表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/41

第26話:残る者、去る者、そして生まれる


夜明け前。


焚き火はまだ、赤い。


窪地の端が、

ざわついていた。


声はない。

だが、空気が動いている。


別種のゴブリンたちだ。


森の縁。


木々の影が濃くなる、


ぎりぎりの場所に――立っている。


外を見る。


暗い森。

獣の匂い。

逃げ場。


そして――振り返る。


俺を見る。


槍を持ったまま、

動かない俺を。


視線が、

絡む。


一瞬の殺意。


逃げるために殺すか。


その意思が、目に…

確かに浮かんだのが分かった。


だがすぐに消える。


…勝てない。


彼奴等はそれも理解している。


俺は、

一歩も近づかない。


代わりに地面に、袋を置いた。


乾いた肉。

木の実。

数日は持つ量。


当分の食料だ。


言葉は、

ない。


別種の一体が、

ゆっくり近づく。


警戒。

恐怖。

迷い。


だが――袋を掴む。


受け取る。


その手が、

震えている。


俺は、

槍を下ろさない。


ただ見ている。


次の瞬間。


そいつは、

自分の首元に手をやった。


木の札。


名札。


一瞬、躊躇う。


それから、紐を引きちぎった。


焚き火へ。


迷いなく放る。


火が、

札を呑む。


名前が、

燃える。


音もなく。


そいつは、

俺を見る。


最後に、

一度だけ。


言葉はない。


だが――分かっている。


ここには、

戻れない。


別種たちは、


森へ下がっていく。


一歩。

また一歩。


やがて――影に溶けた。


俺は、

追わない。


槍を持ったまま、

立ち尽くす。


火が、

ぱち、と鳴る。


抗えない本能は、

責めない。


だが…この場所では、許さない。


(生きる場所は、選べ)


俺は、

槍を肩に担ぎ――焚き火に背を向けた。


窪地の広場は、

静かだった。


ーーーーー


そしてまた、次の日の夜。


今日は俺は外、

壁を背に周りを監視していた。


焚き火は燃える。


集落の端で、

空気が歪んだ。


匂いだ。


荒い呼吸。

興奮。

抑えきれない衝動。


俺は、

立ち上がらなかった。


見る。


影が――重なっている。


別種だ。


一体が、

メスに近づく。


距離が――近すぎる。


息が荒い。

視線が、定まらない。


(止めるか…)


そう思った瞬間――横から。


別の別種が、

飛び込んだ。


拳。


鈍い音。


殴り飛ばされ、

最初の別種が地面を転がる。


吠え声。


「ギィア!!」

「ッ!!」


怒り。

反発。


すぐに取っ組み合いになる。


牙。

爪。

腕。


だが長くは、続かない。


止めた方が強かった。


体が大きい。

動きが、早い。


数息のあと、

相手は、…地面に伏せた。


動かない。


勝った別種はそのまま、振り返る。


メスを見る。


荒い呼吸。

震える肩。


一瞬――踏み出しかける。


だが。


止まる。


「ッーーーー!」


吠えた。


短く。

鋭く。


威嚇でも、

支配でもない。


自分の何かを

「下がらせる」だけの声。


そして…、

そいつは自分の場所へ戻った。


焚き火の範囲、

ルゥ達の種と反対側に。


俺はそいつを見ていた。


知っている。


名前は……ラルだ。


名を与えた一人。


一団の中でも、

少し体が大きく――目立つやつ。


何度も、

線の近くに立っていた。


だが――越えなかった。


その夜は、

それで終わった。


誰も死ななかった。


ーーーーー


次の日。


朝。


焚き火の前で、

俺は角を削っていた。


ツノグマの角。


硬い。

重い。


石で慎重に、尖らせる。


柄は木。


真っ直ぐな枝を選び、

割り、

削り、

整える。


時間がかかる。


だが――急がない、丁寧に仕上げる。


出来上がった槍は、

重かった。


今までで一番いい出来だ。


他の奴らが持っている、

ただの真似事の槍とは違う。


俺はラルを呼んだ。


ラルは、

すぐに来た。


視線が、

少し警戒している。


俺は――何も言わない。


ただ、

槍を差し出す。


ラルは一瞬、動かない。


見る。

匂いを嗅ぐ。


角。

刃。


そして、

その重さ。


理解したのだろう。


ゆっくり両手で受け取った。


握る。


離さない。


俺は、

短く言った。


「……持て」


それだけだ。


ラルは吠えなかった。


ただ、

深く息を吐いた。


その槍は、

命令じゃない。


役割でもない。


越えた証だ。


信頼の――印だ。


ラルは、

焚き火の外へ下がる。


自分の場所へ。


槍を誇らしげに持ったまま。


俺はそれを見送った。


(……期待してるぞ)


