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第21話:与える者、奪う者


俺は、

近くの木を選び――

斧を振るった。


乾ききっていない幹。

だが、芯は生きている。


数度で――

倒れる。


そのまま、

枝を払う。


使える部分だけを残し、

拠点へ運ぶ。


次に――

石を割った。


薄く。

持ちやすく。


全員に、

一つずつ。


即席の――

ナイフだ。


切れ味は、

十分じゃない。


だが――

加工には、これぐらいでいい。


俺は、

適当な太さの枝を折り、

真ん中に置いた。


一本。

また一本。


それを指さし、

動きで示す。


削る。

尖らせる。


ゆっくり。

同じ動きを――

何度も。


最初は、

ぎこちない。


力を入れすぎて、

折れる。


逆に、

削れない。


だが――

止めない。


見せる。

やらせる。


繰り返す。


やがて、

それぞれの手元に――

尖った枝が並び始めた。


俺は、

次に矢を作る。


短い枝。

真っ直ぐなやつ。


先を削り、

石片を――

溝に当てる。


巻く。

固定する。


言葉はない。


だが、

動きは伝わる。


ルゥが、

じっと見ている。


真似る。


三人も、

少し遅れて――

続く。


出来は――

まちまちだ。


曲がったの。

短すぎるの。

先が太いの。


それでも――

矢だ。


俺は、

その間に――

斧を手に取った。


別の木。


しなりのある枝を選び、

整形する。


削る。

削る。


余分を落とし、

形を出す。


最初に作った時より――

ずっと、分かっている。


力の逃げ方。

反り。

戻り。


弓を――

仕上げた。


完璧じゃない。


だが――

使える。


俺は、

次に――

槍を用意する。


太めの枝。

真っ直ぐ。


先を削り、

焼いて固める。


一本。

二本。

三本。


長さは――

ルゥが持っているものと、

同じ。


最後に――

並べる。


矢。

弓。

槍。


即席。

粗末。


それでも――

昨日より、ずっとマシだ。


俺は、

全員を見る。


疲れた顔。

汚れた手。


だが――

目は、死んでいない。


「よし、上出来だな」


独り言みたいに、

呟いた。


川を下るその前に――

生き延びる準備は、

整った。


それぞれの手に、

武器がある。


俺は、

自分の荷をまとめる。


骨の鎧を身に付け、

紐を締める。


寝床に使っていた毛皮を、

丸めて担ぐ。


重さはある。

だが――

慣れている。


顔を上げると、

四人が――

こちらを見ていた。


視線は、

揃っている。


そこに、

昨日までの怯えはない。


警戒はある。

緊張もある。


だが――

恐怖だけじゃない。


「……よし」


小さく呟いた、その時。


「ギョワギョワ!」


足元で、

空気も読まずに鳴く。


ダックだ。


荷物の紐を、

嘴で突こうとしている。


「おいおい……」


苦笑して、

軽く撫でる。


羽毛が、

指に沈む。


温い。


そこで――

ふと、思った。


この、陽気なアホ鳥にすら、

名前がある。


「ダック」。


じゃあ――


四人は?


