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第14話:燃える夜、消えない火


木の上、太い枝の上に腹を向けて寝転がる。


この太さの木なら、へし折られることもないだろう。

高さも、これなら獣は届かない。


枝は太く、

人ひとりの重さくらいでは軋まない。


体を預けると、

自然と力が抜ける。


枝の隙間から、

夜空を見上げる。


……月が、ない。


夜が深い。


それだけなら別にいい。

眠れる。


この暗さなら、

目は慣れる。

音も拾える。


風の流れ。

葉の擦れる向き。

遠くの草の揺れ。


動くものが、

分かる。


闇に紛れて、

“アレ”が飛んでいる。


草の揺れ。

風の変化。

遠くの気配。


ここでは――

大きな火は使えない。


木の上は無理だ。


だから、

あえて消している。


火を持たず、

息を殺し、

身を潜める。


しばらく、

何も起きない。


夜は、

静かだった。


だが――


雲が、動き始めた。


空の低いところから、

じわじわと、

覆ってくる。


…重い。


水を含む前の、

熱を帯びた雲だ。


「……?」


目を細めてよく見る。


そこで気がつく。


雲だけじゃない。


匂いが――おかしい。


鼻を、

ひくりと動かす。


吸う。


(……煙?)


一瞬、

思考が止まる。


枝を掴み、

身を起こした。


前の枝を、手でかき分ける。


頬に葉が触れ、

視界が開ける。


空。


その端が――薄く、赤い。


「……?」


完全に頭を枝の外へ出して、

あたりを見渡す。


「……ッ!?」


一拍。


理解が、

追いつく。


赤は…動いている。


揺れている。


「火事かっ!」


反射で、

木から跳び降りた。


どさっ。


受け身も取らずに着地。


じんじんと足が痺れる。


地面を蹴る。


足裏に、

土の感触。


走る。


本能が叫ぶ。


逃げろ――川だ。


火は、

水で切れる。


だが――


途中で、

足が止まった。


ぴたり、と。


背を向けた方向……、

脳裏に浮かぶ。


草の奥で、

息を潜める者たちの存在。


「ルゥ……、ッ…」


俺は、

進行方向を変えた。


川じゃない。


火の中心に。


夜を、

切り裂く赤へ。


「ちくしょうッ」


声は、

夜に溶けた。


そして、


走り出した。


確かめるために。


火の場所を、

見るために。


記憶をたどり、

ルゥが戻った場所に向かう。


辿り着く前に、

火はすでに

木に燃え移っていた。


枝が爆ぜ、

火の粉が舞う。


熱が、

顔を叩く。


だが――


火の海の奥から、

かすかな音が聞こえた。


鳴き声。


……子の声だ。


近くの川へ飛び込む。


水に沈み、

一息。


肺が縮む。


息を止める。


そして――

そのまま、火の中へ走り出す。


水を含んだ体から、

一気に蒸気が上がる。


熱が、

皮膚を刺す。


煙が、

喉を焼く。


咳が出そうだ、

だが堪えるしかない。


余計な声を出したら、

終わりだ……。


肺が焼ける。


視界が、

歪む。


炎の向こうは、

輪郭だけになる。


それでも音だけは、消えない。


声の方へ、一直線に。


見えた。


赤子を抱えたゴブリン。


その周囲に、

数体。


火に囲まれ、

逃げ道を失っている。


目の前に現れた俺に、

怯えた声が上がる。


だが時間がない。


腕を伸ばし、

掴めるだけ――掴む。


逃げようとする者。

腕から零れる者。


全部は…無理だ…。


掴みそこねたのは置いていく。


抱えたまま走った。


足裏の感覚が、

薄れる。


火の中を、

突っ切る。


そして――

その勢いのまま。


川へ。


一体。

二体。

全部まとめて――投げ捨てる。


水音。


悲鳴。


生きている。


振り返らず――

再び火の中へ戻った。


……いない。


ルゥが――

いない。


胸の奥が、

ざわついた。


嫌な予感が、

形を持つ。


「……ルゥ……」


炎の向こうへ、視線を走らせる。


その時。


火の海の向こうに――

見覚えのある影が立っていた。


「……あのクソどりッ」


歯を食いしばる。


「てめぇかぁあああ!!!」


背中から、

槍と投げ槍を引き抜く。


短く構え――駆け出した。


炎を、

跳び越える。


一気に――。


一本目。


飛びかかり、

喉元に――

左手の槍を突き立てる。


それを軸に――


二本目。


嘴の付け根へ、

右手の投げ槍を叩き込む。


ダチョウもどきが、

