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第28話:火の輪の中心で


朝。


焚き火は――まだ続いている。


夜の警戒を終え、

集落には、

いつもの音が戻っている。


木を割る音。

子どもの声。

肉を干す匂い。


俺は――

手の空いている者たちを集めた。


トゥー種。

ヴァル種。


年寄りは除く。

子どもも除く。


動ける者だけ。


輪になる。


皆――理由は聞かない。


ただ、俺を見る。


俺は、地面に置いた枝を拾い上げた。


真っ直ぐな枝。

しなりのある木。


「今日は――これだ」


短く言う。


枝を曲げる。


ぎし、と鳴る。


皆の耳が、

一斉に動いた。


「槍は――近い」


枝を、

地面に突き刺す。


「影は――触れる」


今度は、

枝を放す。


戻る。


勢い。


「だから――離れる」


紐を取り出す。

乾いた腱。

よく伸びる。


結ぶ。


引く。


弓だ。


誰かが、

小さく息を呑む。


「影は獣に入ってる時は、速い」


俺は、

目の前の地面に石を置いた。


距離を取る。


矢を番え、

放つ。


石の横に突き刺さる。


当てない。

わざとだ。


落ちる軌道を見せる


「当てなくていい、近づくな。

 影を――寄せるな」


繰り返す。


「刺せる距離でも、

 行くな。


 弓は距離だ。

 命を守るための、距離だ」


皆、黙って聞いている。


不器用な手で、

真似をする。


弦が外れる。

枝が折れる。

矢が地面を転がる。


誰も――笑わない。


ルゥは、

少し離れたところに立っていた。


腹に――手を当てている。


その隣に、リル。


ルゥの肩を、

そっと支えている。


ルゥの耳が落ち着かない。


何度も、

空を見る。


雲はない。


青い。


それでも――視線は、上へ。


俺は、

それに気づいた。


だが‥何も言わない。


今は、

教える。


矢を放たせる。


距離を取らせる。


この場所に踏み入れさせないために。


…時間が過ぎる。


やがて、

輪は崩れ、

各々が弓を手にした。


まだ頼りない…。


だが前より、いい。


俺は、

最後に言った。


「影が来たら一人で、

前に出るな、火の所に逃げろ」


皆の目が揺れる。


意味が、

完全には分からない。

だが覚えた。


その時――風が、変わった。


ルゥが小さく身を強張らせる。


「エア!!!」


その瞬間…


影が、

落ちた。


「上!!」


誰かの叫び。


次の刹那――空が、裂けた。


怪鳥。


俺がここに来た時に見たあいつだ。


巨大な翼。

風を叩き潰す羽ばたき。


昼の一時、静けさが――

一気に、引き剥がされる。


悲鳴。

子どもが伏せる。


弓が一斉に構えられる。


「撃て!!」


俺の声。


矢が――空を切る。


当たらない。

弾かれる。


羽に――深く入らない。


怪鳥は低空へ。


狙いは――集落。


光。

動き。

音。


俺は前へ出た。


槍を構える。


怪鳥が、

俺を見る。


真正面。


巨大な嘴。

青い眼。


睨み合い。


一瞬、

世界が、止まる。


次の瞬間――怪鳥が、咆哮した。


空気が震える。


俺は――踏み込む。


跳ぶ。


槍を――突き立てる。


「――ッ!!」


刃が――羽の根元に、入る。


浅い。

だが――確実に、痛みを与えた。


怪鳥が翼を打ち下ろす。


吹き飛ばされる。


地面を転がり、受け身を取る。


口に手を当て…。


「ピィーーーーッ!!!」


地鳴り。


全速で、突っ込んだ。


ダックだ。


「クククク!!ッギョ!!」


飛び蹴り。


横腹へ――直撃。


怪鳥の巨体が横倒しになる。


どん、という――

鈍い衝撃。


建物が――

潰れる。


見張り台が――

軋み、倒れる。


木が――

折れる。


怪鳥は地面に転がり、

すぐに立ち上がる。


咆哮。


今度は――怒りと警戒。


怪鳥は、

もう一度、俺とダックを見る。


近寄ると――危険。


そう、

理解した。


翼を大きく広げる。


風。


土。


怪鳥は跳ね上がり、

空へ――逃げた。


森の向こうへ。


残ったのは――破壊。


折れた柱。

倒れた見張り台。


そして、


風に巻き上げられる火の粉。


倒れた見張り台の松明が――屋根に、燃え移っていた。


「火だ!!消せ!!」


混乱。


俺はすぐに叫ぶ。


「水!!土!!火を、囲め!!」


命令。


皆が動く。


弓を捨て、

桶を掴み、

土を投げる。


火は――暴れる。

だが――広がらせない。


燃え落ちる。

燻る。


やがて――

火は、抑えられた。


昼の空に――煙が、立つ。


怪鳥は去った…。


俺は、

燃え跡を見ていた。


(……火を、見た

 ……光を、見た)


