第61話 帰路
洋館の一室。
ドアの前には丸文字で『面会謝絶!!』と書かれた一枚の用紙が、これでもかと目立つように貼られている。
白とピンクを基調とした室内は、まるで少女の夢をそのまま形にしたようだった。
天蓋付きのベッドにはフリルとレースがふんだんに使われ、館の元管理者の趣味がどこまでも滲み出ている。
そんな可愛らしい空間の中心で、俺は身動きひとつできずにいた。
「ギリアムさん、私、なんていったか覚えてますか?」
いつもは天使のような笑みを浮かべるアイテールが、今日はさらに穏やかに――いや、妙に優しく微笑んでいた。
だが、その口元はわずかにひくついている。
「……あ、赤鎧は使うなと」
「覚えてたんですね、とっても偉いです――っね!!」
彼女は俺の白髪に手を置き、容赦なくわしゃわしゃと撫でた。
生憎、今の俺には首より下どころか、指一本動かすこともできない。
なすがままの状態で、ただ耐えるしかなかった。
表情と力加減のギャップが大きすぎて、どうにも気まずい。
「ギリアムさんのスキルは寿命も健康も削ります。
今回の代償は、首より下は動かない――なんですよ?」
アイテールの瞳に雫がたまり、下唇が震えた。
「身体に異常は無さそうなので、体力が回復すれば、また動けそうですけど――でも感覚が戻らなかったらどうするんですかあ……!」
うう、涙を堪えて叱られると物凄く心に刺さる。
これなら感情のままに罵声を浴びせられた方がまだマシだ。
ちなみにリリィとエメラダには、無茶するなと感情的に罵倒されているので、あまりの怒号に面会謝絶の紙が貼られた経緯がある。
「そのときは――アイリスが無事だったから良かったことにするよ」
「も、もっと自分を大切にしてください……主治医の言葉は絶対なんですから」
俺の手をそっと握り、アイテールはヒールを流し続けてくれる。
彼女が保有する魔力量は尋常じゃない。
魔力量が多すぎるせいで、彼女が使う初歩的なヒール以外は暴走しやすい傾向にある。
今はその魔力のおかげで、尋常じゃないスピードで回復しているようだが、身体の感覚はまだ戻らない。
「ごめん、アイテール。
もう無理をしないようにするよ」
暗黒騎士スキルに頼らなくても良いほど強く――。
または暗黒スキルでも耐えられる強靭な肉体を作るか……。
「や、約束ですよ」
そういって俺の小指へ、白くて細い彼女の小指を絡ませてきた。
「……私の恩はずっと返せてないんだから」
「何か言ったか?」
「あっ、べ、別に何でもありません!
では、よく寝てください!
あとでご飯もお持ちしますから」
頬を真っ赤に染めたまま、アイテールは慌てて部屋を飛び出していった。
首だけ動かして窓の方を見ると、柔らかな陽光が差し込み、フリルのカーテンが風に揺れている。
その光景に、心の底がじんわりと温まるのを感じた。
――そして俺は、静かにまぶたを閉じた。
深く、穏やかな眠りが、久しぶりに訪れた。
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数日が経過した。
朝昼晩の三食は代わる代わるクランメンバーが食べさせてくれた。
本当に頭が上がらない。
この恩は、元気になったら必ず返さなければならない――そう心に誓う。
さらに数日が経過した。
クランメンバーたちは、稽古を続けているようだ。
みんな顔出しついでに経過報告をしてくれるが、アイリスは特に頻繁に顔を出してくれた。
俺が寿命を与えたことにアイリスは責任を感じているようだ。
暗黒騎士は失いながら生きるのが普通。
今は治癒師と名乗っているが、そこまで気にしなくてもいいのだが。
そこからさらに一週間が経った。
運が良かったのか、後遺症もなくアイテールのお墨付きで退院できた。
俺たちは今――アクアヴェルムへの帰路を辿っている。
「すごい、街が復興してる!」
アイリスが目を輝かせながら町並みを見渡す。
背中の旅行鞄も、心なしか軽やかに揺れていた。
「一ヶ月ほど離れたからな、さすがロイズ様だ」
ロイズ様は温厚で、時に押され気味になることもあるが、その分、街づくりや人の結束を育む才に長けている。
人に愛されるからこそ、復興もこれほど早く進んだのだろう。
「しかし、良かったのですかギリアム様。
あのまま洋館を活用すれば、利便性はおろか、アクセスも良好でしたのに」
隣を歩くリリィが、惜しむような眼差しをこちらへ向ける。
「良いんだ、あそこにある想いでは俺たちのじゃない」
「――そうでございますね」
リリィは微笑み、どこか晴れやかな顔で頷いた。
「あ~、やっとお家だあ!」
ノクスが俺の手を握ったまま、体を預けて甘えるように歩く。
指さす先の路地を曲がれば、そこには懐かしいクランハウスがある。
「クラン黎明の鷲も、久しぶりに始動しますね、マスター」
エメラダは訓練の成果を試したいのか、拳を握りながら笑う。
「そうだな。
今度こそは穏やかな依頼にありつきたいもんだ」
「絶対に無理はダメですよ、必ず付いて行きますから」
後ろを歩くアイテールが、きっぱりと釘を刺す。
隣のドロシーは、面白そうに目を細めていた。
「ああ、善処するよ」
「いつもそればっかりじゃないですかあ!」
そう言われると胸が痛い。
いや、使わざるを得なかったんだ――と思ったが、暗黒スキルに頼る己が弱いのだ。
今は治癒師だし……いや待てよ。
新たな方向性を磨くのもアリではなかろうか……?
「ん? そういえばユウヒは何処だ?」
いつもなら必要以上に身体を寄せてくると思ったが――と考えたとき、ユウヒが音もなく俺の前で跪いていた。
「うぉ!?」
東方のシノビそのものの所作。
だが、ただならぬ緊張を纏っている。
「……ギリアム様、ご報告」
その声音は、妙に冷えていた。
瑞々しい唇が、ゆっくりと動く。
「クランハウスも――強くなってる」
【カクヨム】
https://kakuyomu.jp/works/16818093086666246290
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