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第53話:最大火力/終わりへ至る火 


俺は、

槍を地面に突き立てる。


「ナハト、合わせろ」

「はい!」


空いた手に、

火を宿す。


だが――視線は、前だ。


意識は、

火じゃない。


飛ぶものだ。


「リヒト、穿て」


一拍。


リヒトが、

息を吸う。


「――撃てぇ!!」


―――――


次の瞬間、

背後が動いた。


弓が、

一斉に放たれる。


投げ槍が、

空へ解き放たれる。


音が、

塊になって押し寄せる。


だが――それらは、

俺たちを越えた瞬間に変わる。


矢が、

火を纏う。


投擲が、

赤く染まる。


空気が、

燃えた。


ナハトと俺の火だ。


放たれた瞬間じゃない。

飛翔の途中。


通過したものにだけ、

正確に――火が宿る。


狙っていない。

選んでもいない。


“合わせた”だけだ。


燃える矢が、

雨のように落ちる。


燃える槍が、

一直線に突き進む。


火が、

空を引き裂く。


―――――


当たる。


突き刺さる。


爆ぜる。


胸。

肩。

脚。

腹。


何本も。


何十も。


火が、

巨体を覆う。


炎が、

絡みつく。


肉が、

焼け落ちる。


確かに、

効いている。


焦げた匂いが、

広野を満たす。


だが――止まらない。


ズシン。


燃えながら、

踏み出す。


ズシンッ。


炎を纏ったまま、

さらに一歩。


焼け落ちた肉の下から、

まだ動く。


目に、

光はない。


反応もない。


ただ、

距離が縮まる。


ズシン。

ズシン。


地面が、

悲鳴を上げる。


俺は、

槍を引き抜いた。


リヒトの隣に、

一つの気配が並んだ。


狼族の女の子。

名はラァ。


低く、息を吸う。


そして――遠吠え。


短い。

鋭い。


合図だ。


次の瞬間、

狼族が一斉に走り出した。


地を蹴り、

四肢で加速する。


影のように、

巨体へ迫る。


跳ぶ。


空中で、

形が変わる。


骨が鳴り、

筋が張る。


爪が伸び、

牙が覗く。


飛びかかり、

肉を――抉る。


裂ける。

削げる。


確かに、

削れている。


だが――倒れない。


巨体は、

崩れない。


抉れた箇所から、

内臓は出ない。


血も、ない。


代わりに、

黒いものが溢れた。


液体のようで、

煙のようでもある。


粘り、

立ち上り、

空気に溶ける。


禍々しい。

生き物の中身じゃない。


狼族が、

一瞬だけ動きを止める。


その隙だった。


太い腕が、

一本伸びる。


掴まれた。


一匹の狼族が、

片手で握られる。


逃げられない。


力が、違う。


骨が、

嫌な音を立てる。


「キャインッ――!」


悲鳴が、

広野に裂けた。


掴んだ手が、

ゆっくりと持ち上がる。


口へ。


狼族が、

暴れる。


だが、

外れない。


――ゴリ。


音が、

異様に大きく響いた。


噛み砕く音だ。


次の瞬間、

声が消えた。


落ちる。


肉でも、

血でもない。


黒いもやが、

塊のまま吐き出され、

空に散った。


誰も、

動けなかった。


弓が、

下がりきらない。


槍が、

構えたまま止まる。


狼族も、

森の民も。


青ざめた顔で、

ただ――見ている。


喰われた。


それだけの事実が、

広野に沈んだ。


俺は、

吠えた。


「退け!!」


声が、

場を裂く。


「俺より前に出るな!!」


考える前に、

身体が動いていた。


鉄の槍を、

握り締める。


駆ける。


地を蹴る。


穂先に、

火を宿す。


今度は、

抑えない。


突く。


貫く。


手応えが妙だった。刺さりはした。


だが、深くまで届かない……まるで中で何かに受け止められてるみたいに……。


(なら――燃やすだけだ!)