俺は、

ルゥを見る。


視線を合わせ、

指で――

三人を示す。


「……名前」


短く言って、

自分の胸を叩く。


「エア」


それから――

三人を見る。


ルゥは、

一瞬だけ首を傾げた。


考える。


それから――

小さく、首を振る。


「……ない」


やっぱりか。


原始だ。

群れだ。


個に名前を付ける、

余裕なんて――

なかったんだろう。


俺は、

三人を順に見る。


一人目。

背が少し高い。

目つきが強い。


二人目。

小柄で、

動きが早い。


三人目。

傷が多く、

表情が柔らかい。


……呼びにくいな。


「……じゃあ」


俺は、

順に指を差した。


最初の一人。


「お前は――

 リル」


短く。

喉で鳴らす感じ。


意味はない。

呼びやすさだけだ。


次。


小柄な方。


「ミリ」


軽い音。


最後。


傷の多い一人。


少し考えて――


「ノア」


三人は、

一瞬――固まった。


理解したかどうかは、

分からない。


だが。


俺が、

もう一度、同じように呼ぶと――


「……リル」

「……ミリ」

「……ノア」


ぎこちなく、

音を真似た。


ルゥが、

それを見て――

小さく、目を見開く。


驚き。

それから――

ほんの少しの、誇らしさ。


「……エア」


呼び返される。


俺は、

うなずいた。


「行くぞ」


言葉は、

まだ通じきらない。


でも――

意味は、届いている。


川は、

下へ流れている。


俺たちも――

動き出す。


ダックが、

先に一歩、踏み出した。


「ギョ」


……相変わらずだ。


俺は、

先頭に立った。


名前を持った五つの影が、

その後に続く。


ここからが――

本当の移動だ。


―――――


川が、

ゆるく曲がった先。


地形が――

変わった。


水辺が削れ、

低い岩棚が続いている。


穴。

窪み。

天然のくぼ地。


奴らが居た……。


だが――

火は、ない。


煙もない。

赤もない。


あるのは――

匂い。


獣脂。

血。

土と汗。


生臭い。


ルゥが、

喉を鳴らした。


短い音。


危険。


三人も、

足を止める。


俺は、

手を上げた。


止まれ。


全員が、

音を消す。


巣の奥――

影が動いている。


数は、

多くない。


だが――

昨日の連中とは、違う。


更に体格がいい。

動きが無駄に少ない。


奪う側。

追う側。


その中で――

一つ、違和感があった。


奥。


一段、高い岩の上。


……立っている。


一体だけ。


背が高い。

俺と――

ほぼ同じ。


筋が浮いている。

無駄がない。


肩。

胸。

腕。


骨。


獣の骨だ。

肋骨。

肩甲骨。

牙。


防具じゃない。


俺のとは違う、見せるためのものだ。


「自分が上だ」と、

一目で分かるように。


そいつは、

武器を持っていない。


それなのに――

周囲の個体が、

自然と距離を取っている。


命令の声も、

動作もない。


それでも――

逆らわない。


視線だけで、

従わせている。


ルゥが、

俺を見る。


怯え。

だが――

逃げろ、じゃない。


問いだ。


どうする?


俺は、

巣と、

その“上”を――

交互に見た。


別種のゴブリン。

支配者。

数。

地形。


正面からやれば―― 全滅するかもしれない。


だが。


あいつは既に俺を、見ている。


気づいている。


視線が、

真っ直ぐ来る。


挑発でもない。

敵意でもない。


ただ…測っている。


強さを。


俺は、

ゆっくり息を吐いた。


「……なるほど」


あいつは、

群れを使うタイプじゃない。


あれは―― “個”だ。


俺と同じ。


だから―― 避けられない。


どこかで、

必ずぶつかる。


俺は、

槍に手をかけた。


まだ構えない。


今は、

見せるだけだ。


ここに、

来たということを。


俺は、

止まらなかった。


そのまま堂々と、前に出る。


隠れない。

構えない。


巣の縁に立つと、

視界の端に―― 見えた。


縛られている影。


ルゥたちと、

同じ種類。


手首。

足。

粗いツタ。


逃げられない。


その横――オスが一人。


石を投げている。


狙いは、

体じゃない。


顔。

腹。

脚。


倒れない程度。

死なない程度。


……的だ。


胸の奥が、

少しだけ――冷える。


「ずいぶんいい趣味だな……」


低く、

吐き捨てる。


言葉は、

通じなくてもいい。


音と、

態度で十分だ。


周囲がざわついた。


別種のゴブリンたちが、

声を上げる。


短い叫び。

唸り。


だが、一瞬。


高い位置から、

手が上がった。


静止。


それだけで、

巣は嘘みたいに静まり返る。


リーダーの風格だ。


岩の上から降り、

ゆっくりとこちらへ歩く。


近い。


背の高さは、

ほぼ同じ。


筋肉のつき方も、

似ている。


無駄がない。


俺たちは、

数歩の距離で―― 止まった。


睨み合う。


空気が、

張りつめる。


俺は、

指を伸ばした。


縛られているルゥたちの仲間を指す。


「言葉は無理でも……」


指を戻し、

自分の目を叩く。


それから―― 相手を見る。


「わかるよなぁ?」


別種のゴブリンは、

口の端を吊り上げた。


ニヤリ。


笑った。


次の瞬間―― 視線が、俺の胸元に落ちる。


骨。


角グマの骨。


肋。

肩。

削られた痕。


一瞬だけ―― 相手の目が、細くなる。


そして、

自分の身体を誇示するように、肩を張った。


身に付けている骨。


見たことがない。


太い。

硬そうだ。


角が二本。


前へ、

突き出るように伸びている。


威圧の形。


権威の形。


「……ふん」


喉の奥で、

低く鳴らす。


互いに、

分かっている。


ここにいるのは―― 群れじゃない。


強さで、立っている者同士。


周囲の連中は、

一歩下がっている。


俺は、

ゆっくりと息を吐いた。


「……話ができないのは、残念だ」


それでも…選択肢は、同じだ。


あいつは、

俺を見ている。


俺も―― 逸らさない。


次に動くのは、

どっちだ?


