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第20話:下


目が覚めた。


空が少し、明るい。


……まだ昼間か。


身体を起こす。


節々が重い。

だが、動く。


川へ向かう。


膝をつき、

手ですくって顔を洗う。


冷たい。


一気に、

意識が戻る。


顔を上げた、その時。


森の方から影が出てきた。


「ふぅ……ん?」


目を細める。


四つ。


いや―― 三人と、ルゥ。


戻ってきてる。


「……ルゥ?」


いつの間に……?


視線が、

自然と下に落ちる。


手。


袋を持っている。


しかも――

妙に、満足そうだ。


その足元で、

ダックが 袋をつついている。


首を伸ばし、

狙っている。


「ギョ!」


お前もそこか。


「……ほう?」


思わず、

声が出た。


焚き火に戻る。


火はちゃんと、生きてる。


座る。


ルゥが、

俺の前に袋を置いた。


どさっ。


中身が、

広がる。


「……なんじゃこりゃ!?」


反射で、

声が出た。


白い虫。

太い虫。

丸い実。

割れた木の欠片。


見たことがない。


いや

正確には、


「知らん」


まったく分からない、得体の知れないものばかり。


ルゥは、

俺を見る。


少しだけ胸を張っている。


「……めし」


短く。


袋の中を、

指で示す。


「……なるほどな」


頭を掻く。


たしかに…

虫も、食えなくはない。


栄養源だ……。

焼けば、腹に入る。


ルゥ達は森の生き物だ。

理屈は通る。


俺は、

一つだけ…、

幼虫を持ち上げた…。


「……これ、食うのか?」


ルゥは、

こくり、と頷いた。


三人も、

黙ってうなずく。


……そういう世界か。


ダックが、

また袋に近づく。


「おい、やめとけ」


「ギョ?」


睨むと、

一歩下がった。


分かりやすい。


俺は、

焚き火の枝を動かす。


火を、

少し強くする。


「……今日は、これでいくか」


誰にともなく言う。


疲れてる。

正直、かなり。


だが腹は減る…。


そして、

こいつらはちゃんと、生きようとしてる。


仕方なく枝を一本拾う。


先を少し割って、

虫を挟む。


白い。

太い。


……正直、気は進まない。


焚き火にかざす。


じゅっ。


音がして、

表面が縮む。


嫌な匂いかと思ったが――そうでもない。


脂が、

落ちる。


ぱちっ。


「……」


頃合いを見て、

引き上げる。


少し冷ます。


それから…、

意を決して、ほおった。


口の中……

……。


「……お?」


思わず、

眉が動く。


悪くない。


癖はある。

だが、臭くない。


むしろ、

香ばしい。


「……いけるな、これ」


ルゥが、

じっと見ている。


俺の口元。

表情。


少しだけ安心した顔。


もう一口、

食う。


腹に、

ちゃんと落ちる。


「……なるほどな。これはむしろイケる」


枝を振って、

火から離す。


その時、足元…。


「ギョ」


ダックだ。


首を伸ばし、

焼けた匂いを追っている。


俺は、焼き虫を指で折る。


小さくして 、軽く放った。


「ほら」


空中で、

弧を描いて…


「ギョッ!」


ぱく。


正確に、

咥え取った。


一瞬、

戸惑う顔。


それから―― もぐもぐ。


「……食うんかい」


思わず、

笑う。


ダックは、

気にしない。


喉を鳴らし、

満足そうに頭を揺らす。


もっとくれって顔だ。


焚き火の前。


虫。

木の実。

静かな音。


昨日の夜が―― 少しだけ、遠くなる。


俺は、

もう一本枝に虫を刺した。


―――――


ダックが食い終わるのを見てから、

俺はルゥの方を見た。


袋を抱えたまま、

焚き火の前に立っている。


さっきより、

胸を張っているようにも見える。


「……助かった」


小さく言って、

手を伸ばした。


頭。


撫でる――

つもりだった。


だが。


触れた瞬間…


ルゥが、

びくっと跳ねた。


目が見開かれる。

肩が強ばる。


……あ。


そうか。


誉める、ってのが―― ここには、ない。


殴る。

押さえる。

掴む。


そういう触れ方しか、

知らないんだ。


俺は、 一瞬

…手を止めた。


「……?」


言葉は、

通じないかもしれない。


でも―― 動きは、変える。


力を抜く。


指を広げて、

そっと もう一度。


撫でる。


ゆっくり。

頭の上から、

後ろへ。


毛並みを整えるみたいに。


ルゥは、

逃げない。


目はまだ、

少し警戒している。


だが 抵抗は、ない。


二度。

三度。


「……ぅ〜」


喉が、

小さく鳴った。


嫌じゃない。

そういう音。


俺は、

そのまま続けた。


しばらくして――


ルゥの肩が、

少し下がった。


目が、

細くなる。


……悪くなさそうだな。


その時


視線を感じた。


焚き火の向こう。


三人だ。


いつの間にか――

じっと、こっちを見ている。


不思議そうな顔。


怖がってはいない。

だが―― 分からない、という目。


俺は、

気にしない。


手を離す。


それから――

串から、虫を抜いた。


焼けたやつを順番に……。


そして、手を伸ばす。


焚き火の向こうへ。


言葉は使わない。


差し出すだけ。


三人が、

一瞬だけ顔を見合わせる。


それから、

一人が受け取った。


次。

また一人。


最後の一人。


誰も、

拒まない。