内側から、

火が走る。


巨体が、

初めて顔を上げた。


呻く。


苦しむ。


確かに――通っている。


だが……巨大な爪の手が持ち上がる。


俺を、

叩き潰すために。


その瞬間、

横から影が飛んだ。


リヒトだ。


槍を、

ナハトに握らせる。


言葉はない。


次の瞬間、

ナハトごと振り回す。


放る。


空へ。


ナハトの身体が、

弧を描く。


落ちる前に、

火が灯る。


槍が、

真っ赤に燃え上がる。


――叩き込む。


頭上から、

一直線。


俺とナハト。


二つの火が、

重なる。


火をさらに押し込む。


燃える。

燃え上がる。


断末魔が、

空を裂いた。


俺たちは、

跳び退いた。


距離を取る。


火に包まれた巨体が、

もがく。


転がる。


焼け落ちる。


「勝ったか……?」


そう思った、

一瞬。


火が、

消えた。


内側から。


吸い取られるように、

静かに。


ナハトが、

息を呑む。


「……な、うそだ……」


リヒトの喉が、

詰まる。


「……ッ!?」


煙の中から、

それが立ち上がる。


皮膚は焼け、

剥がれ、一部はない。


骨が、

露出している。


顔は、

半分崩れている。


それでも、

立っている。


倒れない。


目に、

光はない。


――生き物じゃない。


三人の視界に、

同じものが映った。


異質。


怪物。


まだ、

終わっていない。


ズシン。


ズシン。


燃え、削がれ、

骨が剥き出しになっても……


……それは、止まらない。


距離が近い。

退きながら、攻撃をする。


矢が刺さる。

火が走る。

槍が穿つ。


それでも距離は詰まってくる。


村が――近い。


背後から、

悲鳴が混じる。


子どもの声。

怯えた息。


不安が、

風に乗る。


俺は、

歯を噛み締めた。


――もう、ない。


距離も、余裕も。


骨の隙間で、

黒いもやが、蠢いた。


生き物みたいに。


「ガルルルル」「あれ……」「……来るぞ」


誰かの声が、

掠れた。


次の瞬間、それが……

骨の間から――落ちた。


どろり。


黒い塊が、

地面に落ちる。


泡立ち、

引き延ばされ、

歪な形を作る。


人にも見えるし、形をなくした狼族にもみえる。

四肢の数も、関節も、合っていない。


それが、

立ち上がった。


「全員、かかれ!!」


誰かが叫んだ。


もう、

陣形はない。


乱戦だ。


俺とナハトとリヒトが、

前で――巨体を止める。


後ろでは、

分裂した小物に村が食らいつく。


斧が落ちる。

槍が刺さる。

火が投げ込まれる。


怯む。


だが、

倒れない。


火は効く。

だが、終わらせられない。


「くそっ……!」


呻き声が、

あちこちで上がる。


――劣勢だ。


ナハトが、

跳んだ。


巨体に取りつき、腕を突っ込んだ。


そして――内側へ。


「喰らえぇ!!」


「――ッ!!」


火を放つ。


内部から、

爆ぜる。


確かに、

効いた。


だが――爪が振り下ろされる。


避けきれない。


「ナハト!!」


俺の声より早く、

リヒトが飛び込んだ。


体当たり。


二人で、

地面を転がる。


衝撃。


息が、

詰まる。


ラァが、

すぐに駆け寄る。


低く、

吠える。


ナハトが、

身を起こす。


俺も叫んでいた。


怒りが火になる。


「燃えろぉおお!」


炎を叩きつける。


――だが。


巨体は、

進む。


蹴りが、飛ぶ。


俺は吹き飛ばされた。


地面を転がる。


だが――鉄の槍を地に突き、

勢いを殺す。


立てる。


まだだ。


「――ックソ!!」


その時。


ナハトが、

叫んだ。


「父さん!!」


声が、

震えている。


「胸のところだ!!」


俺を見る。


必死に。


「心臓じゃない……でも……」


一瞬、言葉を探す。


「……何か、ある!!」


骨の奥。


もやが、

そこだけ――集まっている。


俺は、

それを見た。


――ああ。


「……そこか」


ようやく、

“核”が見えた。


だが――近すぎる。


もう、

村の前だ。


ここで止めなければ、

終わる。


俺は、

槍を握り直した。


ここで――全てを賭けるしかない……。


槍は、届かない。


もやが、

受け止めている。


火も、押し返されている。


守られている。


(……なら)


