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第12話:奪われた場所



拠点に戻った瞬間――


「……おいおいおいおい……」


足が、止まる。


焚き火跡。

踏み荒らされた地面。

倒れた支柱。


柵は――

焼け落ちていた。


ほとんどが炭。

形を保っているのは、

端のほうだけだ。


俺は、

無言で中に入る。


干していた肉。

保存していた木の実。


――ない。


残っているのは、

焦げた木片と、

踏み潰された灰だけ。


「……っ」


地面にしゃがみ込み、

灰を払う。


そこに――

見慣れない跡があった。


大きい。


指が三本。

爪が深く刺さっている。


……灰の上に、

はっきりと残る足跡。


「……あの……」


喉が、鳴る。


思い当たるものは――

一つしかない。


「……クソどりがぁアアア!!!」


怒鳴り声が、

森に響いた。


返事はない。

当然だ。


あいつは――

もう、いない。


だが、

やったことははっきりしている。


荒らし、

食えるものを全部持っていった。


挙句火を引火させやがった。


「……ちくしょう……」


拳を握る。


だが――

怒っても、腹は満たされない。


生きる方を、

優先する。


俺は、

拠点を捨てる判断をした。


安全な場所。


……あそこだ。


角グマを仕留めた罠の木。


太く、

高い。

登れる。


俺は移動を開始した。


罠の木の根元に立ち、

上を見上げる。


……よし。


まず、

細めの丸太を集める。


何本も運び、

枝の分かれ目に並べていく。


床。


ただの丸太並べ。

隙間もある。


だが――

地面よりは、ずっとマシだ。


「……よし」


即席。

簡易。


だが、

獣から身を守るには十分。


即席の避難所だ。


上に上がり、

毛皮を敷く。


――残っていた。


それだけが、

唯一の救いだった。


「……助かった……」


思わず、

そう呟いていた。


だが――


食料袋を開いて、

すぐに分かった。


「……全部……」


ない。


干し肉。

木の実。


――全滅だ。


腹の奥が、

きゅっと縮む。


今日は、

もう狩りに出られない。


右腕が――

まだ、まともに動かない。


「……はぁ……」


木の上で、

座り込む。


下では、

風に揺れる草。


遠くで、

鳥の鳴き声。


俺は、

膝を抱えた。


……戻した。


ルゥは、

戻した。


その直後に、

これだ。


「……クソ……」


答えは、

返ってこない。


ただ、

夜が――近づいていた。


ーーーーー


夜になると、草が揺れる。


風じゃない。


それを、ルゥは知っていた。


揺れた場所に近づいたものは、

朝には、もう動かない。


鳥も。

獣も。

小さな子も。


だから夜は、“火”が必要だった。


でも――

ここには、“火”がない。


ルゥは、草の奥で膝を抱えた。


仲間たちの気配が、周囲にある。

警戒の匂い。

不安の息。


誰かが、小さく鳴いた。


「来た…」


その言葉に、

胸の奥が、きゅっと縮む。


ルゥは、歯を噛みしめる。


(エアが、いる)