怪鳥は――学んだ。


そして――学ぶのは、

獣だけじゃない。


俺は、

握った槍を――ゆっくり、下ろした。


「……クソ」


俺は焚き火を見つめる。


その火は、

もう「目印」でもあった。


ーーーーー


夜。


空に――月はない。


焚き火は、

まだ――燃えている。


だが、

弱い。


怪鳥の後、

薪は減り、

見張り台も――失った。


暗い。


集落は――暗い。


それでも、

誰も寝ていない。


焚き火の周りに、

人が集まっている。


子ども。

女。

年寄り。


男たちは――外側。


弓を持ち、

槍を持ち、

壊れた防壁の前に立っている。


静かだ。


風も――

止んでいる。


嫌な――

静けさ。


その時。


地面が――鳴った。


どん。


低く。

重い。


次の瞬間


どん。


どん。


土が、

震える。


「……来る」


手を上げる。


合図。


弓が一斉に、構えられる。


闇の中。


まず――見えたのは、影。


巨体。


角。


一本。


角グマだ。


影を宿した…角グマ。


目は――黒。


反射しない。


息が――白く、乱れている。


そして――突進。


一直線。


「撃て!!」


矢が飛ぶ。


火のついた矢。


刺さる。

刺さる。

刺さる。


だが――止まらない。


影が――内側で、暴れている。


「ギィィィィッ!!」


ガラスの割れるような、

悲鳴。


そのまま防壁に激突。


どん、という衝撃。


木が――裂ける。


一本。

二本。


スパイクが砕ける。


角グマは――防壁を、破った。


だが、

そのまま崩れ落ちる。


前脚が――折れている。


矢が、何本も刺さったまま。


影が――逃げる。


皮膚の内側から、

剥がれるように。


角グマはその場で、動かなくなった。


…死体だ。


だが、終わりじゃない。


角グマの後ろ。


さらに――大きい影。


二本角。


二本の角を持つ、

獣。


牛のような胴。


影が――輪郭を、歪ませている。


狙いは――明確だった。


焚き火。


一直線。


「止めろ!!」


叫ぶ。


だが――距離が、足りない。


二本角が――焚き火に、突っ込んだ。


蹴散らす。


燃えた薪が、飛ぶ。


火の粉が――舞う。


屋根に。

壁に。

地面に。


「火!!」


悲鳴。


集落が一気に、燃え始める。


その瞬間


森が、

動いた。


影を――宿した獣たち。


狼。

獣。

何か分からないもの。


一斉になだれ込む。


弓。

槍。

叫び。


――消火に回れない。

守れない。


皆必死だ。

生きるために。


それぞれが応戦する。


火は――弱まる。


薪がない。


蹴散らされた。


焚き火は――もはや、光じゃない。


その時。


空が――落ちてきた。


漂っていた影だ。


焚き火の光の合間を縫うように。


上空に溜まっていた影が…降りてきた。


地面へ。


人へ。


獣へ。


その中を――


ルゥが、

いた。


腹に――手を当てたまま。


獣から逃げ、

ダックはそれを蹴飛ばしルゥを守っていた…。


だが…、


影が…ルゥを…通り抜ける。


触れた。


一瞬。


ルゥの体が――強張る。


「……エ、ア……」


声が――

掠れる。


膝が――

崩れる。


倒れる。


「――ルゥ!!」


声が、

裂けた。


俺は――

走っていた。


考えは、

ない。


ただ――

腕を伸ばす。


抱き上げる。


軽い。


驚くほど――

軽い。


「ルゥ……ルゥ……!」


名前を呼ぶ。


返事は――

ない。


だが――

胸が、かすかに上下している。


生きている。


まだ――

生きている。


腕の中。


ルゥの体は――

冷たい。


夜の空気より、

冷たい。


指先。

耳。

頬。


火に近づけても――

温もりが、戻らない。


「……っ……」


喉が、

鳴る。


腹に――

手を当てる。


命は――

そこに、ある。


だが――弱い。


とても。


呼吸が浅い。


小さく、

短い。


「……エ……ア……」


掠れた声。


俺は顔を近づける。


「ここだ!ここにいる!!離れない!」


ルゥの目は、半分開いている。


焦点が…合わない。


「……さむ……い……」


震える声。


影は――いない。


どこにも――残っていない。


通り過ぎただけだ。


だが――命が…削られた。


その時。


火の揺れが増えた。


足音。


重い。


近づく――気配。


俺は――顔を上げる。


ラルだ。


松明を二本。


肩に担いでいる。


目は真っ直ぐ。


迷いが、

ない。


ラルは――俺の前に立ち、


松明を――地面に突き立てた。


火が――広がる。


円になる。


「……守る」


短い声。


それだけ。


次々――足音。


トゥー種。

ヴァル種。


皆――火を持っている。


松明。

燃え残りの薪。

焚き火から取った火。


集まる。


俺と――ルゥを中心に。


外側へ――向く。


弓。

槍。

火。


誰も騒がない。


叫ばない。


ただ――立つ。


守る形。


ラルが、一歩前へ出る。


暗がりを――睨む。


獣の気配。


影の名残。


だが――

近づかせない。


火が――

境界になる。


俺は――

ルゥを、抱き直した。


腕の中で――

ルゥが、小さく震える。


「……だい……じょう…ぶ?」


聞く力も――

残っていない声。


俺は――

即座に答えた。


「大丈夫だ」


嘘でも――

迷いなく。


「皆が――いる

 火が――ある

 俺が…いる」


ルゥの目が閉じた。

息はある、かすかに…。


安心したのか――

それとも、もう力がないのか。


分からない。


俺は――

焚き火の方を見る。


火は――

弱い。


だが――

消えていない。


皆が――

守っている。


この夜を。


この命を。


俺は――

歯を食いしばった。


(……まだだ……終わらせない)


ラルの松明が――

ぱち、と鳴った。


火花が――

闇を裂く。


集落は――

崩れている。


だが――

折れてはいない。


俺は――

ルゥを抱いたまま、


火の輪の中心で…

一歩も、動かなかった。

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