第25話:衝動と三本線
俺の住処にルゥと、リル、ミリ、ノアを集めた。
俺が、
名前を与えた者たち。
四人とも、
落ち着きがない。
最近のことが、
頭から離れないのだろう。
視線が泳ぎ、
耳が動き、
時折、俺を見る。
準備しておいた木を、
適当な長さに切る。
さらに――
薄く割る。
板に近い形。
「持て」
短く言う。
意味は、
通じた。
リルとノアがすぐに動く。
ミリが、
少し遅れて続く。
ルゥは、
黙って俺の横に来た。
俺は、
石ナイフを取り出す。
板を削る。
角を落とす。
表面を均す。
時間は、
かかる。
だが――
急がない。
四人にも、
同じことをさせた。
最初は、
ぎこちない。
力を入れすぎる。
削りすぎる。
手を止める。
それでも――
止めない。
削る。
直す。
また削る。
静かな作業だ。
やがて――
木の札が、いくつも並ぶ。
大きさは、
手のひらほど。
最後に、
それぞれに紐を通す。
俺は、
札をまとめて持ち、外へ出た。
「はぁ……集まれ!!」
片手の槍を、
地面に突き立てる。
音で、
意味は伝わる。
集落の動きが止まり、
次に、人影が集まる。
俺は、手前から一人ずつ顔を見る。
石ナイフと用意した札を持ち、
目の前に立たせる。
そして、その首に――
札をかける。
「お前は……ラル」
名前を、
木に刻む。
次。
次。
同じように――
名前を与える。
首に下げさせる。
呼ばれ、
刻み、
受け取る。
やがて――列の最後。
まだ深い傷跡が残る、
別種のゴブリンたち。
見せしめにした、
あの連中だ。
俺は、
同じように――札を渡す。
ただし…
裏に。
一本、傷を付けた。
それを首に下げさせる。
記録だ。
越えた線は、
残る。
“今は”、それだけだ。
槍を引き抜く。
地面から、
土が落ちる。
「……終わりだ」
それ以上は、
何も言わない。
俺は中に戻った。
焚き火の音が――
少し遠くなる。
槍を壁に立て、
腰を下ろす。
今日は――
ここまでだ。
そう思った。
……だが。
外の気配が、
完全には静まらない。
騒ぎではない。
ざわめきでもない。
ただ――
落ち着かない匂い。
しばらくして――
足音が、一つ。
慎重で、
軽い。
入口の影が、
揺れる。
「……エア」
低い声。
ルゥだ。
「ルゥ? どうした?」
短く言う。
返事はなく――
すり、と中に入ってくる。
紐。
木の板。
刻まれた――名前。
ルゥは、
それを指で掴み、
無意識に――
引き寄せていた。
落ち着かない。
耳が動く。
「……ルゥ?」
俺が聞くと、
ルゥは…一瞬、言葉に詰まった。
視線が、
泳ぐ。
外を見る。
俺を見る。
また――札を見る。
「……名前」
それだけ言った。
「……皆に、やった」
覚え始めた言葉。
それでもルゥは、意味を言葉にした。
首を横に振った。
否定じゃない。
一歩、
近づく。
距離が近い。
焚き火の熱より、
先に――息が、当たる。
吐く息が、
断続的に――肌を撫でる。
俺は、
反射的に息を止めていた。
ルゥの手が――俺の腕に触れる。
掴まない。
押さない。
ただ――そこにある。
離れるつもりがない、
という触れ方。
「……エア」
名前だけ。
呼ぶというより、
確かめる音。
俺は一瞬、視線を逸らした。
理由は分からない。
だが――見続けたら、
戻れなくなる気がした。
胸の奥が――速い。
鼓動が…、
喉の裏まで上がってくる。
ルゥは、
俺の首元を見る。
そこには――何も、ない。
札も。
印も。
それを見て、
ルゥは眉を僅かに寄せた。
そして――自分の札に、触れる。
指で。
爪で。
確かめるように。
「……同じ」
小さく。
だが――はっきりと。
同じ、とは何か。
俺には、分からない。
だが違う、とも言えなかった。