この場所は…

選んだ者だけが残る。


こうして――また、進む。


少しずつ。

確かに。


ーーーーー


季節を――越えた。


森の色が変わり、

匂いが変わり、

空気が一段、重くなる。


時間は、

確かに流れていた。


ダックの成長は、

すさまじい。


まだ生まれてから、

数年も経っていないはずだ。


それでも背は伸び、

脚は太くなり、

俺を乗せて、

森を駆けられる大きさになった。


背にまたがる。


低く鳴き、

地面を蹴る。


速い。


風を切り、

枝を避け、


獣道を迷いなく進む。


視界の先。


鹿に似た獲物。


二体。


角は短く、

脚が長い。


気づくのが――遅い。


俺は槍を構え、


一体目。


投げる。


倒れる。


二体目。


ダックが――突っ込む。


蹴り。


音。


逃げる間もなく、

地面に伏す。


確保。


二体。


ダックの背から降り、

獲物を引き寄せる。


二体抱えても軽い。

運べる。


村へ戻る。


窪地が、

見えた。


木造の建物が並んでいる。


最初に建てたのは俺だ。


だが今は違う。


皆が、

それを真似て、


それぞれの家を建てた。


歪んだ壁。

低い屋根。

粗い柱。


それでも住処だ。


中心には――焚き火。


俺がここに来てから、

一度も消えていない。


火は、

続いている。


ダックから獲物を下ろす。


肩に担ぐ。


その時


「エア!」


後ろから、

声。


振り返る。


リルが先に立っていた。


その隣。


ルゥ。


腹が大きい。


もう、

はっきり分かる。


重そうに、

だが確かに、立っている。


もうすぐだ。


命が――生まれる。


「戻った」


俺が言うと、


ルゥは少し笑った。


前よりも、

柔らかく。


言葉もはっきりしている。


「獲れた?」


腹に手を当てながら、

そう聞く。


俺は肩の獲物を示す。


「二体」


それだけ。


ルゥの耳がぴくりと動いた。


リルが、

感嘆の声を漏らす。


「エアは、狩り、一番うまい」


俺は焚き火を見る。


煙。

火。

建物。


人。

命。


(……続いてる)


この場所は、

もうただの集まりではない。


――生きている。


俺が獲物を焚き火に運ぼうとすると、

ガキどもが群れてくる。


「肉!」

「おかえり!」

「たべよ!たべよ!」


新鮮な肉を欲しがって、

手を伸ばす。


だが、周りの大人に吠えられ、

逃げるように離れていく。


俺は、

手を上げて礼を言う。


相手は――ラルだ。


ルゥたちの種族――

トゥー種。


別種――

ヴァル種。


焚き火の周りで、

それぞれ

数を増やしていた。


以前は、

焚き火を境目にして

左右に分かれていた。


だが――今は、少し違う。


焚き火の近くに、

獲物を下ろす。


石ナイフを持った夫婦が、

俺に頭を下げる。


トゥー種のミオ。

ヴァル種のバル。


二人は並んで、処理を始めた。


この集落で――

最初に、並んで立った者たち。


最初に、

同じ焚き火の前で

同じ仕事を始めた夫婦だ。


刃が走る。


肉が分かれる。


血が、

土に落ちる。


だが誰も騒がない。


子どもたちは、

少し離れた場所で

じっと見ている。


学んでいる。


焚き火の火が、

揺れる。


ミオが、

小さく声を出した。


「エア」


手には、

剥がされた毛皮。


確認だ。


俺は、

頷いた。


ミオは、

持ち場に戻る。


その間にバルが肉を切り分け、

薪を足す。


無駄のない動き。


焚き火は俺が見なくても消えない。


この場所は、

もう集まりじゃない。


生き物だ。


選び、

残し、

増えていく。


俺は、


焚き火を見ながら…静かに息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