正確には――

“いた”。


ルゥは立ち上がり、

仲間たちの方を向いた。


言葉が、足りない。

名前も、意味も、うまく言えない。


それでも――


伝えなきゃいけない。


ルゥは自分の胸を叩き、

次に、空を指さした。


太陽の、昇る方。


そして――

両手を広げた。


火を灯す真似。


「……エア」


その名前を、

はっきりと口に出した。


「……エア、ここ」


ここに、いてほしい。


その言葉が、

草の中に落ちた。


すぐに――

ざわ、と空気が揺れる。


仲間たちの間に、

低い声が走った。


否定。

拒絶。

恐れ。


一体が、

一歩、前に出る。


牙を見せ、

喉を鳴らした。


「……ちがう」


短い。

硬い声。


別の個体が、

子を抱いたまま首を振る。


「……くる」

「……たべる」


夜を指さす。

草の揺れる方。


「……あれ、くる」

「……エア、よぶ」

「……しぬ」


言葉は途切れ途切れだが、

意味は、はっきりしていた。


――危険だ。


エアは、

異質だ。


太陽を扱う。

火を生む。


それは、

草の民にはない力。


理解できないものは、

恐怖になる。


「……いや」


ルゥは、

思わず声を出していた。


震える。

喉が、ひくりと鳴る。


でも――

下がらない。


ルゥは、

一歩、前に出た。


夜の草を指さす。


揺れ。

影。


それから、

自分の胸を叩く。


――生きている。


次に、

地面を指す。


ここ。

ここは、まだ――

誰も死んでいない。


「……エア」

「……ひ、ある」

「……よる、こない」


火を灯す真似を、

何度も繰り返す。


必死だ。


だが――

仲間たちは、引かない。


一体が、

低く唸った。


「……こわい」

「……ちがう」

「……いらない」


別の声。


「……よぶと」

「……もっと、くる」


夜の向こうを睨み、

草を掴む。


――死。


その概念が、

全員の中にある。


ルゥは、

唇を噛んだ。


分かっている。


怖い。

異質。

理解できない。


それでも――


ルゥは、

子を抱いた仲間を見た。


眠る、小さな体。


夜になれば、

一番に狙われる存在。


ルゥは、

その子を指さし――

空を指した。


太陽。

光。


そして、

自分の胸。


「……エア」

「……まもる」


短い。

拙い。


だが――

嘘じゃない。


一瞬、

沈黙が落ちる。


草の揺れが、

近づいた気がした。


遠くで、

鳥が――鳴き止む。

ちがう。


死に触れられて……

止まった。


仲間たちの間に、

迷いが生まれる。


完全な同意はない。


だが、

拒絶だけでもなくなった。


ルゥは、

その隙を逃さなかった。


振り返る。


森の、

太陽が沈んだ方。


(……エア)


声には出さない。


祈りでもない。


ただの――

願い。


夜が、

深くなっていった。


ーーーーー


朝。


夜が、去ったあと。


草は、もう揺れていなかった。


ルゥは、

目を開ける。


生きている。


それを、

まず確かめる。


周りを見る。


仲間たちも、

動いている。


子も、いる。


――夜は、越えた。


でも、

火は、なかった。


ルゥは、

すぐに立ち上がった。


決まっている。


やることは、

一つしかない。


「……エア」


小さく、

名前を呼ぶ。


今度は――

迷わない。


ルゥは、

森の奥を指さした。


太陽の昇った方。


仲間の中から、

一体が前に出る。


同じくらいの背丈。

少しだけ、細い。


目が合う。


その個体は、

何も言わず――

一歩、前に出た。


一緒に、行く。


二人で、

森へ入る。


道は、覚えている。


食べるもの(食ゴブ)が、

群生している場所。


あの日――

ルゥが、捕まった場所。


エアが、

来た場所。


森の匂いが、

変わる。


焦げ。


黒。


熱の、残り。


足が、

止まる。


そこに――

あったはずの場所。


木。

寝床。

火。


全部――

ない。


黒い。


地面が、

炭になっている。


倒れた木。

崩れた影。


灰。


ルゥは、

しゃがみ込む。


灰に、

触れかけて――

止めた。


違う。


灰は、

もう終わったもの。


ルゥは、

周囲を見回す。


石。


焼けて、

白く割れた石。


その隙間――


赤い。


ほんの、

わずか。


消えかけの、

熱。


ルゥは、

細い枝を拾い、

慎重に差し入れる。


じっ。


枝の先が、

赤く染まる。


「……!」


火。


生きている。


ルゥは、

すぐにそれを引き抜き、

葉で包む。


さらに、

もう一枚。

もう一枚。


胸に、

大事に抱える。


温かい。


小さいけれど――

確かに、火の種。


「……エア」


声には、

出さない。


教えてもらった。


種は、

守れば――消えない。


ルゥは、

立ち上がった。


振り返る。


エアは、

ここにはいない。


でも――


火は、あった。


残してくれた。


二人は、

火を胸に抱き――

草を分け、

森の奥へ戻っていった。


夜を、

退けるために。


それが、

正しいと――

信じて。

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