ルゥの額が――俺の胸に、触れる。
当てているだけ。
押してはいない。
それでも――鼓動が、伝わる距離。
ルゥの耳が、
ぴくりと動いた。
……聞こえたのだろう。
俺の心臓の音。
その瞬間…ルゥの動きが、止まる。
考えている。
だが――考え方が、分からない。
原始的だ。
理屈がない。
欲しいか、
要らないか。
それだけで、
世界を決める生き物だ。
「同じ……でも、違う……エア」
もう一度、
名前を呼ぶ。
今度は――少し、低い。
強い。
俺は、
息を吐いた。
「ルゥ……」
それ以上、
言葉が続かない。
拒む理由は、
頭に浮かぶ。
だが――突き放す理由が、身体にない。
ルゥは――肩に、額を押しつけた。
擦るように。
確かめるように。
逃げ道を、
塞ぐでもなく。
ただ――
居場所を、作るように。
気づけば――
俺の手は、伸びていた。
無意識だ。
触れたのは、
背中。
毛。
骨。
体温。
その瞬間――
ルゥが、静かに息を吐いた。
短く。
深く。
いつもと違う、
吐き方。
(……なんだ、これは)
分からない。
だが――無視できない。
「……エア、いる……ずっと」
確認するように。
「ここ……いる。わたし、ここ」
黄の瞳が、
焚き火を映して揺れる。
満月より近くて…、
危うい光。
ルゥは返事を待っている。
身体ごと。
俺は、
一拍、置いた。
それから、
頷いた。
「……いる」
それだけだ。
それ以上を――言う前に。
夜が、
深くなっていった。
―――――
それから――夜。
焚き火の外で、
叫び声が上がった。
「エア!!」
切羽詰まった声。
俺は、
すぐに立ち上がる。
隣では――ルゥが、まだ眠っていた。
呼吸は深い。
起こす理由は、ない。
毛皮をそっと整え、
外へ出る。
夜気が、
肌に刺さる。
走る。
焚き火の光が、
途切れる先。
そこに――
あった。
まず――
死体。
別のゴブリンだ。
倒れている。
動かない。
争った痕跡。
引きずられた跡。
折れた枝。
誰が見ても――
殺された後だ。
そのすぐ隣で――
別種のゴブリンが、
メスを押さえつけていた。
息は荒く、
理性が、ない。
周囲は――
誰も動けない。
止められない。
殺し。
そして――
その直後だ。
俺は――
考えなかった。
踏み込む。
蹴り飛ばす。
横から――
全力で。
別種のゴブリンは、
宙を転がり、
地面に叩きつけられる。
メスは――
後ろへ転がり、
そのまま、這うように逃げた。
別種のゴブリンが――
立ち上がろうとする。
唸り、
歯を剥く。
反発。
だが――
もう一度。
蹴る。
今度は――
起き上がれない。
俺は――
首元に手を伸ばす。
木の札。
名札だ。
力任せに――
引きちぎる。
石ナイフを抜く。
迷いはない。
裏に――傷。
一本じゃない。
二本追加する。
深く。
確実に。
刻む。
俺は、
低く言った。
「……三本だ」
周囲が――
息を止める。
俺は――
名札を、掲げる。
全員に、
見せつける。
指を立てた。
「傷つけた」
「襲った」
「…殺した」
それだけ言って、指を3本立てた。
次の瞬間――
焚き火へ。
名札を――
放り込む。
火が、
一気に――
札を呑む。
その光の中で――
俺は、槍を構えた。
一突き。
躊躇は、
ない。
倒れた身体を――
押さえつける。
逃げないように。
動かせないように。
最後に――
頭を踏みつける。
完全に。
終わりだ。
俺は――
槍で、その身体を持ち上げた。
ずるり、と。
焚き火の外へ。
拠点の外へ。
そのまま――
放る。
弔わない。
名前も、
残さない。
別種のリーダーを殺した時と――
同じやり方。
頭を潰した死体は、影は動かせない。
俺は、
振り返った。
「これが……ここの掟だ」




