第63話 ギリアムの平穏は遠い
アザレア様専用メイドであるジト目の彼女――クローバーに案内されたのは、クランマスター専用の個室だった。
真紅の絨毯が床一面に敷き詰められ、壁をくりぬいたような大きなガラス窓が、光をたっぷりと取り込んでいる。
窓の向こうにはバルコニー。
風を受けて、薄いカーテンがやわらかく揺れた。
机はまるで大臣が執務に使いそうな重厚な造り。
試しに革張りの椅子に腰を下ろすと、背を優しく包み込むような感触が返ってくる。
ベッドは五人で寝ても余裕があるほど広く、テーブルも椅子も、クローゼットまでもが一級の職人の手によるものだ。
――贅沢すぎるほどの部屋だな。
「……新たなクエストか」
肘を机につきながら、アザレア様から受けた依頼の内容を思い出す。
『難しいことはございません。
本を取りに行ってもらいたいのです』
どんな任務が来るのかと構えていたせいで、拍子抜けしてしまった。
『衛星都市グリーンヴェルムは緑に囲まれた美しい学術都市です。
当時の教授からお手紙が届きまして――私の忘れものだったようです。
そちらを受け取って戻る、それだけですわ』
拍子抜けはしたが、話し合った結果、知識と文化の集まる土地に足を運ぶのも悪くないと、クエストの受注を決めた。
――コンコン。
「ん? どうぞ」
控えめなノックが響き、恐る恐る扉が開く。
そこから顔をのぞかせたのは、アイリスだった。
ふわりとした金髪を指で梳きながら、少し恥ずかしそうにこちらへ歩み寄ってくる。
「どうかしたのか、アイリス」
「ギリアムおじ様、どうしてるのかなって」
えへへ、と頬をかく仕草があどけない。
いつもの凛とした剣聖の面影は影を潜め、街を歩く年頃の少女のようだった。
来客用の椅子を促し、俺もそちらへと移動して、向かい合うように座る。
「……」
「……」
沈黙が、穏やかに降りた。
用があってきたのかと思ったけど、本当にどうしてるのか気になっただけなんだろうか。
「ギリアムおじ様、改めて……助けてくれてありがとうごございました」
ぽつりと、彼女はまた感謝の言葉を口にした。
「何度、伝えても、伝えきれない」
その小さな声には、本当にそう思っている気持ちがにじんでいた。
「気にしなくていい。俺たちはクランメンバーだろ。
クランメンバーは自然と支え合う、それが俺の作りたいクランだ」
「ギリアムおじ様……」
我ながら少し気恥ずかしい台詞だったが、アイリスは小さく笑ってくれた。
それで十分だ。
「俺も前のクランで色々あったし、伝説のクランですら人間関係が崩壊を招いた。
だからできれば、うちのクランでは穏やかに過ごせると良いな……とな」
「……そうだね、うん、私もそう思う、ありがとう!」
アイリスは両手をぎゅっと握りしめ、花が咲くように微笑んだ。
その笑顔を見ているだけで、胸の奥が少し温かくなる。
「それでどうしたんだ?
リリィたちとグリーンヴェルム行きの買い出しに行ったかと思ったよ」
「ちょっと抜け出してきちゃった、えへへ」
「はは、まあなかなかの大人数だったからな――」
――グリーンヴェルム。
その名を聞くだけで、胸の奥に古い記憶が浮かび上がる。
俺にとって、切っても切り離せない場所だ。
「難しい顔してるね、ギリアムおじ様」
「そうか?」
「そうだ、聞かせて、これまでのギリアムおじ様の話。
考えてみたら、私何も知らないかも」
「そうだったか?