暴れ狂う。


だが――

離れない。


首に、

脚を絡める。


そのまま――


突き刺す。

抜く。

突き刺す。


何度も。


さらに激しく、

首を振り回される。


それに合わせて――

体重を乗せる。


「倒れろッ!!」


地面へ、

引き倒す。


だが、

止めない。


息が、

完全に止まるまで。


投げ槍が――折れた。


なら、拳だ。


「殺すッ!!」


ただ、

殴る。


殴る。


手を、

止めない。


「――ぉおおおおおおおッ!!」


動かなくなるまで、

殴り続けた。


血に濡れ、

息を荒くしながら、

ようやく離れる。


背後に、

気配。


振り返る。


……いた。

……良かった。


言葉にはしない。


ルゥの顔は…酷かった。


それで、

少しだけ――理解した。


察した。


こんな草林で、

火を使うなんて…。


いや…

コイツ等はそもそも、

火を知らないはず……。


なのに、

火事が起きていた。


俺は、

ルゥに近寄り、頬を撫でた。


少し、

血で汚してしまった。


ルゥはなにも言わず、

俺の目の奥を見る。


――そのまま、

抱き寄せる。


ルゥを抱え、

立ち上がる。


俺は――ここから離れた。


ーーーーー


川を越えた。


水音が、

ようやく

炎の音を切り離した。


夜の赤が、

背後で揺れる。


何も言わずに歩いた。


ルゥを抱えたまま。


腕に、

力がこもる。


離れない。

離させない。


それぐらいしか……、

今の俺にはできなかった……。


辿り着いたのは、

焼け跡の残る場所。


最初に使っていた、

拠点の跡。


焦げた石。

まだ薄く灰が積もる。


ここも、

一度――燃えた。


石の陰に腰を下ろした。


風を避ける位置。


川は、

すぐ後ろだ。


火を――起こす。


小さく。

低く。


石に背を預ける形で。


草は使わない。

枝も最小限。


火は、

逃げない。


ルゥは、

何も言わない。


ただ――

腕に、すがる。


指が、

俺の服を掴む。


離れない。


その小さな体を、

そのまま抱えた。


拒まない。

解かない。


やがて、

雨が落ちてきた。


最初は、

ぽつり。


次に、

連なって。


火が、

小さく音を立てる。


だが――消えない。


石が守る。

位置が守る。


俺達は、

火の近くで

じっとしていた。


夜が、

流れていく。


雨が、

続く。


そして


……朝。


雨は、

いつの間にか止んでいた。


少し濡れた髪。


それでも火は、残っている。


焚き火の前にいた。


温もりだけが、

確かだった。


森の方角から

煙が、上がっている。


まだ、

完全には消えていない。


ルゥは、

それを見た。


長く。


煙。

黒。

揺れ。


何も――言わない。


ただ、

二つの場所がある。


森と、


今いる、

石と川の場所。


ルゥが、

立ち上がった。


焚き火から、

ゆっくり離れる。


足音は、

ない。


川辺へ向かい、

水際で止まる。


その向こう、

森を……その奥を見る。


焼けた草。

倒れた木。

奥で、まだ…

くすぶる火の気配。


煙が、

細く空へ昇っている。


「……ひっく」


小さな音。


喉の奥で、

引っかかるような


息。


止めきれなかった音。


肩が、

わずかに跳ねる。


「……ひっぅ」


もう一度。


声には、

ならない。


それでも…

体が、先に反応してしまう。


俺は、

それを見た。


聞いた。


考える前に――立ち上がっていた。


後ろから、

距離を詰める。


そっと、

腕を回す。


抱きしめる。


力は、

入れない。


逃げられないだけの距離――


「……」


無言。

言葉は通じない。


でも、


低く、

近くで言う。


「……行きたくないなら、

 ……行かなくてもいい」


頭に手を置き、

ゆっくり撫でる。


一度。

二度。


ルゥの体が、

小さく震える。


「ぅううっ」


体を伝って、

低い音が響く。


今度は…

俺の胸に、顔が触れた。


掴む指。


弱い。

でも――ほどけない。


「……大丈夫だ」


優しい声が出た。

でも、確かな音で。


「……ここは燃えない」


焚き火が、

小さく鳴る。


川の音が、

変わらず流れる。


森の煙は、

まだ上がっている。


それでも――


ルゥは、

動かなかった。


火も、

消されなかった。

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