俺は、視線を外した。


リヒトを見る。


腹を押さえ、

ラァに支えられている。


立っている。

だが、無理をしている。


ナハトを見る。


火を宿した手が、

まだ――震えている。


その目は、

前を向いている。


俺は、一度だけ息を吐いた。


「ナハト」


声は、不思議なほど静かだった。


「これから生まれる子を、大事にしろ」


ナハトが、

瞬きをする。


「俺みたいになるな」


思い返す、小さい頃。

二人と遊べた事なんて、数えられるぐらいだ……。


「……いっぱい、遊んでやれ」


「……え?」


言葉が、

追いついていない。


俺は、もう一度……視線を動かす。


リヒトに向ける。


「……ごめんな」


喉が、

少しだけ詰まった。


「また、いつか一緒に狩りをする約束……」


言い切れなかった。


「……守れそうに、ない」


「父さん!!」


リヒトが、

手を伸ばす。


「ま、待ってくれ!!」


指先が、

空を掴む。


届かない。


ナハトが、

息を呑む。


「……父、さん……?」


俺は、

二人を見る。


リヒト。

ナハト。


「……よく、立派に育った」


言葉が、

自然に出た。


「ここまで本当に、立派に……ありがとう」


そして奥底から力が湧き上がる。


「おまえたちは――」


炎が、

身体の奥で、

確かに応えた。


「俺の、誇りだ」


俺は、

背を向けた。


俺は一歩……前に出た。


その瞬間、

地面が音を立てて歪んだ。


溶ける。


石が、

土が、

焼け爛れ、

赤く沈む。


足跡が、

“残らない”。


熱が、

世界を押しのける。


空気が、

逃げる。


火は俺の力だ。

しかし、今は呼吸をするたび、

肺が焼ける感覚があった。


だが――それでも、火は止まらない。


俺の中で、

何かが――外れた。


抑えていたもの。

区切っていたもの。

人として保っていた“枠”。


それが、

砕け落ちる。


火が、

溢れた。


皮膚の上じゃない。

鎧の下でもない。


骨の奥。

血の中。

魂の縁から――噴き上がる。


俺は、

もう「燃えている」んじゃない。


――火が、俺を形作っている。


背中で、

風が悲鳴を上げた。


炎が、

羽のように広がる。


地平が、

揺れる。


村の灯りが、

一瞬昼になる。


巨体が、

初めて“退いた”。


「―――ッ!?」


本能でも、

影でもない。


ただ、

圧倒的な熱量に。


俺は、

走り出した。


一歩ごとに、

大地が沈む。


二歩で、

地面が割れる。


三歩目で、

空が歪む。


速度が、

意味を失う。


距離が、

燃え尽きる。


俺は、

跳んだ。


高く。


――空を、突き破るように。


身体が、

伸びる。


引き延ばされる。


骨も、

肉も、

境界が消える。


俺という存在が、

一本の“軌道”になる。


巨大な、

火の槍。


先端は、

世界そのものを焦がし、

後端は、

地平を白く染める。


「……今度こそ、おわりだ」


声は、

もう――ない。


意志だけが、

前を向く。


衝突。


音は、

なかった。


ただ、

光が――爆ぜた。


核に触れた瞬間、

もやが悲鳴を上げた。


いや、

悲鳴という“概念”そのものが、

焼き切られた。


黒は、

意味を失い、

形を失い、

名を失う。


欠けた存在が、

ようやく――終わる。


火が、

内部から全てを貫き……


影を……世界から削ぎ落とす。


巨体が、

崩れる前に。


“存在”が、

先に消えた。


―――――


熱が、

一瞬だけ――弱まった。


その隙に、

誰かが名を呼んだ。


リヒトか、

ナハトか。


分からない。


だが――


「……」


俺は、笑った。


それで、

十分だった。


―――――


光が、

消えた。


熱が、

引いた。


そこに、

何もない。


火も、

影も、

父の姿も。


ただ、

焼けた大地だけが残っている。


リヒトは、

しばらく――動かなかった。


伸ばしていた手が、

宙に残ったまま。


指先が、

ゆっくりと――下がる。


膝が、

落ちる。


音は、

立たない。


ナハトは、

一歩も動けなかった。


「……父さん……?」


小さく。


返事は、

ない。


ラァが、

低く鳴いた。


遠吠えではない。


失われたものを知った音。


リヒトは、

それを聞いて――息を吸った。


震える。


だが、

泣かない。


叫ばない。


立ち上がる。


ナハトの前に、

立つ。


――守る側の位置に。


二人とも、

前を向いた。


父が、

最後に立っていた場所を。


そこには、

もう何もない。


だが。


守るものは、

残っている。


それを――二人は、知っていた。

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