ええっと、そうだな。
おれは……」
――と言いかけて、口を噤む。
本当に、話していいのだろうか。
アベルには、暗黒騎士というだけで忌避され、中年という理由で追放された。
彼女たちは拒絶するとは思わないが、若い子に語るにはあまりに陰の多い話だ。
なので、別の悩みを口にすることにした。
「……の師匠はグリーンヴェルムにいたんだ。
少しばかり、いや、かなり、むむ、相当……色々あってね。
それで少しばかり気後れしている。かっこ悪い話だがな」
師匠の顔を思い出しただけで、手が震える。
暗黒騎士として誰にも負けない強さを得るため、人知を超えた修行を積んできた。
だが、その師匠の指導は、常識を遥かに超えていた。
今は隠居しているだろうが、もしまだグリーンヴェルムにいたら――。
「……え?」
温かく柔らかな感触に、思考が途切れる。
顔を上げると、アイリスが俺の震える手をそっと包んでいた。
「ごつごつして、傷ついた手……。
かっこ悪くない。
誰かに話せる強さを持ってるんだから」
何年ぶりだろう。
誰かの手の温もりを感じたのは。
「クロノ・クロノスのシェードさんは誰にも話せなかったけど、ギリアムおじ様は私に話してくれた。
あのとき、強引にメンバーにしてって、無理を言った私なんかに」
「アイリス?」
彼女の手に熱がこもる。
本題は、ここから先なのだろうと本能でわかった。
「――私もお話があるの。
クランにすぐ入らなければいけなかった理由が」
「理由?」
「逃げ込めた場所が、ギリアムおじ様で本当に良かった」
アイリスは意を決したように息を吐く。
「……私、アイリス=グランヴェルムは、七つの剣を集めています。
その内の一つがグリーンヴェルムにある」
「ど、どういう意味だ?」
「――父を討たなければいけない時が近づいているのです」
グランヴェルム第三王女――の影武者である彼女は、真っ直ぐに俺を見つめた。
蒼い瞳に偽りはなく、初めて乗合馬車で出会ったときと同じ光が宿っている。
「治癒師ギリアム様。
私の騎士として――お力をお貸しください」
アイリスは椅子から降り、跪き、俺の手を取った。
本来なら立場は逆だろう。
俺はそっと彼女を立たせる。
「治癒師に騎士とは、恐れ多い待遇だ」
彼女が己を『偽』と言わなければいけない事情――。
いや、暗黒騎士である俺自身も自分を偽っている。
皆、それ相応の理由を秘めているのだろう。
「……誰もが、自分らしく歩めると良いな」
「え?」
あまりの気恥ずかしさに、頭をかいて窓の外へ目をやった。
そこには、雲一つない青空がどこまでも広がっている。
「治癒師ギリアム、そのクエストを受けましょう。王女アイリス様」
戦い続けて失った象徴である白髪が、穏やかな風に揺れた。
どうやら穏やかなクエストにありつけるのは、もう少し先のようだ。
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冒険者ギルドは三百年以上――いや、大陸統一以前から存在する最古の組織である。
王都グランヴェルムに本部を構え、各衛星都市に支部を持つ。
加盟する冒険者は万を超え、いまなお増え続けている。
三百年前のまま残る木造のギルドマスター室は、薄暗く、古書と木のすえた匂いが漂っていた。
それは歴史の象徴だと誰かが言っていたが、彼はその匂いが大嫌いだった。
古いものは、古いだけ。
過去の者が作った価値など不要だ。
若き者こそ、新しい時代を切り開く――。
最近、耳にした《《何とかの鷲》》というクランは、中年が率いているとか。
悪魔を討伐した功績があろうとも、目についたので領主の希望通りにはさせなかった。
年寄りは皆、不要なのだ。
「機嫌が悪いな。
ギルドマスター」
薄闇の中、純白の鎧に身を包んだ大男が、壁に背を預けていた。
「パラディン。
君も大概、落ち着きないようだが」
ギルドマスターと呼ばれた声は若く、この由緒ある組織の柱にしては、あまりに苦労を知らない声質だ。
「俺はそこに座っている男が嫌いなだけだ。
そのニヤケ面を見てると反吐が出る。
もっと覇気を見せろ、ヴィンセント」
「やだな、僕はいつも覇気しか出してないじゃないか」
にやりと笑うその顔は、異性どころか同性すら惹きつけるほど整っている。
「王都グランヴェルムの大司教が、こんな軟弱ではな。
目的が違えば、すでに斬り捨てているところだ」
「盾しかまともに扱えないのかと思ってましたよ。
剣なんて知ってるとは、オークではなく幼児並みの知能はあるようですね」
「やめないか、二人とも。
我ら同じ目的を持つ同士じゃないか」
カンテラの光に照らされ、二人の間に割って入ったのは、
豪奢な刺繍の入った服を着た、若い貴族風の男だった。
胸から懐中時計を取り出して、勢いよく蓋を閉じる。
その蓋には七つの剣が重なり合った紋章が彫られている。
「時間だね」
ギルドマスターの声に、パラディンは壁から背を離し、ヴィンセントはふてぶてしい笑みのまま立ち上がる。
三人は首に下げた懐中時計を掲げ、ギルドマスターはほくそ笑んだ。
「七剣収集会――。
定例会議を始める」
次章:七つ剣編(仮)
【あとがき】
こんばんは、ひなのねねです。
この度は拙作をお楽しみいただきありがとうございます。
こちらの、『追放暗黒騎士の再出発』は、カクヨムサイト:第1回GAウェブ小説コンテスト(~2025/11/4 23:59迄)への公募作品です。
ですので今回のクラン強化編最終話で一度、更新停止となります。
まともに追放されて、ざまぁした作品を初めて執筆したので、かなり勉強になりました。
次作では今作の経験を活かして、より読者ニーズに沿った作品作りに注力したいと思います。
もし宜しければカクヨムサイトにて【★で称える】【+フォロー】【レビュー】など頂けると、今作の続編の検討材料となるので嬉しいです。
それではひなのねねでした。
また次回作でお会い出来たらとっても嬉しいです!