噛む。


表情が少し、変わる。


驚き。

戸惑い。

それから―― 納得。


焚き火の前の空気が、

ほんの少しだけやわらいだ。


俺は、もう一本枝を火にかざした。


まだ、

全部じゃない。


でも、始まりには十分だ。


―――――


「……さて、どうするか……」


焚き火を見ながら、

独り言みたいに呟いた。


火は、いい。

この場所も、悪くない。


川がある。

見通しもある。

夜も火で、しのげる。


だが。


獲物が、いない。


火事の騒ぎで、

森の獣は―― 全部、逃げた。


ルゥたちが、

食えるものを見つけてくれた。


あれは助かった。

正直、かなり。


だが虫と実だけじゃ、長くは持たない。


肉がない。


力仕事も、

戦いも―― 続かない。


どこへ向かうにしても、

危険はつきまとう。


森を抜ける。

川を遡る。

焼け跡を離れる。


どれも楽じゃない…。


それに。


ここは、

もうばれてる。


昨日の連中。


ルゥの仲間を、

追ってきた奴ら。


一度は追い返した。


だが――

あいつらは、学んだ。


俺の留守を狙った。

仲間を増やして、

ここに来た。


偶然じゃない。


明らかに―― 狙ってる。


理由は、

だいたい察しがつく。


女だけの集団。

弱った連中。


……餌にしか、見えない。


だからこそ、また来る。


一度で、

終わる相手じゃない。


俺は、

焚き火に枝を足した。


ぱちっ。


火が、

小さく跳ねる。


ここに留まるなら、

守り続けるしかない。


動くなら今だ。


だが、どちらを選んでも、


楽な道は、

一つもない。


俺は、

火の奥で揺れる影を見つめた。


次に来るのは――

影だけじゃない。


それは、

分かっている。


焚き火の横の、

地面をならした。


焦げた枝を拾い、

先を尖らせる。


即席の絵。


最初に、

線を引く。


長く。

くねるように。


川。


そのまま、

上流を指さす。


それから 枝で、大きく×を書く。


駄目だ。


ルゥが、

じっと見る。


視線は、

線と×を往復する。


次に

周りを囲むように、

ぐるりと線を足す。


森。

焼け跡。

昨日の場所。


その中心に―― もう一度、川。


流れを、

下へ。


俺は、

川の下流を指さした。


今度は、

×を付けない。


ルゥは、

少しだけ眉を寄せる。


悩んでる顔だ。


背後で、

三人が小さく声を出す。


短い音。

言葉になりきらない、

相談。


それを聞きながら、

ルゥはもう一度、絵を見る。


今度はルゥが枝を持つ。


川を、

さらに描く。


分かれるところ。

回り込むところ。


遠く。


最後に――小さな集まりを描いた。


丸が、

いくつも。


ルゥたちと、

同じ形。


その少し離れたところに別の形。


頭が大きい。

牙を強調した、

別種のゴブリン。


二つの集団。


だが、川の線は、続いている。


曲がっても。

分かれても。


最後は同じ場所へ。


そこを、

指で叩いた。


とん、と。


ルゥは、

黙ったまま。


長い間、

絵を見ていた。


それから

自分の仲間を、指さす。


一人。

二人。

三人。


次に――

俺を見る。


視線が、

真っ直ぐだ。


少し、

強い。


「……エア……」


呼び方が、

違った。


いつもより―― 重い。


頼る音。


助けてほしい。

連れて行ってほしい。


言葉じゃない。

でも、分かる…。


俺は、

描いた線をもう一度、見た。


川。

森。

別のゴブリン。


分かってる。


ルゥが、

何を考えているかも。


助けたい。

仲間を、見捨てたくない。


それは痛いほど、伝わってくる。


正直、

俺も同じだ。


ルゥは、

飯を取ってきた。


俺を…怖がっていたはずなのに…。


それでも、

逃げなかった。


近づいてきた。

名前を呼んだ。


……それには、

答えたい。


だが。


敵が、

どれだけいるか分からない。


昨日の連中が、

全部とは限らない。


もっといるかもしれない。

別の群れが、

川沿いにいる可能性もある。


無策で突っ込めば、


全員――

死ぬ。


それでも。


ここにも、

いられない。


獲物はない。

森は焼けた。


だが水もなければ、生きていけない。


結局。


選択肢は、

最初から 一つしかなかった。


「……川を下る、しかないか……」


声に出して、

そう言った。


ルゥが、

顔を上げる。


仲間も、

息を止める。


俺は、

一人ずつ 見る。


ルゥ。

三人。


小さい。

弱っている。


それでも…生きようとしている。


俺は、

小さく息を吐いた。


「……わかった」


立ち上がる。


ルゥの前で、

止まる。


目を見てうなずく。


それから、

三人の方へ。


一人ずつ、

頭に手を置いた。


強くは触れない。

押さえつけない。


ただ、

そこにあることを、

伝えるだけ。


三人の肩が、

わずかに震える。


だが―― 誰も、逃げない。


ルゥは、

その様子を見て、

ぎゅっと拳を握った。


決めた顔だ。


川は、

危険だ。


別種のゴブリンも 脅威だ。


それでも。


ここで立ち止まるよりは、

前だ。


俺は、

焚き火を見下ろした。


「……準備しろ」


短く言う。


通じなくてもいい。


もう進む方向は、決まっている。


川は、

下へ流れている。


俺たちもそれに、乗る。

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