川の音が、

背後でやけに大きく響いていた。


リーダー格のゴブリンは、

俺を見たまま…

ふっと、笑った。


次の瞬間。


横にいた、

自分と同じ種のゴブリンを、

何の躊躇もなく、掴む。


首じゃない。

胸だ。


指が―― 沈む。


骨が、

軋む。


ぐち、と。


心臓を―― 抉り出した。


温度。

血。


生きたまま。


配下のゴブリンは、

声を出す前に崩れ落ちる。


リーダーは、

それを見もしない。


心臓に歯を立てる。


噛みちぎる。


肉。

血。

滴る赤。


咀嚼する音が、

妙に――はっきり響いた。


周囲のゴブリンが、

歓声ともつかない声を上げる。


権威。

序列。

力。


それを―― 見せつける儀式。


リーダーは、

食いかけの心臓を―― 俺の方へ、差し出した。


一歩、

近づき。


……そして。


わざと。


手を離す。


どさ、と。


俺の足元。


泥の上に、

赤い塊が転がる。


指でそれを、示した。


意味は、

明白だ。


同じものを食え。

同じ列に並べ。

従え。


俺は―― 動かない。


視線を、

落とさない。


足元も、

見ない。


ただ相手の目だけを、見る。


リーダーは、

一瞬だけ眉を動かした。


どう出る?。

そんな感情だろう…。


動かない俺を見て、(……ならば)

そう言うように。


次は―― 別の合図。


引きずられてくる。


縛られた、

ルゥたちと同じ種。


細い体。

血の気のない顔。


リーダーは、

その首を――足で、踏みつけた。


ぐ、と。


骨が、

鳴る。


「グギャ、ギギ!?」


まだ

折らない。


俺を見る。


踏み込む力を、

わざと、調整して。


選べ。

今だ。

跪け。


俺はそれでも、動かない。


拳も。

武器も。


ただ―― 息を、ひとつ吐いた。


低く。


その瞬間。


足に力が、入った。


首が―― 限界を迎える。


その、直前。


俺は一歩、踏み出した。


「……わかった」


槍を、放した。


地面に落ちる音が、

一つ。


乾いた音が響く。


一歩、進む。


手を地面に伸ばす。


目の前では嘲るように、奴がニヤけている。


しかし、

俺は伸ばした手を引き戻しながら、


踏み込む。


地面が―― 沈む。


次の瞬間。


拳が―― 届いた。


殴った。


狙いも、

溜めもない。


ただ―― 真っ直ぐ。


鈍い音。


骨じゃない。

空気が裂ける。


リーダー格の体が、

横に――吹き飛んだ。


地面を、

二度、

三度、跳ねる。


囲っていたゴブリンたちが、

一斉に息を呑む。


静まる。


誰も、

声を出さない。


踏みつけていた足が、

外れる。


生きている。


首は―― 折れていない。


俺は、

視線を外さずに、

前へ出た。


――本気で、殴った。


拳に、

一切の躊躇はなかった。


だが。


地面に転がったはずのリーダーが――

ぐ、と体を起こす。


口から、

血を――吐いた。


赤い。

泡立つ。


それでも――

立つ。


「……おいおい」


思わず、

喉で零れた。


結構、いや、かなりだ。


今の俺は、

この世界で目覚めた時の以前の俺じゃない。


筋が、

骨が、

はっきりと―― 強くなっているのを自覚している。


それでも――奴は…


死なない。


殴り飛ばした相手が、

まだ立っている。


それに驚いた。


リーダーは、

血を吐き捨てる。


ごき、と

首を鳴らす。


目が、

笑っていた。


理解した顔だ。


同格。

いや…それ以上かもしれない。

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