第62話 お嬢様は渡したい
ユウヒの言葉に違和感を覚えながらも、俺は彼女の後を小走りに追った。
大通りを曲がり、狭い路地を抜ければ――そこに、我がクラン『黎明の鷲』のクランハウスがあるはずだ。
「路地が広くなってますね?」
エメラダが周囲を見渡しながら先頭を進む。
「以前はすれ違うのもやっとだったのにな」
今では馬車すら余裕で通れるほどの道幅だ。
これでは路地というより、もはやメイン通りの一つだろう。
道端に放置されていた雑草や壊れた農具、砕けた樽の残骸――あの荒れた光景は跡形もない。
代わりに、街路樹が等間隔に植えられ、白を基調とした石畳がまぶしく続いていた。
まるで町全体が新たに区画整理されたかのようだ。
「平屋ばかりだったのにお屋敷が増えてますね。
あれは……喫茶店……!」
エメラダが驚くのも無理はない。
クランハウスの周囲は住宅地で、以前は飲食店の一つもなかったのだ。
区画整理に伴う土地の所有権――そのあたりの交渉ごとは、きっとロイズ氏が取りまとめたのだろう。
なるほど、よくもこの短期間でここまで変貌させたものだ。
彼の手腕には驚かされる。
「しかし……あの屋敷なんて物凄い豪華だぞ。
どんな豪商が住んでるんだ?」
「マスターたちと過ごした洋館ほどでないにしても、かなりの大きさですね」
屋敷を囲む真白な塀は二メートルほど。
その内側からは、背の高い園芸植物が顔をのぞかせている。
外壁は白、屋根は淡い青。清潔感のある佇まいだ。
二階建てで、長方形の窓が規則正しく並び、上階には優雅なバルコニーまである。
「で――俺たちのクランハウスはどこだ」
確かこの辺りに、日当たりの悪い庭とボロボロの平屋があったはずだが……。
「ねえねえ、ギリアム、あれじゃない?」
ノクトが指さす先に目を向けると、鉄の門扉の奥に築三百年は経っていそうなレンガ造りの建物が見えた。
――さっきの超豪邸の庭の中に。
「ユ、ユウヒが言うように強いって感じはするが――何が起きたんだ?」
重厚な門の奥では、数人のメイドたちが慌ただしく走り回っている。
そのうちの一人がこちらに気づき、ピンと背筋を伸ばしたまま、規則正しい足取りで近づいてきた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
長い茶髪を首元でひとつに結い、ジト目のメイドが恭しく頭を下げる。
「ご、ご主人様?」
一斉に俺へと鋭い視線が向けられた。
絶対零度まで冷え切った空気をぶち壊してくれたのは、ノクトの一言だ。
「ギリアム、どこでも手をだしてるね~♡」
「だ、出してないが!」
むしろ空気は氷河期レベルに凍り付いたんだが!?
リリィとユウヒに至っては、懐からナイフを取り出し、ちらつかせている。
いや、どういう感情なんだ、それは!?
「お嬢様がお待ちです。
さあ、皆様もお帰りなさいませ」
背中に痛々しい視線を受けながら、俺はメイドさんの後に付いて行くしかなかった。
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「お帰りなさいませギリアム様」
領主ロイズ=ミストヴェールの娘。
アクアヴェルムの女神とまで歌われた少女、アザレア=ミストヴェールが大広間の中央で両手を前に組み、気品ある立ち姿で俺たちを待っていた。
ミストヴェール家の血筋にのみ現れる、水色の長い髪が日光を受けて淡くきらめく。
控えめな装飾のワンピースも、彼女の生まれの品位を隠しきれない。
「アザレア様、お久しぶりです。
先日はご挨拶が遅れました」
「どうぞ気にしないでください、ギリアム様。
皆さん、こちらへお掛けください」
以前はいつもロイズ氏や侍女の影に隠れ、俺の様子をおずおずと窺っていた彼女だったが、今日のアザレアは違っていた。
堂々とした立ち振る舞いに、どこか覚悟のようなものが感じられる。
案内されたのは、十三名ほどが座れる大きな円卓だった。
壁には大陸全図が張られ、大陸全土が描かれている。
まるで領主館の作戦会議室といった趣だ。
全員が椅子に腰を下ろすと、アザレアは静かに全員の顔を見渡した。
「まずは黎明の鷲の皆様、お帰りなさいませ。
私はアザレア=ミストヴェールと申します。
お帰りになられて、さぞ驚かれたことでしょう」
若いメイドたちが紅茶を注いで回る。
湯気とともに広がるハーブティーの爽やかな香りが、戦場続きの身体をふっと緩ませた。
「さて……どこから話しましょうか」
アザレアは小首を傾げ、瞳を閉じて少し考え込む。
言葉を選んでいるようだったので、俺が先に切り出した。
「では、私たちのクランハウスの件を伺いたいのですが」
「そ、そうですね。ええ、そのお話をしましょう」
わずかに慌てた様子で頷く。
しっかりした物腰に見えて、やはり年相応に抜けているところもあるらしい。
「父から伺いました。ギリアム様はお金も物も受け取らなかったとか。
けれどこのミストヴェール家が礼を尽くさぬなど――言語道断ですわ。
無礼な一族と思われては家名に関わります。
――ですので、私がクランに参加いたします」
「参加……とは聞き間違えですか?」
「いえ、参加です!」
アザレアはまっすぐに背筋を伸ばし、胸に手を当てた。
「それはええと、申し出は嬉しいのですがだ――冒険者稼業は危険が伴いますので――」
さすがに領主の令嬢を連れて、モンスターの巣窟へ向かうわけにもいかない。
「承知しておりますわ。
でも私の見立て通り――」
アザレアはゆるやかに視線を巡らせ、俺たちを一人ひとり見渡した。
「財務、総務不在のようですわね」
図星だった。
俺たちは戦闘職ばかりで、経済や管理に強い人材はいない。
唯一、リリィが雑務を引き受けてくれているが、それでも限界がある。
「私は学術大学も卒業しております。
少しばかり経済は得意でして――それに、年頃の子たちばかりでは、あのクランハウスは手狭でしょう」
「クラン参加自体はありがたいのですが……それにしても、あのお屋敷は立派すぎます。
あれほどのものを頂くわけには――功績もまだ足りませんし」
俺たちはまだD級クランだ。
身の丈に合わなすぎるのではないか。
「そうでしょうか?」
アザレア様は目を細めてほほ笑む。
「ギリアム様たちはバフォメットを退治したアクアヴェルムの英雄です。
本来ならばBランク――いえ、それ以上のクランになっていたはずです。
それなのに――っ!」
悔しさを押し殺すように、彼女は奥歯を強く噛みしめる。
静まり返った部屋に、かすかな歯ぎしりの音が響いた。
「ちょうど良い機会です。
それならば、私がクエストを発行いたします。
――その報酬として、このお屋敷を受け取っていただけませんか?」
まるで今思いついたと言わんばかりに、わざとらしく手を打って、彼女は俺を見つめた。
どうやら、父親譲りのなかなかの策士らしい。
【カクヨム】
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