知恵がある。
その子らも、
火を持った。
小さな火だ。
感情に寄り添う火。
人を傷つけない火。
代を重ねるごとに、
角は目立たなくなり、
姿は人に近づいていく。
寿命は、
少しずつ――長くなる。
だから、
急がない。
よく笑い、
よく迷い、
よく生きる。
―――――
時に、
辛いこともあった。
病。
別れ。
争い。
それでも――
町は、
壊れなかった。
なぜなら、
守るものが残っていたからだ。
俺が守ったもの。
俺を守っていたもの。
その“暖かさ”が、
次へ、次へと渡されていく。
親から子へ。
隣へ。
知らない誰かへ。
火は、
もう暴れない。
灯りになっている。
―――――
気づけば、
俺は少し離れた場所にいた。
見下ろしている。
だが、
見捨ててはいない。
関われない。
触れられない。
それでいい。
役目は、
終わっている。
それでも、
胸の奥は――静かだった。
満ちていた。
―――――
「……おーい」
軽い声が、
聞こえた。
「起きてー」
意識が、
引き戻される。
夢が、
ほどける。
「もう、十分見ただろ?」
「次の“出番”だよ、エア」
俺は、
ゆっくりと目を開ける。
……ああ。
そうか。
役目が来たか。
視界の向こうで、
光が揺れる。
世界が、
切り替わる。
だが――
最後に、
もう一度だけ、まぶたを閉じた。
町は、
そこにある。
人も、
獣も、
火も。
混ざり合い、
続いている。
それで、
いい。
俺は、
前を向いた。
必要な時に――俺は、呼ばれる。




